同級生
パトランプのついた車が公園の駐車場に入ってくるのが見えたので、俊哉はベンチに横になり眠っているふりをしていた。すると男が二人、車から降りてきて俊哉の方へ小走りでやって来た。
「おい、そこの君」
そう呼ばれて、俊哉は眠そうな表情で目を開ける。
「なにか?」
と、酔っているような口調で俊哉は答える。
「ここで何をしている」
「寝てた……だけですよ」
「ちょっと来てくれるかな」
と、男の一人が俊哉に起き上がるようジェスチャーで伝えてくる。
「寝てただけですって」
「ちょっと署まで同行してくれるかな」
と、男は警察手帳を俊哉の目の前にかざした。
「酔って寝てるだけで犯罪になるんですか?」
「近頃、この辺りで空き巣被害が頻発していてね」
「ああ、そうらしいですね」
「ちょっと署まで同行して欲しいんですがね」
「え?」
と、俊哉は笑いながら言った。
「俺じゃないですよ」
「まあまあそれも含めて、話をしようかと言っているんですよ」
(どういうことだ?警察官はパトカーを降りると一直線に俺の所へ来た。俺がここにいることを知っていた。どうして空き巣犯に間違われているんだ……関口のアパートに張り込んでいるだけなのに。逃げるか……いや、そんなことをしたら逮捕されてしまう。探偵だと言って事情を話すか……今の警察官の雰囲気からは、どうにも信じてもらえそうにない)
「わかりました」
こう答えるしかなかった俊哉は、ベンチから立ち上がった。
「だから、さっきから言ってるじゃないですか。昨日の夜は関口っていう人を尾行して、午後十一時くらいに家に帰ったんです」
「証明する人はいないですよね」
「いませんけど、じゃあ俺が空き巣犯だっていう証拠はあるんですか」
警察署で俊哉は取り調べを受けていた。任意同行だから拒否もできるが、俊哉はなぜ自分が疑われることになったのかを知るために取り調べを受けていた。
警察官は、机の上に置いている写真を指でトントン叩きながら言った。
「空き巣に入られた家の近くの防犯カメラに写っていたこれ、君だよね?」
写真は暗くてはっきりとはわからなかったが、俊哉のように見えた。
「これは、いつの写真ですか?」
「昨日の午前二時頃、どこにいた?」
「だから……」
さっきからずっとこの繰り返しだ。日付も変わり、俊哉はまた頭痛が酷くなってきて首を動かした。
「なるほど、この写真以外には何も無いんですね」
「なんだと?」
警察官の声が少し苛ついていた。
「この防犯カメラの映像は、土曜日の夜十時頃、関口を尾行していた時のものですね。空き巣は日曜日の午前二時頃なんでしょう?この写真だけで俺が犯人だと疑うなんて、短絡的ですよ」
警察官は腕を前で組むと、椅子の背もたれに背中を押しつけて俊哉を睨みつけた。
「関口という人を尾行したり張り込んだりしている理由は何だ?」
「だから、それもさっきから言ってるじゃないですか。守秘義務があるので話せませんって」
ノックの音がしてドアが開くと、別の警察官が入ってきた。その警察官は日焼けした顔を俊哉に向けると、ニカっと笑った。
「なんやねん、被疑者捕まえたって聞いたから来てみたら、お前かい」
俊哉は目を丸くした。警察官の日焼けした顔が、夏の暑さと共に俊哉の記憶をくすぐった。
「え?矢野和馬?」
「矢野警部、この人をご存知なのですか?」
俊哉の前に座っている警察官が言った。
「すまんな。高校の同級生やねん。こいつ、あの資産家の富田家の人間やで。そんな金持ちが空き巣に入って金盗らへんって」
「富田家?」
警察官は驚いた表情で俊哉に尋ねた。
「なぜそれを言ってくれなかったんですか」
「こいつ、言わんかったんか?」
「はい、堀川探偵事務所の探偵だとしか」
「お前、探偵なん?」
「なんだよ、お前は警部殿かよ」
矢野は、はっはっはっと笑って言った。
「もう帰れ」
「ちょっと待った。あと一つだけ。どうして俺があの公園にいるって知ってたんですか?」
と、俊哉が前にいる警察官に尋ねると、矢野はまた笑った。
「どっちが取り調べられとんねん。ええから、もう教えたれ」
「タレコミがあったんです。公園に空き巣犯がいるから捕まえてくれと。自分の家がずっと狙われているって」
「誰からですか?」
「匿名です」
「そんなタレコミを信じたんですか?」
「いえ。しかし、公園に行ってみたら、防犯カメラに写っていた人物とあなたが似ていたので」
矢野がパンパンと手を叩いた。
「もうええやろ。帰れ」
俊哉と矢野は高校の同級生で、同じ吹奏楽部だった。俊哉はトロンボーンで矢野はトランペット、夏の炎天下に野球場のアルプススタンドで応援演奏をした思い出が俊哉の脳裏に蘇る。
「久しぶりやな」
と、警察署の廊下を並んで歩きながら矢野が言った。
「まさか、こんな所で会うとはな」
と、俊哉は笑った。
「噂で、お前が勘当されたって聞いたが、その様子じゃあ、ほんまやったみたいやな」
「悪かったな、落ちぶれてて」
「にしても、なんで探偵なんかやってんねん」
「探偵の何が悪い」
「悪かないけどさぁ。お前みたいな秀才がなぁ」
「いろいろあったんだよ」
「せやな、あれから何年や?十八年やな」
二人は警察署の外に出た。
「送ったるわ」
と、矢野は自分の車に俊哉を乗せた。車を走らせながら、矢野は助手席の俊哉に尋ねた。
「で?関口っていうのは何者やねん」
「守秘義務」
「公務執行妨害で逮捕したろか?」
「うわっ、不良警官」
「これでも刑事課長やで。助けたったんやから、情報くらいくれてもええやろ」
「こんな夜中二時まで拘束しといてよく言うぜ」
「しゃあないやん。お前の態度が悪いねん」
俊哉は大きなため息をついた。
「今日、いや、昨日か、河川敷で犬の死骸が見つかっただろ?」
「あぁ……あん?そう言えば、発見者は探偵やって聞いたな。お前か」
「関口がその犯人じゃないかと考えている。あと、ひょっとしたら空き巣も」
「なんやって?」
と、矢野は大きな声で言った。
「相変わらずの、でかい声だな」
俊哉は苦笑いを浮かべた。昔と変わらない友人は、昔と変わらない口調で俊哉に催促した。
「ちゃんと説明せえや」
俊哉は、事務所に関口が来てからレオの死骸を見つけるまでの経緯を説明した。矢野は黙って聞いていたが、俊哉が話し終えると、うーんと唸り声を上げた。
「情況証拠しかあらへんやんけ」
「証拠があったら警察に知らせてるよ」
「多重人格ってとこがなぁ、なんとも……お前、推理小説とか好きやったやろ」
「事実は小説よりも奇なりって言うだろ。お前も関口を見れば、その違和感に気づくさ」
車は公園前の路上で停まった。車から降りようとする俊哉を矢野が止める。
「待て、俺もここにおる」
「どうして?」
「とりあえず、関口とやらの面を拝んどかんとな」
「刑事課長が、現場で張り込みなんてしないだろ」
「ええねん、ええねん。どちらかと言えば、お前に興味があんねん」
「まだ俺を疑ってるのか?」
「まあ……ちょっとだけ」
と、矢野はにやりと笑った。
午前七時半、俊哉の上着のポケットに入れていたスマホが振動した。嶋からの電話だ。近くの自動販売機でコーヒーを二本買って、矢野の車に戻ってきた時だった。
「ボス」
と言う嶋の声は震えていた。
「死んでます」
「何?なんだって?」
「じ……陣さんって人……殺されてます」
恐怖で嶋の呼吸が荒くなっていた。
「場所は?」
「河川敷、グラウンドの近く。胸に矢が刺さってます」
「周りに誰かいるか?」
「誰もいません、俺一人っす」
「すぐ行く」
と言って、俊哉は電話を切った。
「なんや、どうした?」
と、矢野はコーヒーを飲みながら言った。
「河川敷でホームレスが殺されているそうだ」
矢野はコーヒーを吹きそうになり、手を口に当てた。
「あん?」
「まさか……」
と、俊哉は小さく呟くと、急いで車を降りた。「おい」とその後を矢野が追いかける。
俊哉は関口の部屋のインターホンを押した。部屋の中から物音はしない。俊哉はドアをドンドンと叩きながら「警察です」と言い、ベランダ側へと走った。
「何や?」
矢野は困惑の表情でドアの前まで来ながらも、俊哉と同じようにインターホンを鳴らしながら「警察だ」と呼びかけた。
俊哉はベランダによじ登り、中の様子を伺った。十センチほどカーテンの隙間があり、そこから部屋の様子が見えた。人がいる気配はない。ごみだらけだ。見渡すと、隣の部屋側の壁に鏡が立てかけられているのが見えた。俊哉はそれを見ると、矢野を呼んだ。
「おいおい、お前、不法侵入やぞ」
と言いながら、矢野もベランダをよじ登った。そして、カーテンの隙間から中を覗き、俊哉が指差した方を見た。
鏡の真ん中あたりにボーガンの矢が突き刺さり、鏡が砕け散っているのが見えた。
「俺のことを空き巣犯だと警察に垂れ込んだのは関口に違いない。俺を追っ払ったんだ、ホームレスを殺すために」




