冷え切った地下部屋で
聞いた瞬間、背筋がゾッとする。
「え……私、の、亡骸?」
テアは無表情で頷く。アビーは今にも泣き出してしまいそうな表情でいた。
「棺みたいな大きな箱だったと聞いて、どうしても食材を保管しているとは思えず……」
高級食材が保管されている地下冷凍庫は、通常であれば上級使用人である料理長しか入ることができない。
しかしながら料理長は施錠し忘れることが多く、鍵が開けっぱなしになっていることは珍しくないらしい。
テアが淡々とした口調で続ける。
「おそらく料理長は高級食材の横領を繰り返していたのでしょう。そして、他の料理人やキッチンメイドに命じて、地下冷蔵庫に食料を取りにいくよう頼むことも珍しくなかった。おそらくですが、料理長は横領を繰り返していたので、もしものときに部下に罪をなすりつけられるように、そのような行為を繰り返していたのでしょう」
棺のような大きな箱には大事な物が入っているから触れないように。
料理長はエルク殿下からそう言われていたという。
「地下冷蔵庫には、熊や大鹿などの大型の獲物が持ち込まれることも珍しくなかったようです」
そのため、料理長は同じような箱が地下冷凍庫に運び込まれる光景に慣れていたという。
「ただアビーは最近地下冷凍庫への立ち入りを許可されたようで、箱を見たときに不気味だと感じたと聞きました」
アビーはお屋敷の七不思議みたいな、軽い怪談のつもりでテア達に話したという。
料理長から大型の獣でも入っているだろう、という話も聞いていたため、ちょっとした笑い話として捉えていたようだ。
けれどもテアは妙な引っかかりを覚えた。
「というのも、それを聞いたのがルル様が帰らなかった夜の話でしたから」
アビーは私が帰らずに心配するテアを元気づけようと、話したことだったらしい。
「私はもしかしたら地下冷凍庫にいるのはルル様なのではないかと思って、他のみんなみたいに笑うことができず……」
そんなわけがない。きっとそう。
本物の棺に見える、大型の獲物を保管するただの箱だろう。
テアはそう自分に言い聞かせるも、どうしても納得できなかった。
「確認にいこう。そう思った私は魔石灯を片手に一人で地下冷凍庫を目指したんです」
地下冷凍庫の鍵は開いていた。けれどもテアは逆に安心したという。
何か大切な物を保管しているのであれば、料理長がしっかり施錠しているので入れるはずがない。
そう思いつつも、そのまま引き返すことはできなかった。テアは地下冷凍庫の内部へと進み、問題の箱を発見する。
「アビーが話していたとおり、本当に棺みたいで」
不安がよぎる中、テアは棺に手をかける。
鍵も杭も打たれていない箱に入っていたのは、私の遺体に見える何かだった。
「その瞬間、ルルさんはエルク殿下に殺されたのだと思いました」
二人で出かけたのならば、そう思われるのも無理はないだろう。
「私はすぐに地下冷凍庫から抜け出し、部屋に戻って眠るように努めましたが、眠れるわけもなく」
一睡もできない状態で朝を迎える。
そんな状況の中、驚くべきニュースが舞い込んできた。
「ヴェイマル侯子がエルク殿下からルルさんを略奪した、という一報です」
そんなわけがない。ルル・フォン・カステルは地下冷凍庫に眠っている。
もしや痴情のもつれから、殺人に発展してしまったのではないか、という推測に至ったらしい。
テアは信じられないような気持ちで一日過ごしていたという。
「さらにその翌日、ヴェイマル侯子とルル様の婚約が報じられて――」
テアは私を殺したのはヴェイマル侯子だったのか、と決めつけたようだ。
「ルル様の死を隠すための婚約だろうと決めつけていたのですが」
テアは地下冷凍庫にある私の遺体について、アビーに相談することはできなかったらしい。それどころか、その話題について触れることすら怖かったという。
「そのあと、ルル様がヴェイマル侯子と一緒にいたのを見て、心臓が飛び出るかと思いました」
そういえばエルク殿下のお屋敷を再訪したさい、テアが驚いていたことを思い出す。
生きている私を見て、驚愕したのだろう。
ここでアビーの顔色が悪いのに気づき、私は大丈夫だからね、と言って安心させ、退室させる。
テアに部屋まで送ってもらいたかったのだが、彼女は部屋に残した。
「なんていうか、テア、いろいろとごめんね」
テアは首を横に振り、大丈夫だと言ってくれた。
このまま会話を終えたら、テアの心にわだかまりが残ってしまうだろう。
いつか彼女に真実を伝えられたらと思っていたが、それは今なのかもしれない。
「あのね、テア、信じられないかもしれないけれど」
そんな前置きをしてから、私はこれまであった出来事を打ち明ける。
テアは口元に手を当てて、驚きの表情で話を聞いてくれた。
「というわけで、今に至るの」
「そんなことがあったなんて……! でも、私に話してもよろしかったのですか?」
テアのおかげで、私の遺体がどこにあるのか明らかになったのだ。
適当にはぐらかすこともできただろうに、彼女は正直に打ち明けてくれた。
その気持ちに報いたかったのだ。
「テアのことは信用しているし、きっと誰にも話さないだろうって思っている。それに、ツィツェリエル嬢が戻ってきたとき、よければ彼女の理解者になってほしくて……」
別に何かしてほしいと思っているわけではない。
事情を知る者が傍にいるだけでも、ツィツェリエル嬢の気持ちが楽になるかもしれないと思ったのだ。
「それから私がいなくなったあと、ハティと仲よくしてくれたら嬉しいな」
甘えん坊で食いしん坊で、とってもかわいい子だ。私がいなくなったと知ったら、寂しがるかもしれない。テアは深く頷き、私の願いを叶えてくれると約束してくれた。
テアが退室したあと、アンゼルムが姿を現し、私のもとへやってくる。
「アン、私の体、エルク殿下のお屋敷にあったって」
『ええ……』
「私、私……」
感情が堪えきれず、涙となって溢れてくる。
アンゼルムは私に頬ずりし、長い尻尾を私の肩だに回してくれた。
ハティも膝の上に乗って、心配そうに顔を覗き込んでくる。
『ルル、もうすぐギルベルトが帰ってくるわ。大丈夫だから』
『それまでハティ達と一緒にいようね!』
わんわんと子どものように泣いてしまったが、アンゼルムとハティは優しく受け止めてくれた。
◇◇◇
夜――ギルベルトがやってくる。
彼はひと目見て、私の異変に気付いたらしい。
散々泣いたので、瞼が腫れて目が真っ赤だったので、何かあったことは見て取れたのだろう。
「おい、何かあったんだな?」
頷くとやっぱり、と呟くように言った。
ギルベルトは私の前にしゃがみ込むと、両手を優しく握ってくれた。
そんな彼に、テアから教えてもらった情報を打ち明ける。
「私の亡骸が、見つかったみたいなの」
「なっ――!?」
エルク殿下のお屋敷にある、地下冷凍庫だと伝えると、ギルベルトの表情がみるみるうちに怒りで染まった。




