【第23話】アーデルハイトの足跡
「ユニアス、終点だって」
「んあ? ああ……もう着いたのか」
あのまま本当に眠ってしまったユニアスとは対照的に、ラントはアーデルハイトが心配で一人でそわそわしっぱなしだった。荷物を手に汽車を降り、解放感を味わうように大きく伸びをしているユニアスを恨めしそうに見ながら後について歩き出した。
ユニアスとラントの故郷も決して都会とは言えなかったが、それなりに大きな集落が区画ごとに集まっている。それと比較すると、この辺りは本当に自然ばかりが目に付く田舎だと実感した。
それでも駅の周辺には個人の家も畑のようなものも存在していたが、大きな川を渡り今度は細い川沿いに進んで行くと、さらに人里から離れた雰囲気が増していく。本当にこんなところを、アーデルハイトは通ったのだろうか?
迷いのない足取りで進むユニアスに、自分の不安をかき消して欲しくてラントはなるべく明るい口調で話しかけた。
「アーデちゃんて、汽車一人で乗れたんだ?」
「生活費は渡してるからな。食料の調達はあいつに一任してる」
「金の問題じゃなくてさ」
「あいつは自身についての記憶はないが、一般的な知識も常識も弁えてるよ。おまえが思っているより、できることはずっと多くある。それに加えて――」
「?」
「実際のところ、記憶はあの時点で戻ったのかもしれない。だとすれば汽車も初めてってわけじゃないだろうな」
「ジャックフォード家に来た時に、一度汽車旅は経験してるってことか」
「多分な。実家では、アーデルハイトを雇うことになった経緯までは分からなかったが」
「記憶が戻ったとして、アーデちゃんの目的ってやっぱり未練の解消なのか?」
「普通に考えればそうなんだろうが……」
「何か普通じゃないのか?」
「正直、分からん。イレギュラーが多すぎてな。あくまであれは村の名がスイッチになっての、衝動的な行動に過ぎないのかもしれない」
ネクロマンサーの知識に関することにはいつも即答に近いユニアスが、ここまで正直に分からないと言うのは珍しいことだった。それだけアーデルハイトが特殊なサモン・ファクトであるとラントにも伝わってくる。
「そうなんだ。ところで今更だけど、あの客の話って何だったの?」
「何だおまえ、聞いてなかったのか?」
「だってキッチンでアーデちゃんの整頓の手伝いしてたから」
「道理で吞気に付いて来ると思ったぜ。あのバジリスク城であれだけビビってたくせに」
半笑いのユニアスの口調に、ラントはひどく嫌な予感がした。
「な、何だよそれ……ゆ、幽霊でも出るのか?」
おどおどしながらユニアスに訊き返したところで、二人の目の前に道を塞ぐようにして張られたロープと立札が現れた。
「何これ。何て書いてあるんだ?」
「この地域独特の崩し文字だな……詳細は読めん。だがこの大きな文字は、警告だな」
「警告……?」
「危険、立ち入り禁止」
「ど、ど、どうして……」
「おめえさん方」
「ヒイッ!!」
突然聞こえた背後からの声に、ラントが飛び上がってユニアスの背中に隠れた。その怯えように、声をかけた地元のぽってりとした中年の男が済まなさそうに詫びた。
「そげに驚かすつもりはなかったけんども……すまね」
かなり訛りがひどいが、理解できないほどではなかった。
「いや、こいつが大げさなだけなんで。で、俺たちに何か用か?」
「用っちゅうか、あんたら旅の者か?」
「まあ、地元の人間じゃないよ。この先の村の跡地に用があってね」
すると男は血相を変えて首を振った。
「悪いこた言わね、止めとけ。この先では……死人が彷徨っとるっちゅう話だ」
「し、し、し、死人ーー!?」
「うるさい、ラント。良かったじゃねえか、おまえの苦手な幽霊じゃなくてゾンビだよ」
「お、同じようなもんだろ!?」
「バカ、全然違うだろ。幽霊は死者の魂が成仏できず浮遊しているもので実体はないが、ゾンビは死体が動いているわけだから実体がある。ただしその中身は魂が入っていない故に、ただの動く死体だ」
「し、死体が動いたらめちゃくちゃ怖いだろうが!!」
「離れろ、気持ち悪ぃな」
震えながらしがみついてくるラントの顔を押して引きはがそうとしたが、相手も必死なため上手く行かなかった。仕方なく、ラントを張り付けたままでユニアスは会話を続けた。
「現れたのは、いつ頃だ?」
「正確には分からんけど、この先に国境があるんよ。そこから越境してきた旅の者が、おらの小屋に真っ青な顔で飛び込んできたのが一月ほど前のことでな。死体がいっぱい動いとるっちゅうて」
「あんたも見たのか?」
ごくりと唾を飲みこむと、男は冷や汗をかきながら頷いた。
「見た。確認せんで鵜吞みにもできんでな。ほしたらこの世のものとも思えんほど、不気味な光景やったぁ」
「それでこの立札とロープで警告を?」
「うん。ここは元々、近隣に住む者もおらなんだし。どうやら村を出て襲ってくるわけでもなさそうだもんで、あんたらみたいな旅の者が知らずに近づかんようにな。仲間内にも言うたけんど、だーれも信じちゃくれんかった。ちぃっと前に通った娘っ子も、せっかくおらが引き留めてやったのにすんごい力で振り切ってポーンと跳んで行ってもうた」
「娘っ子? 年は十八くらいの、髪を一つに編んだ娘か?」
「そうそう、その娘っ子だ。えっらい高さでぇ――」
「そうか、色々ありがとう。じゃあな」
「ちょっ、おめえさんたちも行くんか? いやはや余所者てのは怖いもん知らずだのう……」
男の呆れた声を背に、ユニアスとラントはロープをくぐってアーデルハイトの後を追った。
***
「しっ、死体……本当にいるかな」
「服を掴むな」
「だって抱き着くと怒るじゃん」
「当たり前だ、離れて歩け」
「嫌だ! 絶対離れない!! 俺は一生ユニアスから離れないぞ!!」
「一生とか怖えこと言うな……」
恐怖でおかしなテンションになっているラントにげんなりしながら、ユニアスは周囲に警戒しながら歩を進めた。アーデルハイトの残した真新しい足跡を辿りながら、ゆるい坂道を登って開けた場所に出ると初めて集落の痕跡のようなものを目にした。
「この辺りか」
「これって……井戸?」
「の、跡だろうな。水は残ってなさそうだが」
そう言った途端、すぐ横に手桶が置かれた。
「え、人……って……っ!」
ラントが息を吞んでその場に尻餅を突いたのも無理のないことだった。薄汚れた上着と端々の引き裂かれたスカートを身に着けたその女のようなものには、顔の肉も眼窩にあるべきものも存在しなかった。ただ骨と乾いた皮膚の残りのようなものが、痛々しく張り付いているだけで。




