【第13話】子供のための鎮魂歌(後編)
人間が胎児のどの段階で人間としてみなされるかは、様々な解釈によって異なる。
ただそれはあくまで生きている人間にとっての都合であり、勝手な線引きに過ぎないのかもしれないが。そうした思想的なものだけでなく、ネクロマンサーにとっても可不可の境界は存在する。
「つまり――ネクロマンサーが仮蘇生できるのは、この世に未練のある死者だけ。昇華した魂に干渉することはできない。魂の存在を無視して肉体だけを動かすことは本来の趣旨に反するし、意味がない。需要があったとしても、俺はやらない。そういうことだから、あんたの依頼は引き受けられない。うちの居候が無駄足を踏ませて悪かったな」
噛んで含めるようにそう説明したが、エルザは立ち去る気配を見せずに食い下がった。
「未練がないって、どうして言い切れるの? 生まれる前だって生存本能はあるでしょう?」
「否定はしないが、そんなものなら万人にある。死にたくない程度で残るくらいの仕組みなら、この世は死者の魂で溢れかえっていることになる。でも大概は浄化されてゆくべきところに還っているのが普通だ、よほどの執着がない限り。生まれる前の赤子には業も執着もあり得ない」
「でも、水子の供養だって昔から――」
「あれは、本当のところ生きた人間の心を救済するためのものだ。納得行かないのは死んだ子供じゃなくて生きている親の方なんだよ。正に今のあんたがそうだろ? ここじゃなくて、教会に行くことをお勧めする」
「懺悔をしろってこと?」
「いや、俺が言ってるのはそういうことじゃなくて……おいラント、おまえのせいなんだから何とかしろ」
話が通じない相手に辟易してそもそもの責任者に対応を求めると、ラントはエルザの横にしゃがみ込んで労わるように下方から相手を見上げた。
「流産してしまったことはとても残念ですけど、それは何もあなたのせいじゃありませんよ。だから悲しむのは当然ですけど、自分を責める必要なんてまったく」
「私のせいなの」
「え?」
「だって私、あの子が生まれない方がいいって、生むのが怖いって何度も思ってしまったから。だからきっと」
「胎児が忖度したってのか? そんなわけねぇだろ」
「そうですよ、初めてのお産が怖いのは誰にだってあることで」
「そういうことじゃないの!! 私、私は……全部自分の都合で。あの子が生まれたら、何もかも終わりだって、それで……」
ヒステリックに叫んで顔を覆うエルザに男二人で困惑しきっていると、そっと近づいたアーデルハイトが細い肩に柔らかく手を置いて宥めた。
「大丈夫、大丈夫。それでも子供は恨んでない。出てこれなかったのはそれが寿命。命が弱かった、それだけ」
顔を上げたエルザは、肩越しに振り返りながら涙を零した。
「本当にそうかしら。私、実際何度も堕胎を考えたわ。生みたくないって、口にもした」
「考えただけ、言っただけ。罪じゃない」
舌足らずな言葉は、却ってエルザの心に響いたようだった。
「でも私の感情はきっとあの子にも伝わったわ。望んであげなかったから、きっと」
「思うのは勝手。でも子供には関係ない、外がどうでも生まれる時は生まれる」
「どうでも……」
「それに死ぬ時は死ぬ。それも一緒。いつ死ぬか誰にも分からない。だからしたいようにするといい」
「そう……そうね、あなたの言うとおりだわ」
納得したのか妙に晴れやかな顔で微笑むと、立ち上がってアーデルハイトにハグをした。その背を優しくポンポン、と撫でるアーデルハイトとエルザの姿をすっかり蚊帳の外になっていた男たちが遠巻きに眺めていた。
***
「俺の話はまったく受け入れなかったくせに、アーデルハイトにはあんなに簡単に説得されるとはな……」
エルザが帰った後に納得いかない様子でユニアスがぼやいていると、ラントが同情するように肩を叩いた。
「やっぱり女性は女性に共感するものなんじゃないのかな? あとユニアスの話は理屈っぽいけど感情はあまり入ってないから。相談とか向いてないかもな」
「金にならない依頼人連れてきた挙句、散々無駄な時間使わせてくれたくせにずいぶん偉そうだな居候?」
「そ、それは誠にすみません。何なら今からもう一回呼び込みしてこようか?」
「今日はもういいって、これ以上他人の話を聞く気力はねぇよ」
「じゃあ明日な」
あからさまにほっとしているラントを尻目に、ユニアスはキッチンを掃除しているアーデルハイトに声をかけた。
「なあ、アーデルハイト。おまえさっきの女の話、ちゃんと理解できてたのか?」
「うん。何で?」
ひょこりと顔だけ出したアーデルハイトは、無邪気に頷いた首を捻った。
「何でって、俺にはあそこまで生みたくなかった理由がさっぱりだったからな」
「いや、だからそれはさぁユニアス、初産で」
「不倫だったから」
「は……?」
問いかけたユニアスも、補足しようとしたラントもキョトンとしてアーデルハイトを見つめた。
「不倫て、何?」
「旦那の子じゃなかった。だから生みたくない、簡単」
「いや生むのが怖いとかは言ってたかも知れないけど、んなこと一言も」
「普通、指輪があるのにカフスまで持たない」
「カフス?」
「カフスボタン。コサージュの花弁に使われてた。黒でぱっと見気づかない、旦那の持ち物なら潜ませる必要ない」
「……おまえ、それに気づいたのか」
「うん。だから、したいようにって言った。好きな方と生きればいい」
口元だけで軽く笑むと、アーデルハイトは掃除の作業に戻って行った。
「驚いた……アーデちゃんて何かすごいな」
「たまたまだろ」
口では平静を装いながら、ユニアスもその洞察力に内心で舌を巻いていた。
「子供の話にもちゃんと答えてたし、若くても実は生前子供を生んだ経験があるのかな」
「さあな」
素っ気ない返答に、ラントはそれでも重ねて言った。
「実はさ、俺気づいちゃったことがあるんだけど」
「何だよ」
「ユニアスの赤い瞳の色ってさ、アーデちゃんとそっくりだよな?」
「ああ。俺もあいつを仮蘇生した時、最初にそう思ったよ」
「そんでもってユニアスの両親は、確かどっちも髪と瞳は茶系。親と同じじゃない場合なんていくらもあるけど、そのことについて話したことは?」
「隔世遺伝とか、そんな話はした気がする。なあ、ラント」
「なに?」
考えが飛躍しまくっているラントを、ユニアスが冷静に押しとどめた。
「一つ、俺からネクロマンサーについておまえの知らない知識の補足をしようか。まず血統、これは絶対。ネクロマンサーはネクロマンサーの親からしか生まれない」
「うん、それは知ってるけど」
「それじゃあおまえの知らない情報をもう一つ。ネクロマンサー能力者は、仮蘇生の対象にはなり得ない。何故なら生まれながらに刻まれた術式によって、肉体も魂も他人の秘術を拒絶するからだ。だから仮にうちの両親が死んだとして、残念ながら蘇らせて会話をするような機会を設けることはできない」
「えっと、つまり」
「結論として、アーデルハイトはネクロマンサーの血統ではない」
「えー……そうなんだ」
当てが外れた顔をしているラントに、ユニアスは苦笑しながら言葉を続けた。
「ただし相手の男がネクロマンサーなら、その子供はネクロマンサーになる。ネクロマンシーの継承は、片親からで十分成り立つ。それは過去の歴史が証明している」
「ん? ……てことは」
「アーデルハイトが、俺と血縁者である可能性はまだ残されている」
割と重要なことをさらりと言って、ユニアスは自室に引き上げて行った。




