【第11話】金貸し殺人事件始末記(後編)
ロデリックとラントの証言で女――リザベル・カーライルはその日のうちに拘束された。実際ロデリックに手を下したのはリザベルが金で雇った殺しを生業とするプロの男だったが、現場から盗まれた指輪を所持していたことが決め手となり逮捕された。ラントには偽名を使い、顔も極力ベールで隠した上身元も明かしていなかったため自衛官に踏み込まれたことは想定外だったようだ。
「どうして、一体どうやって私に辿り着いたの? あんな三流魔術師に、私の身元が分かるはずがないのに」
取調室で納得いかない様子で項垂れているリザベルに、背後から不意に声がかかった。
「あいつが三流ってのは当たってる。自身がスケープゴートに選んだ相手の力量は正確に把握してたが、その知人に一流がいるってことには考えが及ばなかったみたいだな。あんたの計算違いは、そこ」
黒服に、黒髪。分け目から垣間見える赤い瞳に、リザベルは本能的な恐怖を感じてぞっとした。
「ネクロマンサー?」
「当たり。人を見る目は、確かみたいだな」
「と言うことは、ロデリック自身に訊いたのね? だからこんなに早く私に……そんなの本当に計算外だわ」
自嘲しつつも観念した様子でリザベルは肩を落とした。自衛官と入れ替わりで対面に腰を下ろしたユニアスは、件の指輪を右手で転がしながら女に訊ねた。
「なあ、これ。確かに自前の魔力の底上げはしてくれるし、魔法道具としてはそこそこ珍しいかもしれないけど、唯一無二ってほどの希少なもんでもないだろ。おっさん殺してまで手にれる必要があったのか?」
一瞬、指輪に強烈な眼差しを注いだリザベルだったが、置かれた状況を思い出して目を逸らした。
「私にとってはね。一時期、母親の持ち物だったから」
「てことはラントに言った母親の形見ってのも、あながち嘘じゃなかった?」
「生活のために、母が生前お金に換えたの。正当に手放した物だから、形見ってわけではないわ。でも最近になって近くにあることは気配で感じていた。そうしたら、どうしても欲しくなって」
譲ってほしいと何度も頼んだが、聞き入れてもらえなかったため業を煮やして殺して奪うことにしたと言う。そのために、魔術師であるラントを利用することにした。
「譲らないなら殺すって、極端じゃね?」
「うちは借金があったから、金貸しは昔から嫌いなのよ。それに譲らないと言いながら対価に見合わないほどの法外な値段も口にしていて、腹が立ったわ。きっと今もあの男に苦しめられている人間もいるに違いないと思ったら、善行のような気さえして」
それで踏み切ったと、リザベルはあっさり口にした。
(冤罪で捕まる人間のことはお構いなしか)
善行が聞いて呆れるが、実力を伴わずに魔術師の看板を掲げているラントにも問題があると思ったユニアスはドローとばかりに押し黙った。ただ最後に、こんなことを言った。
「調べた限りじゃ、あんたに殺されたロデリックは相当まともな部類の金貸しだったみたいだぜ? 本当に困っている奴からは、必要以上の督促はせず、ぎりぎりまで待ってやる。野菜や小麦でチャラにすることも少なくなかったようだ。借りる時は散々頭を下げておいて、返す時点になると急に被害者面してガタガタ言う奴も世の中にはいるが、そもそも借りた物を返すのは人として当然のルールだからな」
淡々としたユニアスの言葉がどう伝わったのかは分からなかったが、リザベルは虚ろな表情のまま再びユニアスの手元に視線を移していた。
***
「さてと。全部片付いたことだし、あんたにはそろそろ死体に戻ってもらうよ」
事務所の外でロデリックに向けそう宣言すると、彼は少し嫌そうな顔をした。
「またあの狭くて薄暗い棺桶に戻るのか」
「取り調べが済むまで葬儀はできないだろうからな。でも犯人も捕まって、もう未練はないだろ? 魂はこのまま還ってもおかしくないが……まだいるな」
「あの女の裁判は見届けねば」
「あっそ、ご自由に。だったらこのまま自分で歩いて安置所まで帰ってくれ。そこで術を解く」
事務所を指さすユニアスに、ロデリックは不服そうに首を捻った。
「何だ、ずいぶんサービスが悪いな。ネクロマンサーってやつはみんなこうなのか?」
「ただ働きなんだから、仕方ないだろ。無駄な労働は極力したくない」
シビアなことを口にするユニアスに、ロデリックが少し考えてから提案した。
「なら、私からの報酬だ。その精霊の指輪はおまえさんにやろう」
「え、マジで? これのせいで殺されたくらいなのにいいのか?」
「ああ。あの女どうせ死刑にはならんだろう? 出てきたらそのうちまた手に入れようとするかもしれん。ならおまえさんが持っててくれた方が安全だ」
「ラッキー! じゃ、念書書いて。自衛所に証明するのに必要だから」
手の平を返すように機嫌が良くなったユニアスは、ロデリックの背中を押して事務所に入って行った。取り残される形になったラントとアーデルハイトはしばらくポカンとしていたが、アーデルハイトの方からラントに話しかけた。
「無罪、良かった」
「あ、ありがと」
ユニアスの塩対応に慣れ切っていたラントは、急に優しい言葉をかけられたことが嬉しくじんわりと胸が温かくなった。
「お祝いに夕飯食べて行くといい。何がいい?」
「え、何でもいいの?」
「何でも、どんとこい」
胸を叩くアーデルハイトに、ラントは益々嬉しくなって素直に答えた。
「じゃあ俺、クリームシチューが食べたい」
「OK。得意」
にっこり笑うアーデルハイトに、つられるようにラントも笑った。
その後事務所から出て来たユニアスは、二人が妙に親密になっているのを不思議そうに眺めてから一つの疑問を口にした。
「そう言えばラント。おまえ今の事務所って、どうやって借りた?」
「え? ふつうに交渉して」
「そういうことじゃなくて、魔術師が街に住むのも開業するのも一定クラス以上の身元引受人がいるんだろ? こっちにそんな知り合いいたか?」
「いるじゃん、目の前に」
「は?」
「取材が来るほどの一流の免状持ちのネクロマンサーなら、身元引受人として十分だろ?」
「おまえ……やっぱり田舎に帰れ」
勝手に名前を使われたユニアスは、家ではなく駅の方に向けてラントを小突き回したが、最終的にアーデルハイトが仲裁に入りどうにか三人で帰宅した。




