愛
今日はギルベルトが早く戻ってきたため、ヴェイマル侯爵と共に夕食を取ることができた。
「ギルベルト、今日は早い帰りだったのだな」
「ええ……」
「母の命日は覚えていたようだな」
毎年、ヴェイマル夫人の命日は共に夕食を食べることなどなかったらしい。特にヴェイマル侯爵は夜遅くまで帰らず、数日顔を合わせないこともあったという。
それほどヴェイマル侯爵は妻の死に心を痛め、何かしていないと心が押しつぶされるような思いを抱えていたのだろう。
ただ今日は、穏やかな表情を浮かべ、夕食を食べている。どんな心境の変化なのだろうか? なんて考えていたら、ヴェイマル侯爵と目が合う。
「お前がきてからこの家が明るくなった」
「そ、そうでしょうか?」
「ああ、まるで妻が生きていた頃を思い出す」
それは間違いなく褒め言葉なのだろう。
ただ、ヴェイマル侯爵の気持ちが前向きになるくらいの交流はなかった。
ヴェイマル侯爵とはほぼ毎晩、夕食を共にしていたのだが、言葉は一言二言交わす程度だったのだ。
「正直なところ、命日は毎年辛かった。けれども今年は、不思議と辛くなかったのだ。きっとお前がやってきて、ギルベルトの隣に立つ姿を見ているからだろう」
私とギルベルトの仲睦まじい姿を見ていたら、父親としての役割はきちんと果たせていたのだ、と思うことができてしまったらしい。
「それはでは毎年、妻がおらず、ギルベルトを一人前に育てることができていたのか、とやきもきしていたのだ」
ただ、婚約者を迎えたから立派に育ったと思ったわけではないという。
「誰にだって婚約者など迎えることはできる。大事なのは、自分以外の者を愛するという心。これまでのギルベルトからは、そういった感情など芽生えていないように思えていたから……」
ヴェイマル侯爵がギルベルトに対し、そのような思いを抱いているとは驚きだった。
「私は見てわかるように不器用であるがゆえ、人らしい心を持つように導けていたのか、と不安だった。ギルベルトの傍に妻さえいれば、と思ったことは一度や二度ではない」
ギルベルトはこういった話を始めて耳にするのだろう。驚いた表情を浮かべ、ヴェイマル侯爵を見つめていた。
「我が一族が抱える責務についても、ギルベルトから聞いていた、と報告を受けている」
それはボースハイトに関するものだろう。
「正直、きれいな仕事とは思えない。常に自分という存在を持っていないと、あっという間に悪意に呑み込まれてしまう。私も長年、ギルベルトさえいなければ、ボースハイトに支配されていただろう」
ギルベルトの存在が、ヴェイマル侯爵の人生を支えていたのだ。
実を言えば私の亡骸が見つかるまで、ヴェイマル侯爵の黒幕説を捨てきれずにいた。
ギルベルトもそうだった。
けれども話を聞いているうちに、ヴェイマル侯爵はどこにでもいる、息子を愛する父親だったのだと気付かされる。心の中で盛大に謝罪したのは言うまでもない。
「我が一族は普通ではない。ボースハイトの浄化は秘密裏に行わなければならないことであり、その結果、社交界で毛嫌いされる。辛く当たられることもあるだろう」
けれども私だったら大丈夫、とヴェイマル侯爵は言ってくれた。
「私も変わらなければならないと思った」
それがこうやって命日はしっかり休養し、夕食もしっかり食べることに繋がっていたらしい。
「使用人達には毎年、気を揉ませていた」
これからは前を向いて生きたい、と決意を語ってくれる。
「ルル・フォン・カステル――これからもギルベルトを支えてほしい」
その言葉には頷くことはできなかった。曖昧な微笑みだけを浮かべておく。
今後、ヴェイマル侯爵とツィツェリエルとの関係もよくなるだろう。姪として養女として、愛してくれるに違いない。
その未来を迎えるためには、入れ替わりの魔法をなんとかしなければ……。
夕食後、ヴェイマル侯爵がいなくなった食堂で、私とギルベルトは共に頭を抱えていた。
「こんな素晴らしい話を聞いたあとで、聞けない!!」
娼館の会員ですか? などと。
さすがのギルベルトも、聞き出せないという。
「計画を変えよう。父へ聞くことは中止にする。別の知り合いに聞いてみよう」
「そ、それがいいかも」
最悪、会員であることを偽造することもできるようだ。
「それだけはしたくなかったが、サイゼル夫人を助けるためだから仕方がない」
これに関してはギルベルトに任せておこう。
◇◇◇
翌日――ドリス紙での仕事を終えた私とアンゼルム、ハティは王宮へ足を運んでいた。
入れ替わりの魔法について、ハイエルフのエリクル氏と手紙を交わしていたのである。
もちろん、普通に王宮へ手紙を送っただけでは取り合ってもらえない。
なんせ、エリクル氏は宰相様だから。
どうやって連絡を取れたのかと言うと、ハティやアンゼルムに手紙を運んでもらっていたのだ。
ハイエルフは精霊に深く敬意を払い、存在を非常に重んじる。
そのため二体の精霊と繋がりがある者ということで、特別に相談を聞いてもらっていたのだ。
ちなみにエリクル氏も怪しいのではないか、と容疑者扱いしていたものの、事件があった晩、彼は神聖国で外交中だった。
かの神聖国は聖術以外の魔法が禁じられているので、転移魔法で行き来していた可能性はゼロだという。
彼の現場不在証明はしっかりあったわけである。
エリクル氏はさすがハイエルフと言うべきか。御年三百歳と聞いていたが、見た目は三十前後にしか見えない。
若草色の長い髪を一つにまとめ、銀縁の眼鏡をかけた見目麗しいお方だった。
「そなたが魂が入れ替わったという、ルル・フォン・カステルか?」
「はい、そうです」
今回、エリクル氏は一個人として私の相談に乗ってくれるという。
「何者かと魂を入れ替えられた、と手紙にあったが」
「はい」
エリクル氏はじっと鋭い眼差しを向け、小さな声で「たしかに」と口にした。
「わかるのですか?」
「体と魔力の波長が合っていないからな」
なんでも魔力というものは、長年かけて少しずつ体に馴染んでいくらしい。
私の魔力とツィツェリエル嬢の体はちぐはぐで、合っていないことは明らかだったという。
「ずっと苦しかったのではないか?」
「はあ、まあ、そうですね」
毎日頭痛と体のだるさは当たり前だった。
けれどもツィツェリエル嬢の体は食事量や睡眠量の少なさからずいぶんと蝕まれていたので、しっかり食べて寝るようになったらいくらかマシになったのである。
「少し詳しく調べてみよう」
そう言ってエリク氏は私の額に手を重ね、目を閉じる。
大きな魔法陣が浮かんでぱちん、という音が鳴り響いた。
「なるほど」
「何かわかりましたか?」
「ああ」
エリク氏の口から、まったく想像もしていなかった言葉が発せられる。
「ルル・フォン・カステル、そなたの命は保って一ヶ月……いいや、もっと短いな。とにかく、早急に元に戻さなければ、肉体と魂共々死を迎えるだろう」




