潜入
長い廊下の着く先は行き止まりだったが、エリクル氏が手をかざすと魔法陣が浮かび上がる。
こういうのは王族しか開けないのでは? と疑問だったが、この仕組みを作ったのはエリクル氏だったらしい。そんなわけで、難なく開くことができたのである。
そこは霊廟みたいな石造りの空間で、床には大きな魔法陣が描かれていた。
ここは有事の際に王族が逃げ込み、郊外にあるエルク殿下のお屋敷に逃げるための転移陣なのだ。
「これを」
エリクル氏が私達に手渡したのは、香炉と呼ばれる異国の舶来品だという。
「姿消しの香だ。これを纏うと周囲の者には見えなくなるゆえ」
足音や匂いさえも消してくれる特別製だとか。
「ただ気配だけは消えないから、気をつけるように」
そんなことを言われても、気配を消すなんて芸当はできないのだが……。そんな心配をしていたら、ギルベルトが大丈夫だと言ってくれた。
「それからこれも」
シュガーポットに入っていたのは飴だった。なんでもこれは夜目が利くようになる魔法がかかっているという。
エルク殿下のお屋敷の使用人に見つからないためには、灯りさえも点さないほうがいい。ありがたい心遣いである。
飴を食べると、信じられないくらい視界がクリアになった。
「そろそろか」
そう言ってエリクル氏は転移魔法を展開させる。
私達の体は光に包まれ、あっという間に景色が変わった。
下り立ったのは地下部屋の一角らしい。お屋敷の地下空間に詳しいテアが説明してくれる。
「地下には施錠されている部屋がいくつかあって、ここはその一つでしょう」
強固な結界が張られているようで、逃げ込んでも安全が確保できるようになっているようだ。
鍵は内側から開くことができた。なるべく音が鳴らないよう慎重に解錠させる。
それでもカチャン、と音が鳴ってしまった。
地下は静寂に包まれている――と思いきや、何か生臭い臭いと激しい息づかいが聞こえてきた。
「なんだよ! 最悪じゃないか!」
ギルベルトはそう言って剣を抜いた。遠くから足音が聞こえる。
人間のものではない。軽やかで俊敏な――魔物!?
『グルルルルルルル!!!!』
ウォーグ・ウルフ! 狼系の魔物だ。
どうしてこんなところに? 人が住む屋敷に魔物が潜伏しているなんてありえないのに。
私達の姿や匂いは消しているのに、気配だけでこのように襲ってきているのだろう。
「くそ! 五頭もいる! ご近所さんお誘い合わせでやってきたのかよ!」
こんな差し迫った状況なのに、面白いことを言うのは止めてほしい。
ギルベルトは剣を揮い、ヴォーグ・ウルフの首を刎ねる。
「下がってろ――いや、待て!」
「なっ――!?」
前方からでなく、背後からもヴォーグ・ウルフがやってきたのだ。
テアを抱きしめ、その場にしゃがみ込む。
そんな中で、アンゼルムが姿を現した。
『あたしに任せてちょうだい!』
「アン!」
アンゼルムは身をかがめ、襲いくるヴォーグ・ウルフに飛びかかる。
鋭い爪で額を一閃。ヴォーグ・ウルフは『ギャウン!』と悲鳴のような鳴き声を上げて倒れる。アンゼルムは続々とヴォーグ・ウルフを倒していった。
テアがガタガタと震えていた。そんな彼女に耳打ちする。
「大丈夫、テア、あの大きな猫ちゃんは味方だから」
「はい……。何度か、お屋敷で姿を見たことがあります」
「あ、そうだったんだ」
アンゼルムのへそを上に向けて寝る姿だったり、丸くなっている姿だったり、姿消しを忘れて気の抜けた瞬間をテアに見られていたようだ。
もしかしたら今日みたいな日を想定して、わざとテアに姿を見せていた可能性もあるが。
あっという間にギルベルトとアンゼルムはヴォーグ・ウルフを倒してしまった。
戦闘後、アンゼルムは浄化魔法を展開させ、返り血などをきれいにする。
「おい、俺にも浄化魔法をしてくれ」
『あら、返り血がお似合いなのに』
「ふざけるなよ。不快でたまらないんだ」
『わかったわ』
同じく血まみれだったギルベルトも浄化魔法を施してもらい、きれいな体となった。
「それにしてもあの野郎、こんな魔物を配置しておくなんて」
「私達が潜入することはお見通しだったのかな」
「おそらくな!」
それからというもの、次々と魔物の襲撃を受ける。
「どうしてあいつは、こんなに魔物を所有していたんだよ!」
『倒さずに、捕まえていたのね』
「くそ野郎が!」
やっとのことで地下冷凍庫に到着した。今日も施錠はされていない。
『まるで歓迎してくれているみたいね』
「不気味だな」
「ギルベルト、早く回収して帰りましょう」
「ああ、そうだな」
帰りはまた転移の魔法陣がある部屋まで戻らないといけないのだ。お喋りしている暇はない。
中に入ると家畜の肉がぶら下がっていて、ゾクッと鳥肌が立つくらい不気味に思ってしまった。
「あちらの箱です」
テアが指差したほうには、棺のような大きな長方形の木箱が置かれていた。
ギルベルトは容赦なく蓋を開く。
「――なっ!?」
『これは』
そこに納められていたのは、婚礼衣装のドレスをまとった白骨死体だった。




