氷解
皆が絶句する中、突然白骨死体が動く。ギルベルトの首へ腕を伸ばしたが、アンゼルムが前脚で払った。
胸辺りが光っていたようで、脚で踏み潰す。
『これ、ルルじゃないわ! スケルトンよ!』
スケルトン――白骨系の魔物だ。
私の亡骸を入れていた箱に魔物を仕込んでおくなんて趣味が悪い。
ひとまずアンゼルムが気付いてくれたので助かった。
「でも、私の体はどこに――?」
なんて言葉を呟いた瞬間、閉めていたはずの扉がギイ……と不気味な音を立てて開いた。
そこからやってきたのは、婚礼衣装のドレスをまとった私の亡骸を抱くエルク殿下だったのである。
「みなさま、ようこそおいでくださいました」
「おい、お前、何を――」
エルク殿下は私の亡骸に愛おしそうに頬ずりする。その姿はどこか狂気的に思えて、ゾッとしてしまった。
「今宵は私とルル・フォン・カステルの結婚式なんです」
「バカなことを言うな! 彼女はここにいる!」
「そこにいるのはツィツェリエル・フォン・ヴェイマルでしょう?」
社交界デビューの晩、事件現場にいたであろうエルク殿下は、やはり私とツィツェリエル嬢の入れ替わりについて把握していたようだ。
「私のほうが先に、彼女を見初めたんです! あの日の晩、アンナ・フォン・サイゼルを癒やす輝きを目にした瞬間、彼女こそが私が探し求める女性だったと確信したんです」
まさかエナジー・ヒールを使っているところを見られていたなんて。
「せっかくボースハイトを利用して力をつけたのに、私の命は一つしかないんです。それは長年の悩みでした」
信じがたいことを耳にする。
エルク殿下の活躍は奇跡としか言いようがなかったのだが、すべてはボースハイトを利用したものだったなんて。
「最初はツィツェリエル・フォン・ヴェイマルこそが花嫁に相応しい、と思っていたのですが」
エルク殿下はツィツェリエル嬢をたぶらかし、手中に収めるように画策していたという。
「一時期は、愛し合っていたんです。彼女は数年もの間、私に尽くしてくれました」
ふと、亡骸の私の首にハートのチョーカーが装着されていることに気付く。
「まさか、ツィツェリエル嬢が集めていたボースハイトを受け取っていたのは――!?」
「私です」
エルク殿下とツィツェリエル嬢が繋がっていたなんて。
ギルベルトも知らなかったようで、目を見開いている。
「ただ彼女は私を裏切った。もうボースハイトはあげられない、と言ってきたんです」
百年の恋も冷めるような事件があったのだろうか?
ツィツェリエル嬢は我に返り、エルク殿下との協力関係を突然絶ったという。
「彼女は精神的に弱かった、そこが弱点でした。貴族の生まれではないのも、減点でしたね」
エルク殿下はツィツェリエル嬢がヴェイマル侯爵の姪であることを知らないらしい。
そんなことよりも、血統で人を判断するなんて最低最悪としか言いようはない。
「ルル・フォン・カステルと出会ったとき、運命だと思ったんです」
なんでもエルク殿下は、ルネ村に伝わる奇跡について知っていたらしい。
だから社交界デビューのあの日、私にだけ執拗に話しかけてきたのだ。
「彼女のエナジー・ヒールさえあれば、私の命が危機に晒されても、回復させることはできる!」
シナリオを作っていたのだ、とエルク殿下は言う。
「私は最強の魔物と死に物狂いで戦って、致命傷を負う。そんな中で、ルル・フォン・カステルがエナジー・ヒールを用いて奇跡のような復活を果たすんです。国民達はロマンチックな話が大好きですから、それをなれそめとすれば、ルル・フォン・カステルとの結婚に反対する者もいなくなるでしょう。また、命をかけて戦う私の姿に、感涙するはず!」
完全に、英雄である自分に酔っている。ゾッとするような発言の数々だった。
「瞬時にそのような物語が浮かんだのに、ツィツェリエル・フォン・ヴェイマルの妨害が入った。魔物に襲わせたあなたを助けようとしたのに――」
「魔物、というのはサイゼル伯爵のこと?」
「おや、ご存じでしたか。彼は私の作品の一つです。他にも、ここにやってくるまでに殺してきたでしょう? 彼らはすべて、もともと人間だった魔物なんです」
驚き過ぎて言葉もでない。
エルク殿下は集めたボースハイトを悪用し、人を魔物化させていたようだ。
「ただ、サイゼル伯爵は私の指示を無視し、あなたに致命傷を負わせたんですよ。すぐに連れて帰って回復魔法をかけてあげなければ、と考えていたら、ツィツェリエル・フォン・ヴェイマルはとんでもない行動に出たんです」
――魂の入れ替わり。
「彼女は自らの命をなげうって、自分の魂とあなたの魂を入れ替えた。そして、あざ笑うように〝ざまあみろ〟と言ってきたんです」
ツィツェリエル嬢の最期の言葉はエルク殿下に対して放ったものだった。
彼女は命を賭けて私を守ってくれたのだ。
「この野郎!!」
ギルベルトが剣を引き抜いて斬りかかろうとした瞬間、エルク殿下は叫んだ。
「ギルベルト・フォン・ヴェイマル、あなたに邪魔はさせない!」
周囲に置かれた棚や木箱から、カタカタと物音が聞こえた。
『危ない!!』
アンゼルムが叫び、突然飛びだしてきた物体を前脚で叩き落とす。
私の足下に何かが転がってきた。
それは執事であるミスター・デュッケの生首。
「ひっ!!」
肌の色は紫色に変色し、目は血走っていて、頬の肉は白骨死体みたいに痩せ細っている。
まるですでに死んでいたかのような――。
『アンデットよ!!』
次々とアンデットが私達に襲いかかってくる。
どのアンデットも仕着せを纏っていて、見た覚えのある顔ばかりだった。
中にはミセス・ケーラーもいて、取り上げられたエメラルドの耳飾りと首飾りを身につけ、きれい? と聞きながら攻撃を繰り出してくる。
私はテアを抱きしめるだけで精一杯だった。
地下冷凍庫はあっという間に屍が倒れるだけの空間となる。
「お前、自分のところの使用人を殺したのか?」
「彼らは罪人ですから」
エルク殿下は虚ろな目で使用人達の亡骸を指差し、一人一人の罪状を述べる。
「執事フィリップ・デュッケ――食品及び酒類の横領。家政婦長レーネ・ケーラー――宝飾品の着服。家令マルクス・フォン・ヘルト――財産及び金品の窃盗」
数年にわたって彼らを野放しにしていたが、すべてすべて死に値する罪だとエルク殿下は言う。
「ちょうどよかったんです。五十人分の命が必要でしたから」
五十人分の血と聞いて思い出す。
それは以前、エルク殿下が解雇した使用人であり、魂の入れ替わりに必要なものだと聞いた数だった。




