ついに
もともとサイゼル夫人がエルク殿下のお屋敷で働く予定だったらしい。その予定を奪い、ヴェイマル家に回したのがツィツェリエル嬢だったようだ。
そんな話を目覚めたヴェイマル侯爵から聞いた。
ヴェイマル侯爵がツィツェリエル嬢へ託した任務は、エルク殿下の野望について。
三年前もツィツェリエル嬢に依頼したようだが、盗難事件の犯人であるとでっち上げられたために中断となった。
再度、この件はツィツェリエル嬢に託したい。ヴェイマル侯爵はそう考えていたようだ。
エルク殿下に関して、ギルベルトだけでなくヴェイマル侯爵も怪しいと思っていたという。
エルク殿下はいったい何を企んでいたのか。今こそ暴くべきタイミングなのだろう。
◇◇◇
ギルベルトは私の死亡について報じた新聞社について調査したらしい。
発行部数が百部以下の、小さな出版社が出している新聞だとギルベルトは話していた。
詳しく調べると、エルク殿下の息がかかった出版社であることが明らかになったという。
私の死を報じさせるよう命じ、こちらの動きを覗っていたのかもしれない。
今後、どうすべきか。
ギルベルトは驚きの作戦を考えていたようだ。
「婚約パーティーの晩、エルクの野郎がのこのこ参加してきたのを確認してから、奴の屋敷に潜入し、お前の体を取り返す」
「それはどうして?」
「ああやって大事に取っているんだ。俺達にとってお前の体は弱みだが、あいつにとっても弱みなんだろうよ」
たしかに、どうでもいい物として扱っているのであれば、地下冷凍庫で保存なんてしないだろう。
「でも、婚約パーティーはどうするの?」
「幻術を見せておく」
「わあ」
前代未聞の、本人不在の婚約パーティーを行うらしい。
なんて恐ろしいことを考えるのか、と味方ながら思ってしまった。
「そして、お前もついてくるんだ」
「わ、私も?」
「そうだ。お前のメイドに案内させるから、一緒にいたほうが安心だろうが」
たしかに、テアだけ危ない橋を渡らせるわけにはいかない。
「あいつを脅して、真実を聞き出す」
それは可能なのか。相手はあのエルク殿下である。
皆が国の英雄として敬い、慕い、愛する王族だ。
一枚も二枚も上手だろう。
一方、我らがギルベルトは悪人一族ヴェイマル家のご子息だ。
夜な夜な美女の血を啜っているとか、気に食わない者は殺すとか、不名誉な悪評が流れていたような気がする。
そんな状況で、人々にどちらが悪だと問いかけたら、皆が皆ギルベルトのほうだと決めつけるだろう。
「そうなったらどうするの?」
「ボースハイトについて、国民に理解してもらうしかないだろうが」
長年、王家の反対を押し切ってヴェイマル家はボースハイトを浄化してきた。
時には悪人一族だと罵られ、影で忌み嫌われてきたのである。
そんな時代も終わっていいのかもしれない、とギルベルトは言う。
「幸いというべきか、うちは王家の弱みを握っているからな」
「弱み?」
「かつて出現した魔王が、王族だったって話。それを持ちかければ、国王陛下もボースハイトについて説明することを反対もしないだろよ」
ギルベルトの言う通り、謂われのない噂話に苦しむ時代はもう止めていいのかもしれない。
悪評のせいで、ツィツェリエル嬢も辛い思いをしていたと思うから……。
「お前は何も心配するな。悪いようにはならないから」
「わかった」
どうか皆が幸せになれるような最後になりますように。そう願わずにはいられなかった。
◇◇◇
ようやく訪れる婚約パーティー当日。私はパーティー会場であるヴェイマル邸でなく、王宮に待機していた。姿を消した状態のアンゼルムやテアも一緒である。
あっという間に夜を迎え、参加者がぞくぞくとやってきているらしい。
現場の様子はヴェイマル邸に残ったハティが実況してくれる。
『やってきたのはベッシュ伯爵夫妻! 夫人が着用する深緑のドレスは控えめだけれど美しいなりい~~!』
親友リナベルにも送ったが、結局最後まで返信はなかった。
落ち込んでしまったものの、アンゼルムが『相手がギルベルトだったから、関わり合いになりたくなかったのかも!』などと言ってくれた。
ひとまず今、余計なことは考えないようにしよう。
そんなことを思いつつ、テアと同じエプロンドレスに袖を通す。
テアはエルク殿下のお屋敷に潜入し、私の亡骸がある場所までの案内を快く引き受けてくれた。それだけでなく、アビーに頼まなかったことを感謝されたくらいだ。
朝から一緒に王宮にやってきて、待機してくれたのである。
「テア、巻き込んでしまってごめんなさい」
「いいえ。お役に立てることがありましたら、なんなりとお申し付けくださいませ」
「うん、ありがとう」
テアの両手を握って額に近づける。ルネ村での最大の感謝の印だ。
突然こんなことをしてテアは驚いただろうが、大人しく受け入れてくれた。
もうそろそろだろうか。なんて考えていたらギルベルトがやってきて、私に耳打ちする。
「エルクの野郎がやってきた」
聞いた瞬間、全身にゾクッと悪寒が走る。
エルク殿下は作戦の実行など知らずに、婚約パーティーに参加したようだ。
今日の作戦は宰相エリクル氏の協力もあるのだ。アンゼルムが直接お願いしたら、引き受けてくれた。今晩、エルク殿下のお屋敷へ繋がる転移魔法を展開してくれるらしい。
それは通常、王族の逃走用に用意された魔法のようだが、今日は特別だという。
「いくぞ」
「ええ」
アンゼルムやテアも私に続く。エリクル氏と落ち合い、王宮の地下通路を通ってエルク殿下のお屋敷へ繋がる転移陣がある空間を目指した。
「宰相、王族を裏切って、俺達に協力してもよかったのか?」
もしかしたらすべての憶測が間違っている可能性だってある。テアが目撃した私の亡骸だって、見間違いであるかもしれないのだ。
すべてが勘違いだったと露見すれば、協力したエリクル氏の失脚にも繋がる。
「宰相の座も五十年も続けていれば飽きるものだ。もしも追放でもされたら、世界を旅しようと思っている」
どうやら追放を前向きに捉えているらしい。
「処刑されるかも、とは思わないのだな」
「国王陛下も、ハイエルフ族を敵に回したくはないだろう」
もしもエリクル氏が処刑されるような事態になれば、ハイエルフ達が総出で襲撃にやってくるという。
「大魔法を連発されたら、この国なんぞ一日足らずで焼け野原となるに違いない」
それくらい、ハイエルフ族の繋がりは強いという。
ガクブル震えるような恐ろしい話を聞いたのに、ギルベルトは「だったら大丈夫かー」なんて軽く返していた。
ギルベルト、恐ろしい子……と思ってしまった。




