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王弟殿下から特別扱いされていた私、なぜか悪女と体が入れ代わる  作者: 江本マシメサ
第八章 踊れ、踊れ

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サイゼル夫人の証言

 エリクル氏は私達が想像もしていなかったとんでもない呪い対策をするという。


「霊体? その魔法は安全なのか?」

「人間にとっては難しい魔法のように聞こえるだろうが、ハイエルフである私にとっては簡単なものだ」


 その発言に対し、ギルベルトが「本当かよ」と言わんばかりの視線を向けていた。

 お願いだから、エリクル氏をそんな目で見ないでほしい。


「少し離れておくように。もしも魔法に巻き込まれたら、霊体と化してしまうから」


 冗談だか本気だかわからないことを言ってくれる。

 エリクル氏は白墨チョークを使って魔法陣を描き、その中心にサイゼル夫人を置いた。硬い大理石の床で寝心地は悪いだろうが、しばし我慢してほしい。


「魔法耐性がないと倒れてしまうかもしれない。長椅子に座っているように」


 ヴェイマル侯爵はエリクル氏の言葉に従い、長椅子に腰掛ける。私も魔法耐性があるとは思えないので、即座に座った。

 ギルベルトだけは腕組みし、エリクル氏のほうをじっと睨むように見つめていた。きっと魔法耐性に自信があるのだろう。


 エリクル氏が呪文を唱えると、これまでうごうご動いて何か叫んでいたサイゼル夫人が大人しくなる。魔法陣が輝き、小さな光る粒が浮かび上がっていた。

 辺りを白い靄のようなものが漂う。するとヴェイマル侯爵が無言で倒れた。長椅子に座っていたので、クッションが体を受け止めていた。

 

「おい、平気か?」

「私はなんともないけれど」

「そうか」


 エナジー・ヒールを使える私は少しだけ魔法耐性があるのだろうか。よくわからないが、意識が遠くなるような感覚はなかった。

 魔法が完成したのか、眩い光に包まれる。

 次の瞬間、半透明のサイゼル夫人がぷかぷか宙に浮いていた。あれが霊体なのだろう。


「自分が何者か言ってみろ」

『アンナ・フォン・サイゼル』

「意識はたしかか?」

『はい』


 周囲を見回したサイゼル夫人は、私を見つけるなり怯えた表情を浮かべた。


「サイゼル夫人、なぜ、そのようにあの娘を見て驚く?」

『か、彼女は、私の前で、死んだんです!』

「死? どのようにして死したのか?」

『夫……いいえ、あんなの夫ではありません!』

「夫だが夫でない?」

『はい』


 サイゼル夫人はガタガタ震えつつも、話を続けた。


「そなたの夫の身に、何か起こったのか?」

『は、はい……。突然、叫んだかと思えば、額から角が生えてきて……爪もナイフのように鋭くなり……』

「魔物化か?」


 エリクル氏の問いかけにサイゼル夫人は頷く。

 まさかサイゼル伯爵が魔物化していたなんて。


『私は夫に襲われ、ケガを負いました』


 サイゼル伯爵は奇妙な叫び声をあげつつ、どこかへ行ってしまったらしい。サイゼル夫人は助けを求めるも誰もいなかったので、その場に力なく倒れたようだ。


『そのあと、彼女がやってきて――私の傷を癒やしたんです』


 ホッとしたのもつかの間のことだったという。


「そなたの夫が戻ってきたのか?」

『いいえ。やってきたのは夫と関係していた――ツィツェリエル嬢』


 どくん! と胸が大きく脈打つ。

 やはりツィツェリエル嬢は事件現場にいたのだ。


『彼女は私に、〝だから言ったのに!〟となじりました』

「どういう意味なんだ?」

『ずっと、ツィツェリエル嬢に言われていたんです。〝今だったら間に合う〟と』

「間に合う? それは?」

『夫が人として暮らせること、です』


 おそらくサイゼル伯爵はボースハイトに支配されていたのだろう。

 なんでもここ一年ほどで性格が変わって、暴力的になってしまったらしい。サイゼル夫人も何度も殴られていたという。


「ボースハイトに支配されていたのか」

『ツィツェリエル嬢も、そのようにおっしゃっていました』


 浄化させるからサイゼル伯爵をしばらく預けてほしい、と王都にあるヴェイマル家の療養施設に預けていた期間もあったようだ。さらに我を忘れたように暴れるときもあったため、言うことを聞かせるために、ツィツェリエル嬢はサイゼル伯爵に魅了魔法を使っていたという。それをツィツェリエル嬢とサイゼル伯爵が不貞関係にある、と誤解される流れになってしまったようだ。


『夫はもう、取り返しが付かない状態にまでなっていたそうです。それで今領地にいったら浄化できるかもしれない。夫婦共々ヴェイマル家の領地へ行けば、会うこともできる。ずっとツィツェリエル嬢は言っていましたが――』


 サイゼル夫人は頷かなかった。サイゼル伯爵だけでも、とツィツェリエル嬢は言ったものの、それすら承諾しなかったのである。


『私は王都でしか生きる術を知りません。夫もです。地方での暮らしなんて、考えられません。社交界から遠ざかるのも、怖かった……!』


 サイゼル夫人は自らの保身のために、ヴェイマル家の領地での暮らしを断った。

 その結果、悲惨な事件を招いてしまう。


『それからの記憶はあまり残っていなくて……』


 気がついたときには私はサイゼル伯爵に襲われ、死んでいたという。


『あなたは死んだはず……どうして、どうして生きているの!? 夫は、夫は殺されてしまったのに、なんでええええええ!?』


 だんだんとヒステリックな状態になってきた。危険だと判断し、霊体化を解除するという。サイゼル夫人の霊体は消えてなくなり、代わりに拘束されている体がぴくり、と動いた。

 大人しくなったので大丈夫かと聞いたら、魔法で眠らせたという。


「話は聞けたものの、大事なところは分からず終いだな」

「ええ」


 一人、ギルベルトは憤っているようだった。


「なんだよ、この女! ツィツェリエルは忠告していたのに、聞き入れないなんて」


 ヴェイマル家の領地に連行するさい、家族の承諾が必要となるらしい。

 強制的に連行することもできるが、家族への説得を重ねた上での最終手段だという。

 ツィツェリエル嬢がサイゼル夫人にどれだけ危険な状態か納得してもらう中で、事件が起きてしまったのだろう。


 ギルベルトが盛大に舌打ちしたあと、エリクル氏と目が合ったようだ。


「あ――今の話は」

「案ずるな。ヴェイマル家の事情についてはおおよそわかっている」


 ヴェイマル家の人々はボースハイトを浄化して回っているという話は、エリクル氏も把握していたようだ。

 きっとヴェイマル侯爵はいろいろ察して、エリクル氏のもとへサイゼル夫人を連れてきたに違いない。


「して、ヴェイマル侯子よ、これからどう動く?」

「そんなの決まっている!」


 ギルベルトはある決意を固めたようだった。

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