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【第5話】相続紛争(前編)

「単刀直入に訊くわ――いくらほしいの?」


 爪と同じく真っ赤に塗られた唇から発せられた高圧的な言葉に、黒髪の青年は眉をぴくりと動かしてから立ち上がって玄関に歩み寄った。

「金はいらない。相談料はまけといてやるから、さっさと帰ってくれ」

 扉を大きく開かれて顎をしゃくるその不遜な態度に、女は一瞬カッとなりながらも思い直して笑みを浮かべた。

「ああ、これも交渉の一部ってこと? 随分とつましい暮らしをしているみたいだし。父の遺言を私の言う通りに家族会議で伝えるだけで報酬が貰えるなんて、あなたにとっても悪い話じゃないものねえ。いいわ、色を付けて予定の五倍でどうかしら?」

「……ふ。お帰りだ、アーデルハイト」

「了解」

 言葉と同時に背後からものすごい力で持ち上げられた女は、間に挟んでいたテーブルを飛び越えるように開いたままの扉に向かって勢いよく放り投げられた。椅子に座ったままの姿勢だったため、地面に尻餅を突く形でワンバウンドすると、まるで土下座するような格好で地面に顔面を擦り付けた。

「な、何を……」

 痛みと屈辱でしらばく動けずにいると、上から嘲るような声が降ってきた。

「脂肪だらけで良く弾んだから怪我もねぇだろ。ドレスの洗濯代は口止め料と引き換えってことでチャラな。そんじゃ、二度と来ないでください」

 バン、と乱暴に閉められた扉を忌々しげに睨み付けたものの、女は土埃の付いたドレスもそのままに人目を気にするように足早に立ち去った。


 扉に鍵を掛けると、ユニアスは気が済んだ様子で大きく伸びをした。

「はー、スッキリした。腹立ちすぎて、ハゲるかと思った」

「ユニアス、ハゲたの?」

「ハゲてねぇ! ハゲそうって言っただけ……こら、頭触んな」

「ん、髪ある」

 大真面目に頷くアーデルハイトに、ユニアスは苦笑しながら髪をそっと整えた。

「おまえは本当に素直だな。その純真さ、さっきのババアに1ミリでも分けてやりてぇよ」

「ババア? さっきの客なら帰った。もう一度連れてくる?」

「連れてくんな、頼むから」

 かみ合わない会話に肩を落とすと、前後の状況を思い出してアーデルハイトに訊ねた。

「そういや、じいさんはどうした?」

「隠せって言われたから、物置」

「おいおい、何もそこまでしなくても」

 ぶつぶつ言いながらキッチン奥の物置を覗いたが、そこには誰もいなかった。気配を辿って自室を覗くと、机の前に八十歳くらいの老人がぼんやりと立っていた。

「じいさん?」

「ああ、すまん。ちょっと紙とペンを借りようかと。でもこの身体じゃなぁ」

 光の透けた手の平をまじまじと眺めている霊体を、ユニアスは無感動に眺めた。

「紙とペン? あんたもしかして、今から遺言書でも書こうってのか? さっきのババアはやっぱりあんたの身内か」

「娘だよ」

「似てねぇな」

「あれでも、昔は可愛かったんだ」

「そりゃ四十年くらい前の話か」

「ははは、もっと前かもしれん。その頃は良かった……金なんて、必要以上に持つもんじゃないな」

 一月前に急逝した宝石商のハインツ・カーバンクルは、実体のない肩を軽くすくめて見せた。


***


 その日、ハインツに先に気付いたのはアーデルハイトの方だった。

 食料品の買い出しの帰り、空き地の前で動かなくなった彼女の視線の先に老人が佇んでいた。ネクロマンサーにとって霊との遭遇は日常茶飯事だし、悪いものも感じなかったのでスルーしようとしたのだが、どういうわけだかアーデルハイトが納得しなかったのでひとまず家まで連れて来た。

「まさか、知り合いか?」

「違う。でも知ってる」

「あん?」

「新聞」

 相変わらず言葉足らずな助手の話をどうにか理解し、過去の記事を見返すと目の前の老人がスーツを着た写真が載っていた。


――大手宝石商のハインツ・カーバンクル氏急逝。氏の遺産は秘蔵の玉石や各地の屋敷・土地も含めると莫大なものとなり、遺書も残されていなかったことから三人の姉妹による骨肉の争いが予想される。


「ふーん、じいさん宝石商だったのか」

「うむ」

「その割に、質素な服装だな」

「部屋着だからな、これ。自室で寛いどったらえらい眠くなって、目が覚めた時にはもうこのふわふわした状態じゃった」

「え、体は?」

「目の前にあったぞ」

「それって幽体離脱じゃねーの?」

「ゆーたい?」

「ええとだから、一回戻ってみようとか思わなかった?」

「いや、主治医が呼ばれて色々しとったけど、あれはもう死んどったな。死後硬直始まってたし」

「あ、そう……」

 自身の死を妙に客観的に語るハインツに若干引きながら、自然死であることが明白だったので、その後葬儀も滞りなく行われたことを知らされた。

 己が死んだことを受け入れ、未練も特になさそうなこの老人がふらふらしている理由について改めて訊いてみようかと思った矢先に、玄関の戸が叩かれて先の来客があったというわけである。

 女はベールで顔の半分を隠してはいたが髪や手の様子から五十代くらいに見えた。名前は正式に契約するまでは伏せておくと名乗らず、明らかに違法な依頼を持ち掛けた。父親が遺言を遺さずに死んでしまったので、このままだと姉妹で等分に分けることになる。しかし金銭以外の屋敷と会社は長女である自分がそっくり受け継ぎたいので、それが父の意思であると、代弁者として遺言書を作成して欲しいのだと言う。

「遺体は墓にあるんだろ? だったらまっとうに仕事してやるよ。俺なら本当にあんたの父親を蘇らせることができる。本人の直筆で、相続人全員の目の前で書いてもらえばいい。それなら誰しも納得する」

「それはだめよ。父が、私の希望通りにしてくれる保証はないから」

「だとしても、それが故人の遺志なら仕方ないだろ」

「何よ、融通の利かない。ネクロマンサーってもっと……」

「もっと、何だよ? 胡散臭い連中だと思ってた? だったら生憎だったな、俺は身も心もまっとうな人間なの。そういう系なら、他にも霊媒師とか占い師とか、いくらでも代わりがいるだろ。他を当たれ」

「それこそダメよ、この辺りは自称ばかりで、それじゃ正式に認めてもらえない。でもあんたは国の免状があるんでしょ?」

 壁に掲げたそれを確認する仕草が、目線は隠れていてもひどく品がなく見えてユニアスは内心で舌打ちした。

「だからこそ行動には責任が伴う。いい大人なんだから、そのくらい分かるだろ?」

 あくまでも拒絶の姿勢を崩さないユニアスに、それをどう勘違いしたのか報酬の引き上げを狙った駆け引きと思ったらしく、金の話になった挙句にアーデルハイトに表に放り出される結果となった。


***


「で――じいさんの心残りってのは、娘たちの泥沼の争いをやめさせたいってことか?」

「いや、そういうわけでもなかったんだが」

「? 遺言書、作っておかなかったのは単に不手際?」

「うーん、それもなあ」

 煮え切らない返事に首をかしげていると、不意にハインツの方から切り返された。

「時におまえさん、ネクロマンサーだそうじゃな。死者の仮蘇生とやらは、本人からの依頼でも可能かね?」

「相応の報酬さえいただければ」

 にやりと笑うと、銀のピアスを爪で軽く弾いた。

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