【第4話】英雄裁判(カーテンコール)
「結局のところ、君は最初からカトレアを無条件に信じてはいなかったのか?」
再び永劫の眠りにつく前、レオがユニアスに訊ねると彼は掴みどころのない笑みを浮かべながら左耳のピアスを弄った。
「まあ、そうですね。アーデルハイトが拾ったのは、そもそも無念と言うより執念のような……正直あまり、良くないものでした。俺は一方的な情念のようなものは、いちいちネクロマンシーの秘術を用いずに浄化することの方が多いんですが、問題の場所がこの街の名所である英雄の墓からだと言うんで、ちょっと深入りしてみることにしたんです。結果的に、介在して良かったと思っています。あんなのが隣にいたら、あなたもおちおち寝ていられませんよね」
「いや。理由はどうあれ、私が彼女を手に掛けたのは事実だ。そのことは罪として認めるべきだろう。それに、私怨もあった」
「私怨?」
「私の父がね。やはり軍人だったんだが、現地で大怪我をした際にやはり痛み止めとして麻薬を処方した医者がいてね。父はそのせいで廃人のようになってしまった。そのことが、私はずっと許せずにいた」
「それでも、あなたはカトレアの名誉だけは最後まで守った。彼女の非人道的な行為を告発せず、一人で黙って裁いたのはそのためでしょう。それもまた、一つの事実です。俺たちは本物の判事や検事ではないし、何が本当に正しいのかは分かりません。ただこの国が今平和であるのは、あなたや命を賭して国を守った人々のお蔭であることは確かです。それだけは、これからも忘れずにいようと思います」
「君は優しいな……ネクロマンサーとは、本来こういうものか」
手を差し出して握手を求めた後、レオは自ら棺に向かって歩いて行ったが、ふともう一つ気になったことを振り向いて口にした。
「そう言えば、君は最初から私がカトレアを殺したことを知っていたのか? だからこそ、私を――」
「それは、ちょっと違うんです」
裏技の種明かしをするように、ユニアスは肩をすくめて頭をかいた。
「ネクロマンサーが蘇らせることができるのは、この世に未練のある死者だけです。身体があっても、魂が昇華してしまった場合は秘術は使えない。だから、罪の意識を抱えてこの世に留まっていたあなただからこそ、こうして蘇らせることができた。俺の呼びかけに応えたからこそ、あなたがカトレア殺しの最有力候補になったということです」
「なるほど、推理ではなく消去法ということか。しかしそれも能力の一つだ、卑屈にならず胸を張りなさい」
「ユニアス、励まされた」
「そうだな。何か、明日からまた頑張ろうって気になったわ」
「タダ働きだけど」
「それを言うなよ」
がくりと項垂れるユニアスに、レオは気の毒になったのか右手にしていた金の指輪を外して手渡した。
「それでは、これは私からの礼だ。心の平穏をありがとう、若きネクロマンサーよ。願わくば、君の未来に幸あらんことを」
そう言い残して棺の中と天とにそれぞれ還って行った英雄の姿を目に焼き付け、ユニアスとアーデルハイトはしばらくの間余韻に浸っていたが、はたと現実に立ち返り手の中の指輪をまじまじと見つめた。
「なあ、これって……死体が嵌めてた装飾品だよな。世間的には墓泥棒ってことにならないか?」
「でも、英雄がくれた」
「そうだけどさ。たった今成仏しちまったし、誰も信じちゃくれないだろ」
「私が証人。だからそれで良い」
自信満々に胸を叩くアーデルハイトに、ユニアスは思わず噴き出した。
「じゃあそれで良いか。ならアーデルハイト、おまえが持ってて。さすがにこれは売れねえしな」
「おっ」
宙に投げられた指輪を両手で受け取り、アーデルハイトは自分の指に嵌めてみたが案の定ぶかぶかだった。
「やっぱサイズでかいな。帰ったら、鎖に通してネックレスにしてやるよ」
どうにか右手の親指に英雄の指輪を仮で嵌めると、踵を返したユニアスの背を追いながら、アーデルハイトは無邪気に笑った。