【第1話】とある地方紙のインタビュー記事に寄せて
――あ、お茶まですみません、ありがとうございます。では早速ですが、お名前と年齢を教えてください。
ユニアス・ジャックフォード、二十一歳。
――あ、一応二十代なんですね。正直もっとお若く見えました。
良く言われる。コンプレックスなんで、そっとしておいてくれ。
――失礼しました。それでは本題に戻りますが、ネクロマンサーって具体的にはどんなお仕事なんですか。
この世に未練のある死者の声を聴き、秘術で肉体を蘇らせる。その上で死者自身が未練を絶てるよう助力し最終的に成仏させるってのが仕事と言えば仕事かな。要するに、根源は鎮魂であり救済なんだよ。
――そう聞くと、霊媒師やシャーマンと通ずるものがありますね。
あっちは零体専門だろ。こっちは肉体ありきだからな。本人を代行する必要がなく、自身で解決できることが最大のメリットかな。ま、蘇らせると言ってもあくまで仮蘇生だけど。
――そうですか、それにしても意外ですね。名前から来るイメージとしては、もっとこう……。
どうぞ、遠慮なく。
――それでは失礼して。死者を冒涜し、意のままに操る……みたいな。飽くまでイメージですけど。
忌憚ない意見をどうも。まあ、大抵の人間はそうなんじゃないの。それもこれも例の大国同士の大戦の際、時の権力者の命令で投入されたネクロマンサーは、実際ひどい状態の死人を大量に戦場で引き回してたそうだから。所謂ゾンビみたいなやつ? 本来、一人のネクロマンサーが一度に蘇らせる死者は一体。その常識を超えて、十体、二十体とやらかせば当然魔力不足で精度は落ちる。生前とかけ離れた姿のモンスターを大量投与した結果、最後は死者も生者も入り乱れて、ぐっちゃぐちゃの正に地獄絵図だったって。その光景が余りにも強烈だったせいで、本来の姿から遠のいたことは事実だろうね。
――近年、ネクロマンサーの数が激減しているのもその影響ですか?
そうだろうね。イメージの低下で、敬遠されたり差別されたりしたことは多大にあるよ。
――それに対して、対策を講じられたことは?
会議なんかはしょっちゅうやってたみたいだけど、定着したイメージの払拭って第三者が思ってる以上に大変だよ。元々、神事と違って国が保証してる領域ではないし。慈善事業って訳にも行かないから、依頼がなければ干上がるし。それなら別の仕事と掛け持ちで……ってほど需要もないから、免状を返還して廃業する同業が後を絶たない。かく言う俺の父親も、死んだわけじゃなくて突然卒業宣言かましやがった。どこのアイドル気取りだよ。
――はははは。それより、免許制だったんですね。初めて知りました。
当たり前だろ、そうでもしなきゃ無秩序な集団になりかねない。魔術師なんかは違うの?
――いえ、魔術師は確かもっと厳しいですよ。協会に所属して、一定ランク以上の身元引受人がいなければ商売どころか街にも住めませんから。
だろ? 因みにネクロマンサーは完全に血統性で、大元の祖先の血が流れていなければなりたくてもなれない。差別って訳じゃなくて、血がなければ力が使えないから必然的にそうなる。逆に言うとその家系にさえ生まれれば、誰でもネクロマンサーだよ。
――ははぁ……結局間口は狭いということですね。元々の絶対数の少なさも、そこに原因がありそうですね。
ま、そう言われればそうかも。どーしてもなりたいって奴も見たことないけどね。
――そんな状況にも拘わらず、あなたがこの度ネクロマンサーとして正式に開業されたのは何故ですか?
うーん。ま、成り行き?
――成り行きですか。
さっき言った通り、親父が辞めちゃってさ。免許は個人じゃなくて血統に与えられるものだから、俺が継がなければ国に返さないといけない。そしたら保留してるうちに、何か後戻りできない状況になっちゃってさ。
――?
要するに、お仕事だよ。死者の未練を絶つこと。それが終わったら、俺も廃業しようかとは思ってる。他は知らないけど、俺の家系は俺で最後……時代の流れってやつさ。
――ははあ、何だか寂しいですね。そう言えば、最初にお茶を出してくださった女性はご家族の方ですか?
家族じゃないけど、似たようなものかもね。
――恋人ですか?
いやいや、そういうんじゃないよ、本当に。せいぜい助手ってとこ。
――そうですか、お似合いだと思いますけどね。さて、そろそろ失礼します。突然押し掛けたにも拘らず、貴重なお話をありがとうございました。
どういたしまして。にしても、こんなの本当に記事になるの?
――国交の少ない街の人間なんて、基本退屈しているんですよ。だからこうしたお話は彼らの良い刺激になります。あとは少しでもお仕事の宣伝になれば、良いのですが……。
期待はしてないから、結果がどうあれ責任は感じなくても良いよ。こっちも客が来なくて退屈してたからありがたかった。新聞できたら、送ってもらえる?
――それはもちろん。ただ、写真を撮らせて頂けなかったことが残念です。画があった方が、記事は断然映えるんですけど。
職業柄、あんまり目立ちたくないんでね。それじゃ、気を付けて。
――それでは失礼します。お茶、ご馳走さまでした。助手さんのためにも、どうか頑張って続けてくださいね。
***
木製の扉がパタリと閉まり、ユニアスが内鍵を掛けていると背後に栗色の髪をゆるく一つに編んで長く垂らしている、十八歳ほどに見える少女が音もなく近づいた。
「びっくりした……おまえ、そうやって気配消すのやめろ」
「お客は帰った?」
「ああ、帰った。アーデルハイト、お茶のお代わりくれるか」
「うん」
滑るように床の上を歩いてキッチンに向かうと、すぐに彼の愛用のマグカップにお茶を満たして戻って来た。
「はい」
ぐい、と無造作に差し出されたカップを、ユニアスは気圧されるように受け取った。
「……この雑な所作と料理の腕前がまったく釣り合わない」
「何か言った?」
「いや、サンキュ」
「うん」
無表情で頷くと、アーデルハイトは布巾でテーブルを拭きながら客用のカップをキッチンに下げ、手早く洗った。濡れた手を拭き、お茶を飲んでいるユニアスの傍に歩み寄ると、テーブルに手をつきながら訊ねた。
「夕飯は?」
「あー……何でも良いけど」
「何でもなら、草でも食ってろ」
「口悪っ……いや、おまえのつくるもんは何でも美味いよ。だから」
「褒めてもだめ、希望を言う。あと三秒」
「三秒!? えっと、じゃあ久々にキッシュは?」
「キノコで良ければ」
「それでいいよ」
「準備する」
どこか満足そうに、アーデルハイトは再び滑るような動作でキッチンに戻った。手際よく動き始めた少女を椅子に座ったまま垣間見つつ、ユニアスは独り言のようにつぶやいた。
「さっきの記者、おまえのためにも頑張って続けろってさ。でもそれって矛盾してるよな。おまえを還すことだけが、俺がネクロマンサーを続けるただ一つの理由なんだから」
三年前、仮蘇生した時から全く姿の変わらないアーデルハイトは、ユニアスの言葉に反応することなく夕飯の支度を続けた。
以前投稿したものを、エピソードを追加し加筆修正のうえ再投稿しています。
一応ラストまで書いていますが、もう数話後日譚的なものを追加するかもしれないので完結設定は外しています。