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王弟殿下から特別扱いされていた私、なぜか悪女と体が入れ代わる  作者: 江本マシメサ
第八章 踊れ、踊れ

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彼とふたりで朝食を

 私室の扉を開くと、すぐにアンゼルムとハティが迎えてくれた。


『ルル、おかえりなさい』

『おかえり!』

「ただいま」


 肩に乗ってきたハティを頬ずりし、アンゼルムはぎゅっと抱きしめる。


『その様子だと、しっかり仲直りできたようね』

「ええ、心配かけてごめんなさい」

『いいのよ』

『元気がイチバン!』


 しばらくするとテアがやってきて、おいしい紅茶を淹れてくれる。

 クロームイエローのドレスに袖を通し、化粧魔法を展開しなおして、髪を結ってもらった。

 朝食の前に、ギルベルトからカードが届く。今日は別の場所で食べよう、というお誘いだった。

 別のメイドがやってきて案内してくれる。

 行き着いた先は、屋敷から突き出すように造られた温室、コンサバトリーだった。

 内部は種類豊富な観葉植物だけでなく、南国の華やかな花が育てられているようだ。

 赤や黄色の大きな花を眺めつつ、奥まで歩いていく。

 庭が望めるようなガラス張りの空間にテーブルと椅子が置かれ、そこにギルベルトが待っていた。


「すまない、急に誘ってしまって」

「いいえ、お気になさらず」


 どうしたのかと聞くと、今日はヴェイマル侯爵が朝食を取らないというので、急遽ここで朝食を食べようかと思いついたらしい。

 ギルベルトが椅子を引き、座るように手を差し伸べてくれる。

 優雅でスマートな様子を見て、つい笑ってしまった。


「なんで笑うんだよ」

「だって、本物の貴公子みたいだったから」

「普段から貴公子だろうが!」


 ギルベルトがきちんとしているのは、ヴェイマル侯爵の前だけである。それ以外は正直なところ、貴公子には見えない。

 遠慮のない物言いだったり、小さな子どもみたいに素直じゃなかったり、感情がすぐに顔に出るところだったり。どこに貴公子の要素があるのかと聞きたくなる。

 まあ、そこが彼のいいところでもあるのだけれど。


 ギルベルトが引いてくれた椅子に腰かけると、朝食が運ばれてきた。

 濃厚なカボチャのポタージュに焼きたてのパン、カリカリベーコンに半熟のゆで卵、皮がパリッと弾けるソーセージに、付け合わせの根セロリサラダ。

 どれもうっとりするくらいおいしい。

 温室の美しさもスパイスの一つになっているような気がした。


「すてきな場所」

「俺も初めてきたんだ」

「もったいない! どうして?」

「ここは両親の思い出の場所だったんだ」

「あ……そうだったんだ」


 なんでもここはヴェイマル侯爵とヴェイマル夫人が仲睦まじく朝食を食べていた空間だったらしい。

 ヴェイマル侯爵は妻を亡くしてからというもの、一度もここへ立ち入っていないようだ。


「毎年管理させているのに、もったいないだろう?」

「ええ……」


 きっとここは思い出が詰まりすぎて、立ち入ることができないのだろう。

 それを思うと切なくなる。


「親父本人から聞いたわけじゃないんだが、ここは神聖な場所のように思えて、安易に立ち入ってはいけないんだって思っていたんだ」


 奇しくも今日はギルベルトの母親の命日だったらしい。


「親父はいつも命日の前日は夜遅くまで仕事をして帰宅し、何かに追われるように早朝に出かけていたんだが――」


 何も食べないことが多かったというが、昨日は珍しく夕食を取ってから寝ていた。さらに仕事にいかず、眠っているという。


「親父も変わったというか、気持ちの整理がついたんだなと思って」


 両親を知るためにコンサバトリーに立ち入ってみようか、と思い至ったという。


「まあ、一人ではできなかった。お前がいたから、入ることができたんだ。付き合ってくれて、ありがとう」


 ご両親の思い出が詰まったそんな場所に誘ってくれたなんて光栄である。

 ギルベルトが勇気を出すきっかけになれて嬉しいと思った。


 食後の紅茶を飲みながら庭を眺める。

 今のシーズンは花は少ないものの、それでも整然と手入れされた庭は美しい。

 もうすぐノエルローズの花が咲くのだとギルベルトが教えてくれた。

 そんな季節か、と感慨深くなる。


「降誕祭を迎える前に、故郷に戻っているはずだったのに」

「とんでもない事件に巻き込まれてしまったな」

「ええ……」


 でも、事件がなければギルベルトとこうしてわかり合えることもなかった。

 よかった、とは言いがたいような出来事だったが、今、私の心は喜びで満たされている。

 それを手放さなければならない苦しみもあるが、なんだか乗り越えられそうな気がする。

 なんて思えるようになったくらい、前向きな気持ちだった。


 ふと、ギルベルトが真面目な表情で私を見ていることに気付いた。

 目が合うと、意を決したように話し始める。


「あれからいろいろ考えたんだ」


 私のこと、事件のこと、ツィツェリエル嬢のこと――すべてひっくるめていろいろだという。


「これまではずっと、お前はそのままツィツェリエル嬢の体で生きたらいいんじゃないか、って思っていた」


 そんなふうにギルベルトが言ってくれたことは、とても嬉しかった。けれども同時にツィツェリエル嬢への罪悪感で胸が苦しくなっていたのである。


「でもそれは俺の我が儘で、今はお前の気持ちを大切にしたいと思っている」


 私が泣きそうになる顔を、ギルベルトは見たくない、と言ってくれた。

 彼の優しい言葉を聞いて、瞼が熱くなる。泣き顔を見たくないと言われたばかりなのに、涙が溢れそうになった。


「事件を解決しよう。犯人を見つけて、ぶっとばしてやる」

「うん……」


 物騒でしかない言葉だが、とてもギルベルトらしいと思った。


「そのあとは、お前がしたいように、生きたいようにすればいい」


 力になるから、とギルベルトは言ってくれた。

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