【第16話】バジリスクの秘宝(3)
「ここって、観光場所じゃないんだ」
街では有名なスポットである通称バジリスクの古城――かつてウェンツ侯爵の居住地だった石造りの建物を眺めながら、ラントが意外そうに呟いた。
「爵位を含む特権階級が撤廃されただけで、子孫は普通に残ってるわけだからな。個人資産は国に没収される筋でもないし、個人の持ち物でも別におかしくないだろ」
「おかしくないかな。でも住居としては向かないだろ? でかいし、広いし、目立つし」
「だから誰も住んではいないと思うけど」
「だったら、寄贈するなり売るなりした方が効率的じゃね? 維持費もかかるだろうし」
「まあ、他人に言われるまでもなくそんなことは当事者が分かり切ってるだろうよ。敢えてそうしていない理由があって、それこそが俺をここへ呼んだ動機――じゃないか?」
城門はとうに損失してしまって建物は丸裸の状態だが、夕陽に照らされた石壁は趣を濃くしている。目立つように刻まれた特徴的な紋を視界に入れながら正面から入口に近づくと、こちらの存在を把握していたのか歯車や鎖の音と共に合わせ扉がゆっくりと外に向けて開いた。すると途端に軽快な足音がして、豪奢なドレス姿の若い娘が飛び出して来たと思ったら迷わずユニアスに抱き着いてその場に押し倒した。
「ぎゃー! ユ、ユニアスがいきなり痴女に襲われ……っ」
「落ち着けよ、ラント。よく見ろ、アーデルハイトだ」
「え、アーデちゃん? あ、本当だ」
突然のことになすがままだったとは言え、自身の蘇生体を見間違えるはずもなく。ハーフアップに結い上げられた髪に化粧も施され、いつもの機能的なだけの姿と別人のようなアーデルハイトに一瞬だけ見惚れてしまいすぐにどかさなかったことをユニアスは後悔した。その隙をつくようににしがみついたアーデルハイトに唇を塞がれて、容赦なく呼吸ごと魔力を吸い上げられたから。
「きゃーー!! ふ、二人はまさかのそういう関係!?」
「……ば、馬鹿! 助けろ!! こいつ俺の魔力吸ってんだよ!! 渇いてたからって、無茶な食事しやがっ……て……」
辛うじてアーデルハイトを引きはがしたものの、酸欠と貧血で目を回したユニアスはそのまま地べたで気を失った。
***
「ユニアス、しっかりしろって。ユニアス!」
「……ん……ラント?」
「あー、良かった気が付いた! 起きられるか?」
「……ああ」
目を開けると、高い天井と見慣れた顔が二つ視界に飛び込んでくる。大きなソファに寝かされていたユニアスは、肘をついて上半身を起こした。するとそのタイミングで、湯気の立つコーヒーカップが差し出された。
「サンキュ……ってのもおかしいか。おまえのせいだもんな」
薔薇色のドレス姿のアーデルハイトを軽く睨みながら不服そうに言って、ユニアスはコーヒーを受け取って一口飲んだ。垂らしてあるブランデーの香りが、ぼうっとした頭に妙に心地良く感じた。
「ユニアスが遅いのが悪い」
膨れているところを見ると、確かに機嫌は悪いようだ。それでも不当な評価にユニアスは負けじと抗議した。
「これでも超特急で帰って来たんだよ。予定通りに行かなかったのは、おまえが家で待たなかったせいだろ? こんな魔力を遮断する場所にいるなんて聞いてねえし」
「それは、大変失礼いたしました」
正面でなく奥から声が聞こえて、深緑色のシンプルなワンピースに身を包んだ妙齢の女性が姿を現した。その傍らや通路近く、ユニアスたちの背後など、家に来たと思しい男たちが控えているのを確認しながら、ユニアスはその声の主に視線を戻した。
「あんたが人さらいの親玉?」
「人さらいだなんて心外ですわ。家の者が少々出過ぎた真似をしたようですけれど、これも高名なネクロマンサーであるジャックフォード様に確実に依頼を受けていただくようにと命じたことへの、忠実な行動に過ぎません。どうか笑ってお許しください」
「笑えねーな。接続を遮断されたせいでこいつが暴走して俺がぶっ倒れる羽目になった。悪意があったとしか思えないんだが」
「それは誤解です。私どもはこちらの助手さんが生きた人ではないことを存じませんでした。だって触れるとふつうに温かいし、お茶もお菓子も召し上がってました。そこに違和感など一つも」
「当然だ、一流の術式だからな」
気を良くしたユニアスに、相手は情状の事情をさらに追加した。
「それにこの城にそんな特殊な機能があるなんてこともまったく。そういったことに、私どもは素人ですから。無知であることはお詫びしますが、悪気など本当にございませんでした」
「分かった、それは信じる。アーデルハイトもこのみょうちきりんな恰好をさせた以外は丁重に扱ってくれたようだしな」
「あら、とっても可愛いでしょう? あまりに貧相な姿なので、ついつい」
「貧相で悪かったな! 無駄話はいいから、まずは名乗ったらどうだ?」
ユニアスの指摘に、彼女は口元をおさえてにこりと微笑った。
「失敬。私はライラネル・ルーン。ルーン・ウェンツ侯爵の子孫で、このバジリスクの古城の所有者ですわ。どうぞお見知りおきを」
首を傾けて礼をする仕草に圧倒的な上流階級の匂いを感じながら、ユニアスは手元のコーヒーを飲み干した。




