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復讐

「探偵さん、ですか」


 関口が、かつて母親と住んでいたアパートの近くで、俊哉は城山(しろやま)陽子(ようこ)という女性から話を聞いていた。城山は、関口と同級生の子を持つ母親だ。


「関口雅代さんについて、お聞きしたいんですが。ご存知ですよね?」


「ええ。子供が同級生だったんですけど、うちの自治会で同じ学年は関口さんとこだけだったから、何度かイベントで一緒になった時にしゃべったりしたくらいで、あんまり付き合いはなかったですけどね」


「どのような方でしたか?」


「なんか、あんまり良い噂がなかったもんだから、私も少し警戒していたんですけど、話すと意外と普通の人でしたよ」


「どのような噂でしたか?」


「ネグレクトっていうの?なんか、そういうので通報されたことがあるとか。拓実くんが小学校に上がる前だったと思うけど」


「何か、関口さんのことで、他に覚えていらっしゃることはありますか?」


「水商売してるっていう噂があったわね。実際、そこに行った人がいて。まあ、私も聞いた話でしかないけど」


「どこの店かわかりますか?」


「駅前の、ハルっていうスナック。でも、関口さん、もう亡くなったのに何を調べているんですか?ひょっとして、息子の拓実くんに何か?」


「拓実くんは、どういう子供さんでしたか?」


「こんなこと言ったらあれだけど……」


と、城山は声をひそめた。


「気味の悪い感じだったの。挨拶しても無反応だったし、笑顔も見たことがなかったし。何かやったの?拓実くん」


「いえ……そうではないんです。お忙しいところ、ありがとうございました」




「関口雅代?ああ、雅代ちゃんね、覚えてる覚えてる」


 スナック『ハル』のママは、タバコをふかしながら俊哉に向かって頷いた。


「雅代ちゃん、死んだで。病気。もう、五年以上前やと思うけど」


「関口雅代さんのことで、何か覚えていらっしゃることはありませんか?」


「何が知りたいん?」


「息子さんがいたと思うんですけど、どういう暮らしぶりだったかなと」


「ああ、虐待の話?雅代ちゃんもかわいそうや。父親に認知もされず、父無し子を産んだって親族からも絶縁されて、孤独に生きてきたんやから。虐待はあかんけどな」


「子供の父親のことは、何か聞かれたことはありますか?」


「なんやったかな……なんか、ちゃんとしたとこの運転手やったって。そんで、雅代ちゃんがそこで家政婦しとって、知り合ったみたいなこと言うてたわ」


「家政婦……」


 その時、俊哉の頭の中で、ベテラン家政婦の初江さんの「マサちゃん」という声が聞こえ、俊哉はあっと叫びそうになった。


(そうか、マサちゃん……たくさんいた家政婦さんの中に、関口雅代がいたのか……皆、苗字で呼ばれることはなかったから気付かなかった)


「そうそう。恨んどったなぁ、その運転手の男のこと。自分を捨てて逃げよったって。あと、その運転手がなんかやらかしたみたいで、仕事クビになって、そのせいで自分も捨てられたって言っとったな。だから、そのクビにした人のことも、めっちゃ恨んどった」


「それは、その家の主人のことですか?」


「ううん、誰やったかな。名前、覚えてないけど、執事って言うとったで。自分ら家政婦にもめっちゃ厳しい人やったんやって」


 その時スマホが鳴ったので、俊哉はスナックのママに礼を言うと外に出た。嶋からの電話だった。


「ボス?すごいことがわかったんすけど」


「何だ?」


「空き巣に入られた家、富田家の元家政婦さんの家ばっかりだったんです。そのうちの一件、東城初江さんの知り合いに、関口雅代っていう名前の家政婦さんもいて、ひょっとしたら、それって関口の母親じゃないかと思うんです。東城さんの所からは年賀状も盗まれているんですけど、犯人は富田家に関係している人の居所を調べてるんじゃないすかね?」


「ちょっと待て……」


と、俊哉は自分の車の屋根を、握った拳でドンと叩いた。


「かけ直す」


 俊哉は嶋との電話を切ると、瑠美に電話をかけた。呼び出し音は鳴るが、瑠美は電話に出ない。


「なんであの時、連絡先を聞かなかったんだ、俺は」


と言いながら、俊哉は佐野法律事務所に電話をかけた。こちらはすぐに応答があった。


「はい、佐野法律事務所です」


 葉山の声だ。


「富田です。富田俊哉」


「ああ、お兄さん。富田先生でしたら、もう帰られましたよ」


 俊哉は腕時計を見た。午後四時を過ぎたところだった。


「ずいぶん早いんですね」


「今日はお母様の月命日ですから、湊さんと一緒にお墓参りに行くとおっしゃっていましたよ」


 しまった……と、俊哉は小さく呟いた。そして、急いで車に乗り込んだ。




 富田家の墓は、徳律寺(とくりつじ)の裏山の墓地にある。瑠美と湊は、長い階段を登り、ひときわ立派な墓石の前で立ち止まった。


「大丈夫?」


と、瑠美が湊に尋ねた。


「何がでございますか?」


「階段を登るのが、少し辛そうだったから」


 湊は、ハッハッハッと笑った。


「隠していたつもりでしたが、駄目でしたか。膝が痛む時がありまして……歳には勝てません」


「大丈夫?それならそうと、言ってくれたらいいのに。今度からは、私一人でいいから」


「いいえ、大丈夫でございます。それに、御住職がもうすぐここにスロープカーを設置されるそうですので、ご心配には及びません」


 湊は墓に向かって合掌すると、まわりに落ちている葉や草の掃除に取りかかった。瑠美も合掌し、掃除に加わる。墓石に水を掛け布できれいに拭き、枯れた花を取り除いて、持ってきた花を供えた。


「今日は珍しいわね。いつもは綺麗な花が供えられているのに」


「きっと、お忙しいのでしょう」


「あの花、誰がお供えしてるのか、知ってるの?」


と、瑠美が驚いた様子で言った。月命日にお参りに来ると、毎回のように供えたての生き生きとした花があるのだ。


「存じませんが、お花だけ供えて、お墓の掃除はなさっていないところをみると、検討はつきます」


「誰なの?」


「俊哉様です」


「お兄ちゃん?確かに、掃除はしなさそうね」


と、瑠美はクスッと笑った。


「そういえば、今朝お会いしました」


「お兄ちゃんと?どうして?」


 その時、瑠美の鞄の中でスマートフォンがビービーと振動し始めた。瑠美はスマホを鞄から取り出すと、「噂をすれば」と、湊に言って電話に出た。


「瑠美!」


 電話の向こうの俊哉は叫ぶように瑠美の名前を呼んだ。


「何?どうしたの?」


「陣内を殺した関口が、次に狙ってるのは……」


と言う俊哉の声が聞こえてくる中、瑠美は人の気配を感じて後ろを振り返った。すると、下方の墓の前にいつの間にか男が立っていて、自分たちの方を見ているのがわかった。男は無表情で、右手に持ったボーガンを湊に向かって構えた。


 写真で見たことのある顔……関口……と、瑠美は咄嗟に湊の袖を自分の方に強く引っ張った。次の瞬間、湊が瑠美の方に倒れ込んだはずみで瑠美が尻もちをつくのと、関口がボーガンを発射するのと、どこからかバケツが飛んできて関口の頭を強打するのとが、ほぼ同時に起こった。


 ザザッという鈍い音と、ガシャンという鋭い音がして、関口がよろけた。すると、下方の墓の影に隠れていたフードをかぶった男が、墓の間をすり抜けてきて関口に体当たりし、関口は横に倒れた。フードをかぶった男は、関口の手から離れたボーガンを足で蹴って遠ざけた。


「田中さん?」


と、瑠美がフードをかぶった男を見て言った。その男は、河川敷で出会ったホームレスの田中だった。


 関口は立ち上がって田中に殴りかかったが、田中は関口の腕を避けながらそれを掴んで投げ飛ばし、関口の上に乗っかった。そして、ズボンのベルト通しに引っ掛けていた結束バンドを取り出すと、関口の両手を後ろ手に縛り上げ、そのまま関口の身体をフェンスのあるところまで引きずり、関口の腕とフェンスを結束バンドで縛りつけた。


「お前!」


と、関口は叫んだ。


「お前、誰や」


「通りすがりのおっさんや」


と、田中は小さな声で答えた。


「は?」


と、関口はいらついた様子で言った。


「お前が犬を河川敷に埋めた後、グラウンドの近くですれ違った、通りすがりのおっさんや」


と、田中は着ているパーカーに付いた砂ぼこりを手で払い落としながら言った。そんな田中を、関口は鋭い目つきで睨みつけた。


「土で汚れた手で歩くお前から血の匂いがしたからな。その日、尾行してお前の行動を監視したんや。なんかやらかしたんやろうと思ってな。おかげで、陣さんが殺されたのを発見した時、お前の潜伏先がすぐにわかったわ」


「ずっと俺を尾行していた?」


「そや。ネットカフェからずっと」


関口は唇をかみながら下を向き、そしてにやりと笑った。


「やるやん、おっさん。探偵よりも尾行うまいやんけ」


「なんで陣さんを殺した?」


「お前には関係ない」


「そやな、俺には関係ない。せやけど、お前が狙ったあの人たちには関係あるやろ」


と、田中は湊と瑠美の方に顔を向けた。湊が尻餅をついたまま動けないでいる瑠美の腰の辺りをさすっていた。


 田中は、地面に転がっているスマホを拾いながら二人に近づき、


「大丈夫?」


と、スマホを差し出しながら、俯いた瑠美の顔をのぞきこんだ。

   

「ありがとうございます」


 スマホを受け取りながら顔を上げた瑠美は、田中と目が合うとなぜか心臓がどくんと鼓動したが、スマホから俊哉の瑠美を呼ぶ声が聞こえてきたので、胸を押さえながら急いでスマホを耳に当てた。


「お兄ちゃん」


「大丈夫か?何があった?もうすぐそっちに着くから」


「大丈夫だけど、警察、警察に連絡して」


電話を切り、瑠美は立ちあがろうとしたが、すぐに「いたたた……」と言ってその場に崩れた。


「腰がぬけちゃったみたい」


「無理せんほうが良いですよ」


と、田中は言うと、再び関口に近づいた。


「あの人らを狙った理由は?」


「かわいそうな拓実くんが俺を作ったんや。あいつらに復讐するために。拓実くんのお母ちゃんがいっつも言っとったんやって。憎い憎い…自分を捨てた陣内が憎い、陣内を切った湊って執事が憎い、陣内によく似てるお前が憎いってな。かわいそうな拓実くん。俺を作って、母親殺させて。そのうち自分も殺されるって気付いてな。パニックになって探偵なんかに頼りやがったから、とっとと殺してやったわ、拓実くんも父親も。惜しかったなぁ、執事、あともうちょっとやったんやけどな」


 にやにやした表情で話す関口の襟元を、田中は両手でぐっと掴み上げた。関口の身体は地面から少し浮き上がった。


「人の命を何やと思っとる」


「知らんわ。俺には俺の身体なんか元から無いんやからな。拓実くんが作った人格やからな。俺はいつ消えたっても別にええねん。でも俺の人格が消えたらどうなるんやろうな。困るんやろうな、警察も」


 そう言うと、関口はひゃっひゃっと笑った。田中は関口から手を離すと、呆れた表情で首を横に振った。


「どうなるかはわかりません。ただ、今の会話は録音させていただきましたから、裁判の証拠には使えると思います」


 スマホを見せながら瑠美が言った。関口は驚いた表情で瑠美に目を向けた。


「お嬢さん、しっかりしとるわ」


 田中はにこっと笑って瑠美の方に振り返った。その時、数台の車が下の駐車場に入ってくるのが見え、田中は「えらい早いな」と呟きながら瑠美と湊の前にやって来ると、


「すまんけど、俺がここにおったことは内緒にしといてくれへんか?」


と、襟足をぽりぽりと掻きながら言った。


「な、頼むわ。警察は、めんどくさいねん」


 そして、田中は駐車場の方には降りずに、山の反対側に向かって走り去った。


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