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【第3話】英雄裁判(後編)

「ちょうど、深夜の0時を過ぎた頃だったと思います。明日が激しい戦いになることは砦内でも予測されていましたから、前線に出る軽傷者の手当てを急いで。それから寝む前に、重傷者の状態を確認しておこうと廊下を歩いていたところ――突然」


 身を震わせて絶句したカトレアに代わり、ユニアスがその後を引き継いだ。

「背後から一突き、だったとか。振り返る間もなく彼女は絶命したそうです。おかげで、犯人の顔は見ていない」

「他に手掛かりは?」

「何せ百年前のことで。深夜で、目撃者もいなかったものと思われます」

「彼女自身は、何か他に覚えていないのか」

「残念ながら。それに死者には生前の記憶しか残りません。あなたもそうでしょう? 死体になってから後のことは、当然何も。ただ、状況から考えて明らかに内部の人間による犯行だ。加えて刺し傷は致命傷の一か所。人殺しに慣れた人間……つまり徴兵された民間の兵士ではなく、職業軍人の可能性が高いと、俺はそう考えています」

「私のような、かね?」

「それ自分で言っちゃいます? でもまあ、その通りですけど」

 悪びれもしないユニアスに対し、レオは呆れたように苦笑した。

「証人などと言いながら、本当のところ最初から被告人扱いだったということか。弁護人がいないようなので、自ら反証しても?」

「役者が少ないもので、ご不便をおかけします。どうぞ」

「そもそも、本当に内部犯による犯行なのだろうか? もしかすると、前夜にスパイが忍び込んでいたという可能性も」

「それは、現場にいたあなたが一番分かってるんじゃないですか。砦は結局最後まで陥落しなかった。スパイがいたならそのまま火を放つことも飲料水に毒を盛ることも可能だった。どちらもなかった以上、スパイの存在は否定する方が自然だ。いかがです?」

「確かに。だが唯一の医療関係者ということで、彼女の存在は砦の中では目立っていた。敵の襲撃前、明け方すぐに異変に気付く人間がいてもおかしくない。門の外や櫓には篝火と見張りが絶えなかった。外に持ち出せなかった以上、死体はどうした?」

「一旦砦のどこかに隠して、翌日の戦闘の際のどさくさに紛れて他の戦死者の中に混ぜてしまえば、誰もが戦禍に巻き込まれたものと信じて疑わない」

「どこかに、か。今の人間は随分と曖昧な言い方をするんだな」

 皮肉めいた声音を、ユニアスは涼し気に受け流した。

「現場は現存しない上、図面もありませんのでね。現代の人間としては、大部分を想像で補うしかありません。後は依頼人の記憶による証言ですが、当日はそれまでに出た遺体を埋葬したばかりで、遺体の安置スペースはどこにも存在しなかったそうです。つまり、紛れ込ませる死体はまだなかった。だから、やはり内部のどこかに隠しておいたと考えるほかない。その場合、個室を持っていた人間なら隠すのは比較的容易かったのではないでしょうか」

「私のように?」

「その通りです、やっぱり自分で言っちゃうんですね。実際、個室は依頼人も含めて三名にしか与えられていなかったそうですね。彼女は女性だったことと、重傷の人間を自室で診ていたために必要だった。それからもう一人は――」

「魔術師であり、軍師のミラーズ・サイモン。彼に、剣での人殺しは無理だよ。第一、必要ない」

 きっぱりと断言するレオに感心しながらも、ユニアスは敢えて反論した。

「そうですか? 万一死体を見られても疑われないため、魔術は使わなかった可能性も無きにしも非ずですが」

「だとしても、片手が不自由だったミラーズに大剣を振り回すのはやはり無理だ。まして一太刀で――」

 カトレアが息を呑んだ気配に、レオはハッとして口を噤んだ。すると目をきらりと光らせたユニアスがすかさず口を開いた。


「大剣、ですか。刺殺であることは伝えましたが、凶器についてまだ具体的にお話しした覚えはありません。一体何故、彼女を殺した凶器が大剣であることをご存じだったんですか?」


「……」


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「――そうだ」


 苦渋の表情を浮かべながらも、レオはそれ以上弁明も言い逃れもしようとしなかった。


「本当に、あなたが私を」


 当のカトレア自身、未だに信じられない様子で呆然としているようだった。彼女に代わって、ユニアスは核心に触れた。

「動機は?」

「今さら、それが重要かね?」

「今さらですって!? 私は、自分が何故殺されたのか、全く分からないまま今日まで――」

 怒りで恐怖が退けられたのか、ユニアスの背中から抜け出して自らに詰め寄るカトレアに、レオは静かに言葉返した。

「本当に、心当たりはないのか?」

「……え?」

「だから殺されたことについて、身に覚えはないかと訊いている」

「ないわ。あるわけない、一体何を言ってるの?」

「そうか。きっと君と私の正義は、あまりにもかけ離れているのだろうな」

 達観したように笑うと、レオはカトレアをまっすぐに見返した。

「戦場での君の功績について、指揮官として大変感謝している。だがそれを差し引いても、君の医療行為を越えた行いについて、私はどうしても許すことができなかった」

「医療行為を越えた行い?」

 ユニアスの呟きに、レオは彼の方を向いて頷いた。

「彼女はね、負傷者に対し痛み止めと称して麻薬を与えていたんだ。精神的にも肉体的にも限界だった兵達の間に、それは恐ろしい勢いで浸透して行った。正直、砦の半分は中毒者だったよ。薬がなければ、一時でもいられないほどに」

 ユニアスとアーデルハイトの冷えた視線が集中する中、カトレアは怯むことなく言葉を返した。

「必要な治療だったわ。戦争なんて異常な地獄の中で、他にどんなことができて? 現に医者もほかの看護師も彼らを見捨てて逃げ出したじゃない。私はそんな彼らを救ってあげたかっただけ。あなたのような強い人間には、彼らの……弱い人間の痛みも苦しみも分からないのよ!」

「治療? 中毒にした人間から、薬の代金をむしり取ることがかね? 金のない人間からは結婚指輪や親の形見を容赦なく奪って個室に貯めこんでいたな。私が知らないとでも思ったのか」

 一瞬、驚いたような表情を浮かべたものの、カトレアは艶然と笑った。

「薬を用意するには元手が要るわ。正当な対価を求めるのは当然のことでしょ?」

「元になった薬草は自家栽培だと聞いているが。まあ、そんなことは今さら是非もない。とにかく、私は君の行為を許せなかった。だから殺した。未だにそれが君の楔になっていると言うなら、死体でも墓でも君の思う通りにすれば良い」

「言われなくても……」

 激情のままレオの体を突き飛ばすと、カトレアは彼が座っていた椅子を無表情に振り上げた。線の細い彼女には不似合いな動きだったが、今は互いに死者であることを思い出したレオはすべてを委ねるように目を閉じた。

 しかし予想していた衝撃はいつまでもなく、ふと目を開けるとカトレアはいつの間にか近づいたアーデルハイトによって地面に抑え込まれていた。背中で両腕を拘束し、ロングスカートに包まれた膝で乗り上げたアーデルハイトは、振り解こうとしてもびくともしなかった。


「は、離して! なに、この女……なんて馬鹿力なの」


「俺の自慢の助手を、舐めてもらっては困る。おまえのような俄かと違って、そもそも注いでいる魔力の量が桁違いなんでね。そしてあんたは、俺の依頼人としては失格だ。屍に戻り、その魂もくだらない未練ごと消滅しろ」


「……嫌! 私は、まだ……」


 ユニアスが手を翳すと、まるで土塊に変質したかのように干からびたカトレアの身体は、次の瞬間ガラガラと崩れ去った。アーデルハイトが手や服に着いた痕跡を払いながら立ち上がるのを見届けると、ユニアスは石畳の上に尻餅を着いた英雄にゆっくりと近づいて手を差し伸べた。

「困りますね、被告人が判決を勝手に出されては。一応、判事はあいつの役目だったんで」

 まだ手を払っているアーデルハイトの方を示すユニアスの手を握り返し、立ち上がりながらレオは微妙な表情で笑った。

「てっきり、判事は君かと思っていたが」

「俺は、検事ということで。公正な判断は、俺よりあいつの方が向いています。さて、あなたの罪状については冤罪ではなかったようですが、情状酌量ということで不問にしたいと思います」

「判事は君ではないと、たった今言ったばかりだが」

「いいんです、俺はあいつの主でもありますので」

「うん、無罪」

 この場で目覚めてから初めて口を利いた少女に、嘗ての英雄は目を丸くして愉快そうに笑った。

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