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王弟殿下から特別扱いされていた私、なぜか悪女と体が入れ代わる  作者: 江本マシメサ
第七章 生きた証を

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もう一つの顔

 もしもギルベルトが否定したら信じよう。

 そう思っていたのに、ギルベルトはこくりと頷いて言った。


「そうだ。俺が〝心躍らず〟の作者エーリンだ」


 エーリン先生は作風から、三十代から四十代くらいの、眼鏡をかけてふわふわした女性だと勝手に想像していた。

 けれどもそのイメージとは真逆の、血走った目をした成人男性だった。


「えーーーっと、そうだったんだ! びっくり……びっくりした」


 憧れのエーリン先生が隣に座っている。それだけでも驚きなのに、それがギルベルトだったなんて。

 ずっと一緒にいたのにぜんぜん気付かなかった。

 というか、繊細な心理描写に引き込まれるような作品をギルベルトが書けるなんて、意外過ぎる才能があったものである。


 エーリン先生に聞きたいことや伝えたいことが山のようにある。けれどもそれよりも先に、ギルベルトの話を聞きたいと思った。


「どうしてギルベルトは、小説を書き始めたの?」

「きっかけは、まあ、不眠だな」


 なんでも魔力糸の能力に目覚めるにつれて、眠りが浅くなっていったという。


「魔法に絡んだ病気を診ることができる医者に調べてもらったが、原因は不明だった」


 なんでもギルベルトは魔法耐性が強く、患者用の威力を弱めた睡眠魔法も効果がなかったらしい。


「本格的な睡眠魔法は体に悪影響があるからしないほうがいいと医者が判断して、長年自力で眠る努力をしていたんだ」


 眠れない間、ぐるぐると思考で頭がいっぱいになり、余計に眠れなかったという。


「何かしないと時間の無駄だと思って、本を読み始めたんだ」


 その中でギルベルトが面白いと思ったのは、意外にも恋愛小説だったという。

 大量にあったようだが、ギルベルトの亡くなってしまった母親のコレクションだったようだ。

 読もうと思ったきっかけはよく知らない母を理解しようと思ったからだという。それが思いのほか面白かった、と。


「女性向けの作品を気に入って読むなんて、おかしいだろう?」

「おかしくないよ、ぜんぜん」

「だったらよかった」


 ギルベルトは母親のコレクションを読み尽くすと、ああいう作品を読みたい、こういう展開がある作品はないのか、と探すようになった。

 けれどもないとわかると、自分で書けばいいのではないか、と思うようになったらしい。

 執筆を始めたきっかけは不眠だったなんて、誰が想像できようか。

 なんでも始めはヴェイマル侯爵に気付かれないよう、夜の酒場などで執筆していたようだ。


「書いた紙を落としてしまって、それを偶然マッチュが拾ったんだ」


 その当時、マッチュさんは編集部に異動したばかりで仕事が上手くいかず、お酒を飲んで気を紛らわせていたという。そんな中で、ギルベルトの作品に出会ったようだ。

 ギルベルトの才能に触れたマッチュさんは、すぐにプロとしてデビューすべきだと熱く訴えてきたのだとか。


「それで、短編を新聞に掲載してもらうようになった」

「エーリン先生のデビュー作は〝樹氷の季節〟!!」

「そうだ。よく覚えているな」

「鮮烈な作品だったから!」


 エーリン先生の作品はこれまでにない、斬新で美しく、儚い世界観を見せてくれる。

 私はすぐに夢中になって読んでいたのだ。

 エーリン先生は短編が何本か掲載されたあと、連作を経て、〝心躍らず〟の連載が始まった。それまで三年くらいだろうか。


「最後の短編のあと、まったく掲載されなくって、ファンレターを書いたことがあるの」

「知ってる。読んでたから。あの頃はまったく反響がなくて、俺が書いたものが面白くないんだって筆を折りかけていた。でもその手紙を読んで、連作を仕上げることができたんだ。作家として今でも続けられたのは、お前の手紙のおかげだ」


 なんてことだ。私の手紙がきちんと届いていただけでなく、助けにもなっていたなんて。

 マッチュさんは私が手紙を送っていたことを知らない振りをしていたが、思い出してみれば少し挙動不審だったような気がする。きっとギルベルトから知らない振りをしておくように言われていたのだろう。


「お前から届いた手紙は、新聞に掲載しないようにマッチュに言っていたんだ」

「どうして?」

「独り占めしたいから」


 いくら送っても掲載されないわけだ、と思う。同時にそんなふうに特別に思ってくれて嬉しくもあった。


「何度か礼の手紙を送ろうと思った。でも、お前が興味を抱いているのは作品だけで、俺になんて興味がないと思って送れなかったんだ」


 直々にお手紙をいただけるなんて恐れ多い。私は作品を読めるだけで幸せな気持ちで満たされていたのだ。

 感想が一度も掲載されなくて残念に思っていたものの、手紙をしつこく送っていた意味はあったんだな、と嬉しくなる。

 ギルベルトは遠い目をしながら話を続けた。


「ルル・フォン・カステル――最初に夜会で名前を聞いたときは驚いた」


 それは社交界デビューの晩、ギルベルトがぶつかったときのことだという。


「あのとき、手紙を送ってくれた〝都会知らず〟だってわかったんだ」


 都会知らず、それは新聞の感想コーナーに載せるために考えた筆名である。

 ギルベルトの口から聞かされると、途端に恥ずかしくなった。


「お礼を言いたい、でも、そうなれば俺がエーリンだと明かさないといけない。焦って、どう引き留めていいのかわからなくて、あんな最悪な出会いになってしまった」

「そんなふうに考えてくれていたんだ」


 血走った目で睨んできたので怖かったな、くらいの記憶しかなかった。


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