【第20話】バジリスクの秘宝(7)解決編
ライラネル・ルーンの目の前に広がった光景は、夢にまで見たものとあまりにもかけ離れていた。
「何もない……?」
そこはまるで、使用されていない物置のようだった。嘗て何かを収納していたらしい棚は埃まみれで、空しい空間だけが残る。ミオの話に合った、銀食器や宝石の類もまったく見当たらなかった。ただ唯一目を引くのが隅の方に置かれたやや大きめの金属の箱だったが、一見すると重要なものが入っているようにも見えなかった。
一通り確認したユニアスが、階段の方を見上げてミオに呼びかけた。
「おい、ミオ。おまえがここまで下りた時に、銀食器とか装飾品があったんだよな? それらは棚に並べられていたのか?」
「そうです。ありませんか?」
「ないな、空っぽだ」
「壁にも?」
「何も」
「てことは、私が死んだ後に誰かが持ち出したんでしょうか?」
「恐らくな」
「じゃあ二代目の宝は、とっくの昔に見つかっていたんですね。私たちは、そんなことも知らず……」
がっかりして肩を落とすライラネルに、ユニアスは少し考えてから口を開いた。
「どうかな? そもそもここに置かれていたものが、本当に代々語り継がれてきた秘宝だったんだろうか?」
「どういうことです?」
「執事のタイラーってやつは、人目を忍んでちょくちょくここに出入りしてたんだろ? 宝を見つけた人間の行動にしちゃおかしくないか?」
「言われてみれば……見つけたなら当主に報告するか、運び出して独り占めするなりして終わりだよな。何回も行ったり来たりって、何してたんだろ?」
「俺が思うにそいつは元からあった宝を確認しに来てたんじゃなくて、自分がちょろまかした備品をここに貯めこんでいたんじゃないか? そしてたまにもらえる休みの折に、運び出しては金に換えていた。そんなところだろ」
「成程な。ありそうな話だ」
「で、でもたかだか執事が、こんな大掛かりな仕掛けを一人で?」
「この隠し部屋自体は、城に元々存在していたものだと思う。見つけたきっかけは偶然か、あるいはミオと同じようにそいつも風の噂に聞いた宝を探していたとかな」
「そう言えばタイラーさんは、お父さんの代から執事を務めていたと聞きます。だからもしかすると元々知ってはいたのかも」
「親子二代に渡って、コソ泥じみた真似をしていた可能性もあるな」
「え、待ってください。だとすると私は宝を見たから殺されたんじゃなくて、窃盗の現場を目撃したせいで殺されたってことですか?」
「そうなんじゃないの? 理由としてはそっちの方が切実だよね」
ラントがあっさり肯定すると、ミオは階段の上で膝から崩れ落ちた。
「そんなぁ……莫大な遺産ならともかく、たかだか小金のせいでなんて」
「それもどうかな。現場を見る限り、殺されたわけじゃなさそうだけど」
「え。だ、だって、階段に蝋が。そのせいで私――」
「私も落ちた、ユニアスのせい」
「はいはい、ご苦労さん」
アーデルハイトの合いの手に苦笑を返しながら、ユニアスは言葉を続けた。
「あれは故意に塗られてたわけじゃなく、灯りのために立てていた蠟燭が溶けて広がった跡だと思う。ほら、ここにも同じように蝋の跡があるだろ? かかった時間のせいで何本も溶けたんだろうな」
ユニアスが指さした踊り場の片隅には、確かにつやつやと光る跡がラントの灯りで照りかえっていた。
「つまり今俺たちが今やっているのと同じように、その時隠し部屋に来るため入口と踊り場、二箇所に灯りをともしたってこと。その痕跡ってだけで、別に誰かを落とすためのトラップでも何でもない」
「で、でもタイラーさんはいつもランタンを片手に下りてました。蝋燭を立ててなんて一度も……」
「それなんだけどさ、この階段は急だから下りるには片手は空けておかないと危ない。ランタンは片手で持てるが、反対の手が使えない状態だったら?」
「まず階段の途中に蝋燭を立てて、下り切ってから下でも火をつけたってことか」
「そういうこと。何かの理由で手を痛めるか、怪我でもしていたんじゃないか?」
「あ……っ! 確かにそうです! あの数日前、タイラーさんは場所の不具合を直して車輪に手を挟まれていました!!」
蘇った記憶によりユニアスの推論の正しさが立証され、ミオは憑き物が落ちたようにすっきりとした表情をしていた。
「ここからは想像だが、あんたの死体を見つけたのはタイラー自身だろうな。その前に恐らく城内で行方不明騒ぎになって、念のためこの辺りを探しに来て隠し部屋が開かれているうえあんたが落ちて死んでいるのを発見した。タイラーの方こそ、さぞかしいい迷惑だったと思うぜ。二度とここは使えないから、急いで盗品だけどこかに移して、事故を知らせに行ったんじゃないかな。だからその一件以来、誰もここには近寄らなかった。部屋に何もないことは周知されたし、何せ実際人が死んでるわけだからな。普通の感覚として気味が悪いだろ?」
「私、殺されたわけじゃなかったんですね。勝手に落ちて……なぁんだ」
照れたように笑うと、それで未練がなくなってしまったようで彼女の魂はその場で昇華され姿が溶ける様に消えて行った。
「お、おい、メイドさん消えちまったぞ!!」
従者の二人は上で慌てふためいていたが、ユニアスは依頼の流れで彼女を救済できたことに満足そうだった。
***
「さてと、あと残る問題はこの箱だな」
「箱ですか。でも当時すでに発見されていたなら、中身もとっくに取り出されたのでは?」
「それならわざわざ鍵を掛けておく必要もないだろ?」
「鍵掛かってる? 本当だ、びくともしない」
蓋に手をかけたラントは、力を入れてみたがまるで持ち上がらないためすぐに手を離した。
「それによく見ると、床と一体になって持ち出せないようになっている。当時はそれで諦めたんじゃないかな。鍵穴も三つあって複雑なようだし」
ユニアスが指で示す先を認めて、ライラネルはがっかりした様子で頷いた。
「気になりますけどすぐにどうにかなる物ではなさそうですね。叔父に事情を伝えて、職人を手配してもらうことにしましょう」
「ところが、どうにかなるんだなこれが」
「え?」
「あんたは運がいい。ここにいる三流魔術師は、灯りの次に鍵開けの魔術も得意でね」
「そうなんですか?」
「あ、うん。まあね」
ライラネルの期待の眼差しにどこか浮かない顔のラントだったが、次に彼女の唇から飛び出した悪気ない言葉に胸を押さえた。
「でも暗闇を照らす灯りに、鍵開けって。まるで泥棒さんみたいですね」
「……ぅぐっ!」
「そうなんだよ、過去に実際家主のフリした泥棒の依頼で他人の金庫空けちまったことがあってさ。家主はカンカンで訴えられる寸前だった。多分こいつの天職なんだよな」
「あら、そうなんですね。おほほ」
「ユ、ユニアス! 人がせっかく忘れようとしてるのに……!!」
けらけら笑っている二人に泣きそうになっていると、袖口を反対側から引かれた。
「大丈夫。ラント、悪いことしない」
「アーデちゃん……うう、アーデちゃんだけだよ。俺の味方は」
本気で涙ぐんでいると、やり取りに飽きたらしいユニアスに頭を小突かれた。
「何でもいいから、さっさと開けろ」
「ううっ、暴君め」
ぶつぶつ言いながら詠唱を始めると、カチリカチリとちょうど三回箱の中で鈍い音がして蓋がパカリと開いた。
「開いた!! きゃーー!!!」
ラントを押し退けて箱を覗き込んだライラネルは、中身を確認し悲鳴を上げて飛び退った。
「へ、蛇!!」
「――の、皮だなこりゃ。どんだけあるんだ?」
数十はありそうな蛇皮を一つ摘んで、ユニアスが感心したように呟いた。
「こ、これが……秘宝?」
「じゃねぇの? さすがバジリスクの城だな、名前にはぴったりだ。秘宝ってか当時の城主のコレクションてとこだな」
「でもこれって価値あるのか?」
「魔法道具や薬の材料としては貴重なんじゃね? 年季も入ってるみたいだし、こういったものは経年イコール価値になる。ちなみにおまえだったらいくら払う?」
「いや俺は使い道ないし……プライスレスです」
「三流魔術師はこう言ってるが、一応専門家に鑑定してもらうことをお勧めする」
「そ、そう……ですね」
ひしめくように詰められた蛇皮は若い女性にとって衝撃的な絵面だったようだが、生きた蛇ではなかったことにひとまずほっとして、ライラネルはその場に座り込んだ。
***
それから一週間後、従者の片方がライラネル・ルーンからの礼状と追加の礼金を持参してユニアスの元を訪れた。手紙にはあの蛇皮は既に絶滅した種も含まれていて、歴史的価値のあるものとして破格の高値で買い取られたと綴られていた。そのため追加の礼金と、箱の一番奥にしまわれていたバジリスクの紋の入った指輪も譲ると言う。
「これも魔術的な意味のある代物だな、本当に貰っていいのか?」
「お嬢様には縁のないものだからと。役に立てば嬉しいとさ」
「それじゃ遠慮なく。今頃は新婚旅行か?」
「そうだな、二か月ほど船で回るとのことだ」
「優雅で羨ましいねえ」
当面の生活費が保証されたことで、ユニアスもすこぶる機嫌が良かった。使いの従者を見送り、手紙をしまっていると珍しく仕事で出かけていたラントがちょうど帰って来た。
「ただいまー。ユニアス、今そこでバジリスクの……」
「ああ、ここに来た帰りだ。例の蛇皮が予想外に高く売れたから追加の礼金をくれるとさ」
「え、すご。マジで売れるんだあんなもん」
感心と呆れとないまぜになったような感想を漏らすと、ラントは疲れた様子で椅子に腰かけた。室内をきょろりと見回して、疑問を口にする。
「アーデちゃんは?」
「夕飯の買い出し」
「美味いよなあ、アーデちゃんの手料理。なあ、ユニアス」
おもむろに切り出すラントに、ユニアスはある程度訊かれることを予測しながら返事をした。
「何だよ」
「うやむやにになってたけど、里帰りした時におじさんおばさんと例のこと話したんだよな?」
「ああ」
「何か分かった?」
「……まあな」
微妙な反応のユニアスに、ラントは遠慮がちに訊いた。
「俺には、話したくない感じ?」
「と言うか、想定と少し違ってて――」
言いかけたところで、ちょうとアーデルハイトが帰って来た。扉を雑に開け、大きなリュックを背中に背負いながら宣言するように言った。
「ただいま、今日はシチュー」
「お帰り、そりゃ楽しみだな」
胸を張るアーデルハイトにそう答えて、ユニアスはラントにだけ伝わるよう唇に人差し指を立てて見せた。意図を汲んだラントも口を噤むと、話の続きを諦めてアーデルハイトを手伝いにキッチンへと歩いて行った。




