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【第8話】幼馴染の訪問

「朝ごはん」

「……うー」

 無理やりベッドから引きずり出し椅子に座らせたものの、パンケーキを前に一向に動こうとしないユニアスを、アーデルハイトは割と乱暴に揺さぶった。

「何で食べない」

「いや、起き抜けだから……って、やめろ、そんな揺らすと酔う。分かった、食べる。食べるから」

「うん」

 機嫌よくお茶を淹れ始めたアーデルハイトを恨めしそうに眺め、ユニアスは仕方なさそうにフォークを手にした。小さ目に切り分けた一角を口に運ぶと、バターの香りと優しい甘さが舌の上に広がった。美味いとは思うが、朝からそこまでして食に執着しようという気は相変わらず起きない。朝はとにかく苦手だった。

「おまえさあ、前から思ってたけど何でそんなに朝・昼・晩の食事に異様に拘るの? しかも自分は食わないのに」

 ユニアスからの供給魔力で体を保っているアーデルハイトにとって、基本的に食物の摂取は活動に必要ない。たまに付き合いで食べることもあるが、稼ぎにばらつきがあるこの家で無用な摂取は避けているようだ。それでも特に頼んだわけでもないのに、毎日三食の食事作りを欠かしたことはない。

「食事は生きる上で一番大事」

「まあそうかもだけど、朝は別にそこまでしてくれなくても」

「朝は特に大事。始まりの活力」

 どん、と牛乳のコップとお茶の注がれたティーカップを並べられ、ユニアスはそれ以上反論する気力も削がれて黙々とパンケーキに向き合った。前回のカーバンクル家の遺産相続問題の礼金で、財布はそこそこ潤っている。それでも食糧管理をするアーデルハイトは余程の理由がない限り贅沢はしない。ユニアスにとってはありがたいことだが、その辺りのさじ加減を一体どこで培ったものなのか不思議ではある。しかしアーデルハイトに訊ねたところで、まともな答えが返ってきたことはない。

 それも仕方のないことで、そもそもアーデルハイトには仮蘇生した当初から生前の記憶がない。

 名前だけは辛うじて思い出したが、それ以上の引き出しが開くことは今日までなかった。

 記憶の混乱自体は死者にとって珍しいことではないが、未練そのものさえ忘れた上これほど長期のケースは実に稀だ。


(舌足らずなとこと言い、俺の術のせいなのか生前からなのか情報がなくてまったく分からん)


「ユニアス、誰か来た」

「あん?」

 考え込んでいたユニアスは、言われてようやく玄関の扉をノックする音に気がついた。


***


 アーデルハイトがドアを開けると、荷物を背負った若い男は何やら相当驚いたようだった。

「え……誰、嫁? 嫁なの? ユニアス、おまえいつ嫁なんて」

「誰?」

「いや、俺はユニアスの……」

「おまえ、ラント? 何しに来た」

「何しにって、わざわざ訪ねて来た親友に対してその言い草はあんまりじゃね?」

「親友じゃねーし」

「他人? 追い出す?」

「わー! ちょっと、離して」

 アーデルハイトに後ろ襟を掴まれてばたばたと暴れるラントに、ユニアスは堪らず笑い出した。

「いや、一応知り合いだわ。お茶淹れてやってくれアーデルハイト」

「ん」

 急に下ろされて尻餅を突いたラントは、荷物の重さと相まっての衝撃に腰をさすった。

「痛って、えらく力持ちな嫁だな」

「だから嫁じゃねーし。魔術師なら気配で分かるだろ、彼女は俺の蘇生体サモン・ファクトだよ」

「え……てことは、屍人形デッドリー・ドール?」

 その言葉を口にした途端、ユニアスの表情が一変した。

「俺の前で、二度とその呼び方すんな。叩き出すぞ」

 ラントは息を呑むと、慌てて手を振った。

「わ、悪りぃ、ネクロマンシーのことは良く知らなくてさ。でも俺、あんな綺麗なの初めて見た」

「俺は一流だからな」

 ドヤ顔をしながらも、ユニアスは立ち上がるのに手を貸してくれた。

 アーデルハイトが二人分のお茶を淹れ、ユニアスが手をつけなかったもう一枚のパンケーキを小さく切って蜂蜜と生クリームを乗せたものをお茶請けとしてテーブルの中央に並べると、ラントはその手際の良さに感激していた。

「すげーなマジで。生きた嫁より全然アリじゃん」

「助手だからな、言っとくけど」

「いやでも、美味いよこれ。朝飯食ってないし、助かる」

 フォークでもふもふとパンケーキを食べ続けるラントに、ユニアスは呆れアーデルハイトは気を良くした。

「もっと食べろ、親友」

「だから親友じゃねーって。こいつは、故郷の幼馴染。三流魔術師のラント・ベルハイト」

「三流って言うな! せめて二流にしとけ」

「そこ、一流とは言わねーのかよ」

「俺は身の丈に合わない背伸びはしないの」

 クリームをたっぷりフォークに絡ませて口に運ぶその様子に、胃もたれ気味になっていたユニアスはげんなりした。

「アーデルハイト、お茶のお代わりくれ。渋めで」

「うん」

 ひょいと椅子から飛び降りてキッチンに向かうアーデルハイトを、ラントは興味深げに見送りつつユニアスに訊ねた。

「なー、何でわざわざ都会で商売しようって思ったんだ? やっぱりあの娘のため?」

「何でそう思う?」

「だっておまえ、郷じゃ家業は継がないってずっと言ってたじゃん。なのに数年俺が修行でいない間に、急に親父さんの免状引き継いで街で開業とか不自然だろ。俺は初めて会ったけど仮蘇生した場所も地元なんだろ?」

「まあな。それよりおまえこそ良くこの場所が分かったな。正確な場所は両親にも伝えてないってのに」

「ああ、それは簡単。これ」

 荷物からがさごそと取り出したのは、以前ユニアスがインタビューを受けた新聞だった。

「あ、それ」

「希代の若きネクロマンサー、これまでの陰鬱なイメージを払拭――って、おまえ格好良過ぎね?」

「大きなお世話なんだよ。その記事だけでここが分かったのか? さすが三流でも魔術師……」

「いや、出版元に行って住所教えてもらった」

「――前言撤回。やっぱりおまえ、魔術師には向いてないわ」

 そのタイミングで熱いお茶が出されたので、ユニアスは礼を言ってカップに口を付けた。再び腰を下ろしながら、アーデルハイトはテーブルに置かれた新聞を手に取った。

「あ、これユニアスの」

「そうそう。読んだ?」

「読んでもらった、ユニアスに。記事のとこ切って取ってある」

 いそいそと立ち上がると、すぐに奥の部屋から戻りネクロマンサーの専門書に挟んであったスクラップを見せた。

「大事そう。じゃあ、これもあげるよ。良かったら同じように保管して」

「うん」

 嬉しそうに受け取ると、アーデルハイトは再び奥の部屋に消えて行った。

「この奥って、一部屋?」

「間仕切りで無理やり二部屋にしてる。おかしなこと考えんなよ?」

「あ、そう……なあ、あの娘って字読めないの?」

「ああ。元々なのか、記憶喪失のせいかは分からんけど」

「記憶喪失? 覚えてねーの、自分のこと?」

「自分のことも、死んだ理由も、成仏できない原因も全部な。だから俺は、まだあいつを還してやることができない。だから廃業もしない」

「おまえが親父さんの後継いだのって、それが理由か」

 幼馴染の思考をようやく理解すると、ラントはふっと微笑った。

「安心したわ。妙な思想にでも染まってんじゃないかって、おまえの両親も心配してたから。様子見に来て良かった」

「おまえが今日来たのって、本当はそれが理由?」

「そーだよ。でも、ユニアスはユニアスだったな。あの娘、アーデルハイトが綺麗でまるで荒れてない。まさしくおまえの精神状態を映してるよ――さてと」

「もう帰るのか?」

 荷物を手にしたラントが茶髪をかき上げながら立ち上がると、ユニアスは少しだけ別れがたいような気持になった。

「実家の畑仕事もあるしな。今後はもうちょっと暇な時期に改めて来るわ」

「そうか、確かに今は忙しいよな。おい、アーデルハイト」

「なに?」

「ラントが帰るそうだ。おまえも挨拶しな」

「え、帰る? 夕飯、せっかくだから豪華にしようと思ったのに」

「夕飯? ちなみに何?」

「鴨肉のパイ包みと、特製パエリア」

「あ、はい! 俺やっぱり今日は泊って行きます!」

 帰ると言った舌の根も乾かぬ内にあっさり荷物を放り投げたラントを、ユニアスは呆れたように眺めた。

「畑仕事は良いのか?」

「あくまで、俺は手伝いだから。兄貴と嫁が頑張ればいいよ」

 そう言って実際にアーデルハイトの料理に舌鼓を打ったラントはすっかりその味に魅了され、ずるずると滞在を引き延ばした挙句に一週間後ユニアスに叩き出される残念な結果になった。

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