【第17話】バジリスクの秘宝(4)
ルーン・ウェンツ侯爵は嘗てこの地域を管理していた貴族で、貴族制が廃止されてからは爵位に帰属するウェンツの銘は返還されて関係者はただのルーン姓になった。だからこの目の前の女性がルーンを名乗るからには、子孫であることに恐らく間違いはないのだろう。ただ何を頼みたいにしてもそのやり方が強引だったことに、ユニアスはある種の違和感を覚えていた。
「俺がこの地区に居を構えたのはそこまで近々のことじゃない。間が悪かったのは確かだが、不在なら出直せば済むだけの話だ。何もアーデルハイトを人質にとるような真似をする必要はない。そこまで焦っていた理由を聞こうか」
「仰る通りです、私には時間がありません。実はもうじきこの城が人手に渡ってしまうのですが、その前に先祖が隠したと言われる秘宝を手に入れたいと考えています」
「秘宝? 何々それ」
急にその言葉に食いついたラントが体を乗り出してきたが、ユニアスは邪魔だと言わんばかりに押し返した。
「ありがちだが、眉唾だな」
「叔父もそのように申しておりまして、この城は競売にかけると」
「あんたの持ち物なのに、そんな勝手が通るのか?」
「今はそうですが……実は私、三日後に結婚を控えておりまして」
「それはおめでとう?」
「ありがとうございます、でもめでたいばかりでもなく。ルーン姓を捨てれば、バジリスクの所有権も失う。権利は父の弟である叔父に移行されます」
「あんた、一人娘か?」
「いいえ。兄がおりましたが、先月急死しまして」
「急死? あんたの兄ってことは、まだ若いんだろうに」
「風邪をこじらせたようで、死因は肺炎とのことでした。あまり健康的な生活をしているとは言い難かったので、体力が持たなかったようです」
「ふぅん……」
「婚約者も豪商の長男なもので、今さら条件を変えることも難しく」
「なるほど、兄さんとは意見が同じだった?」
「はい。子供の頃から、この城を探検することは私たち兄妹の密かな楽しみでした。大人になってからも、この城のどこかに途方もない宝があるのだと思うと、何だかわくわくしました。もしかしたらガラクタの類かもしれないし、叔父が言うようにそんなものは初めからないのかもしれない。だから兄も亡くなった両親から城を継いでから、本気で探そうとはしなかったのかも知れませんが」
「夢は夢のままで、か」
「ええ。それでも他人の手に渡ってしまうなら、その前に区切りをつけたいと思いまして。そうしないと、たぶん……いつまでも気持ちが残ってしまうから」
しんみりと語られた話を、ユニアスはひとまず受け入れたようだった。
「事情は分かった。が、やっぱりここまでするのはちょっと大袈裟すぎるな」
「あの、それについてはずっと言おうか迷っていたのですけれど。実は一緒に来ると仰ったのはそもそも、そちらの助手さんご自身のようなんですけれども」
「なに?」
「依頼と引き換えにするため、何かあなたにとって大切な品物を預かりたいと家の者が尋ねたところそれなら自分を連れて行けと」
「おい……アーデルハイト?」
「だって、ユニアスの一番大切なもの私」
「おまっ……おまえな……!!」
しれっと言い切るアーデルハイトに脱力しながらも、ユニアスは報酬については妥協はしないからと殆ど八つ当たりのように強い口調でライラネルに告げた。
***
「さてと、それじゃまずは情報収集だな。秘宝とやらの在処を確実に知ってそうな人間を探す」
「探すというのは、どのように?」
ライラネルの問いに、ユニアスはさも当然のように答えた。
「決まってるだろ、その辺を徘徊してる霊体に訊く」
「いるんですか?」
「こんだけ歴史ある建物なら、普通にね。ただ使用人とか、近隣の関係ない人間も多いからその中から該当者を選別する必要があるわけだけど」
「でしたら、二代目侯爵が宜しいのでは。遺したのは彼だと聞いています」
「二代目って言うと、バジリスクの名前の元になった人?」
「その通りです、良くご存知ですね。この城の随所にも目立つように刻まれている蛇の紋、あれを加えたのは彼だと言われています。古い伝承にあるそれと紋の姿が似ていたことで、周囲から『バジリスクの城』と呼ばれるようになったのもそこからですね」
「確かに一番てっとり早いだろうけど、その人とっくに昇天してるから無理」
「そんなことも分かるんですか?」
「気配でね、大体は。そこまでこの場所に古く密接した気配は感じない……いてもせいぜいその数代後かな。取り敢えず先に少し回ってみてくれアーデルハイト」
「うん」
ぴょこりと立ち上がったアーデルハイトは、奥の扉の方へと消えて行った。自身はソファに深く腰掛けたまま動こうとしないユニアスに、ラントが不思議そうに尋ねる。
「ユニアスは行かないのか?」
「今のところはな」
「何で? 寧ろ片っ端から仮蘇生して、一緒に探してもらった方が――」
素早く伸びた手がラントの口を鷲掴むと、ユニアスは顔を近づけながら迫力のある声音でラントに囁いた。
「ド素人がお気楽なこと言ってんじゃねぇよ。こっちは旅帰りで疲れてるとこ一気に抜かれて魔力不足なんだよ。そんな無駄撃ちしてる余裕なんぞあるか、ボケ。分かったら、余計な事考えずに黙って座ってろ」
「……ふぁい」
こくこくと頷くラントから手を離すと、ユニアスは腕を組んで目を閉じた。それきり誰も口を開こうとはせず、室内にはひどく緊迫感のある静寂が訪れた。そうして三十分ほど経った頃に、パタパタという足音と扉を派手に開放する音と共にアーデルハイトが戻って来た。
「ユニアス、いた」
「俺は元々ここにいただろうが」
「そうじゃなくて、こっち」
アーデルハイトの視線の先に、ある存在を認めてユニアスは頷いた。
「事情を知ってるやつか? 恰好からして城のメイドってとこか。結構若いけど、何で死んだ?」
黒い肩までの髪を左右でゆるく編んだ細い娘の霊は、ユニアスをぼうっと見つめながらぽつりと答えた。
「階段から落ちて。だからそこから離れられなかった」
「落ちた? 事故か?」
「いいえ、たぶん……殺された。私が、侯爵様の宝を見つけたから」
「なるほど。詳しく話を訊く必要があるな」
自分とアーデルハイトにしか見えていない証人を、ユニアスは奇異の視線が集まる中で傍らに手招いた。




