【第21話】死の概念
「死者の国って、実在するんでしょうか?」
久しぶりの客だと思ってわりと愛想よく接していたのだが、妙なことを言い出したのでユニアスは途端にやる気を失った。
「何の話? 宗教の勧誘なら他を当たってくれ」
ユニアスと同世代と思われる若い男は、言い訳するように慌てて言葉を継いだ。
「まさか、とんでもない! ただネクロマンサーって、死者を甦らせるんですよね? だったら呼び出す前のその魂はやはり死者だけが行けるところにいるのかなあって」
ごちゃ混ぜの誤った知識にうんざりしながらも、ユニアスは仕方なく自身の知っている死の概念について解説した。
「霊媒的なものとは実質が異なるんだがな。まず甦らせると言うか仮蘇生できる対象はこの世に未練があって留まっている死者に限る。だから普通に昇華した魂にはネクロマンサーは干渉できないし、遺族に会わせてやることもできない。死んだ者が行く世界と行き来させるという考え方が根本的に間違っている」
「そうなんですか? 知らなかった……じゃあその、昇華した魂というのはどこへ行くんです?」
「どこへも」
「え?」
「形のまま、どこかに移動するわかじゃない。目には見えないしやたらと神聖視されることが多いが、魂もこの世の物質であることに変わりはない。肉体が微生物に分解されて自然に還るのと一緒で、魂も形成される前の状態に還元される。だから大気だったりエネルギーだったり、そうした万物の循環材料の一つになる。どこへ行くとかでなく、逆にどこにでもあるってことだ」
「はー……そうしたら、たまに聞く生まれ変わり説なんてそれこそあり得ないんでしょうか?」
がっかりした様子でそう呟く男に、ユニアスは意外にも逆に否定して見せた。
「そうでもないだろ。材料の一つに戻ったなら、そのうちまた生まれてくる誰かの魂の一部になることもあるだろうし。攪拌レベルによったら、あまり分解されず元の魂の成分が多めに残っていてもおかしくない。前世の記憶を持つなんてことだって、あり得ないことじゃないと思うぞ」
「そ、そうなんですね! そう言われると、何だかそんな気がしてきました」
現実的な話に打ちのめされた後、今度は希望を持ったような男の様子にユニアスは意図が読めずに首を傾げた。
「結局、あんたここへ何しに来たんだ? 死んだ身内に会いたいとか、そういう事情じゃないのか?」
「あ、母が三年前に亡くなったんですけど。最近子供が生まれたもんで、できれば生きてるうちに顔を見せてやりたかったなあとは思いますね」
「それはあんたの後悔であって、死者の未練てわけじゃなさそうだな。それともおふくろさん、孫が見たいって繰り言でも言いながら死んだのか?」
「いえ、嫁さん貰ったばかりだったから寧ろ安心して逝ったと思います」
「……それはそれは。あんたに憑いてる気配もないし、悪いけど俺にできることはなさそうだな」
金にならないならさっさとお帰りいただこうと態度で示すユニアスの空気を察することなく、男はのほほんと話を続けた。
「あ、いえ、それだけではなく。最初の質問に戻るんですけど、死者の集まる国と言うものが存在し得ると思いますか?」
「何で戻るんだよ。だから今、散々俺が説明して……」
「概念の話ではなく、現実にです。国と言うか、厳密には村なんですけど。住民が死に絶えて廃村になっていた場所に、死んだはずの村人が戻ってきていると」
「何だそりゃ」
「そういう話を、最近耳にして」
「随分と胡散臭い話だな。ただの噂だろう?」
「いえ、行商人の叔父が実際にその目で見たと言うんですね」
「見たって、死人をか?」
「ええ」
「何でそれが死人だと分かるんだよ。別の場所から移住してきた、ただの人間かもしれないだろ?」
「それが……」
男は躊躇った後、意を決したように続けた。
「話しかけようとしたところ、明らかに生きた人間の姿ではなくて、まるでゾンビのような状態だったと言うんです。目には光がなく服もボロボロで、人によっては体も欠損しているような。それで這う這うの体で逃げ出したと」
「……どこだ?」
「え?」
「その村があった場所と言うのは、どこだ?」
不意にトーンが下がったユニアスの声に気圧されながら、男は必死に記憶をたどった。
「あ、はい。確か国境に近いトランス地方にある、川沿いのコルテリカ村――」
その語尾に被るようにガシャン、と盛大に食器の割れる音が響き渡った。騒音と入れ替わるように瞬時に訪れた静寂の中で、頼りなげな声が遠慮がちに聞こえた。
「だ、大丈夫? アーデちゃん」
キッチンを覗くと、おろおろしているラントの横で皿やカップを乗せたトレイを足元に落として呆然としているアーデルハイトの姿が目に映った。
「アーデルハイト」
呼びかけたがユニアスには目もくれず、アーデルハイトは両手をトレイを持っていた形で宙に止めたままぼんやりと呟いた。
「……帰らなきゃ」
「おい、アーデルハイト?」
肩に置かれたユニアスの手を振り払って、アーデルハイトは扉を大きく開け放って外に駆け出して行った。
「わ、危ないユニアス!」
バランスを崩して割れた食器の上に倒れかけたユニアスを、ラントが腕を強引に引っ張ったことで二人は反対側に雪崩れるように倒れ込んだ。
「痛って……」
「ご、ごめん。支えきれなかった」
「いや、下手したら大怪我するとこだった。サンキュな」
珍しく素直に礼を言うと、ユニアスはだいぶ遅れて戸口に駆け寄ったが当然と言うべきかアーデルハイトの姿はとっくに見えなくなっていた。
「ど、どこ行っちゃったんだろ、アーデちゃん。早く追いかけないと!」
「全力のあいつに追いつくわけもなし。焦っても仕方ねぇよ」
ユニアスはいったん扉を閉めると、状況について行けずにポカンとしていた客の男に向き直った。
「さっきあんたが言ってた村の名前、もう一度教えろ」
「え?」
「村の名前だよ」
「あ、ハイっ。と、トランス地方の、コルテリカ村です」
「ここから汽車でどう乗り継げば良いか、分かる範囲で教えてくれ」
「は、はいっ……確かメモが」
「ラント、出かけるから旅支度」
「で、出かけるってアーデちゃんはどうするんだよ」
「そのアーデルハイトの行先が、話に出たコルテリカ村なんだろうが。十中八九、そこがアーデルハイトの故郷に違いない」
冷静にそう言うと、驚いているラントを尻目にユニアスは旅用のカバンを部屋の奥から引っ張り出して必要な物を詰め始めた。




