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王弟殿下から特別扱いされていた私、なぜか悪女と体が入れ代わる  作者: 江本マシメサ
第七章 生きた証を

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ツィツェリエルの素顔

 美しい小鳥のさえずりで目を覚ます。起き上がって背伸びをしていたら、テアがやってきた。


「ルル様、おはようございます」

「おはよう、テア」


 テアは私の顔を見て、ハッ吐息を飲む。そういえばすっぴん状態だったのだ。

  この顔を見られるのはエルク殿下のお屋敷以来か。

 驚いたような表情を見せたのは一瞬のことで、すぐに無表情に戻った。

 ただ、その反応が少し引っかかる。

 テアが私のすっぴんを見て、そこまで驚くのだろうか。二回目なのでなおさらだ。

 気になったので聞いてみた。


「ねえ、テア。私のすっぴん、気になる?」

「え――?」


 隙を見せないように振る舞うことが多いテアが、目を見開く。どうしてわかったのか、と言わんばかりの表情だった。


「もしかして、どこかで見たことがある、とか?」


 当てずっぽうだったものの、テアはこくり、とゆっくり頷いた。


「どこで見たか聞いてもいい?」


 少し言いよどむような様子を見せたあと、テアは囁くように言った。


「三年前の、エルク殿下のお屋敷、です」


 もしも見かけたとしたら、そこしかないと思っていた。


「エルク殿下のお屋敷、どこで?」


 テアは俯き、黙りこんでしまう。

 もしかしたらエルク殿下の寝室や風呂場など、口にするに憚られるような場所なのだろうか。

 どちらかであれば、ツィツェリエル嬢がすっぴんをさらしていても不思議ではないのだが。


「言いにくかったら、言わなくてもいいよ」

「いえ、その……」


 テアは緊張の面持ちで、ツィツェリエル嬢のすっぴんを見た場所を口にした。


使用人区画サーヴァンツ・クォーターズで、何度かお見かけした覚えがあります。メイド服をお召しになっていて、何か探しているような雰囲気でした。チェルシーが声をかけると、酪農室デイリーメイドのリエだと名乗っていて」

「――!?」


 ツィツェリエル嬢は使用人を装って階下を調べて回っていた?

 三年前、ツィツェリエル嬢がエルク殿下のお屋敷にいったのは花嫁修業ではなく、なんらかの調査だったのだろうか。


 まさかテアが使用人として潜入していたツィツェリエル嬢の顔をしっかり記憶していたなんて。

 その後、テア達とリエと名乗ったツィツェリエル嬢は言葉を交わす仲になっていたらしい。


「初めてそのお顔を目にしたときも、あまりにもリエにそっくりだったので、びっくりしてしまって」

「そう、だったのね」


 あのときはただ単純に別人のようなすっぴん顔に驚いているのかと思っていた。

 けれどもそれは見当違いだった。

 テアはツィツェリエル嬢のすっぴんを三年前に見ていたのだ。


「どうしてリエって子と私がそっくりなのか、そのうち説明できると思う」


 テアにだったら打ち明けてもいいのかもしれない。

 ツィツェリエル嬢が戻ったときにも、戸惑わずに済むだろうから。


「ごめんなさい。今は勇気が出なくて言えないの」


 しょんぼり俯いてしまったら、テアが優しく手を握ってくれる。


「ルル様、いつでもいいので、時がきたら教えてください」

「テア、ありがとう」


 まだ何も話していないのに、少しだけ心が軽くなった。


 ◇◇◇


 夕方、ドリス社の編集者が私を訪ねてきた。

 年頃は五十代半ばくらいだろうか。眼鏡をかけていて、ふっくらした体つきをしており、優しそうな印象を受けた。

 真冬だというのに額に汗が浮かんでいて、ひっきりなしに拭っている。

 よほど焦った状態でここまでやってきたのだろう。


「あの、あの、突然の訪問、げっほげっほ!」

「大丈夫ですか?」

「え、ええ、平気です」


 テアは喉が渇いているだろうから、と冷たい紅茶を用意してくれた。

 氷が浮かぶ冷たい紅茶を、編集者は一気に飲み干す。

 もう一杯必要かと聞かれると、お願いしますと深々と頭を下げていた。


「えー、そのー、私はドリス社の小説部門の編集で、ゲラルト・マッチュと申します」

「初めまして、ルル・フォン・カステル、です」


 ドリス社の小説部門はたった一人でやっているらしい。


「でしたらマッチュさんが編集長なんですね」

「いえいえいえ! たった一人しかいないのに、編集長を名乗るつもりはありません」


 いらぬことを聞いてしまったようで、マッチュさんは二杯目の紅茶をごくごく飲み干していた。


「それで、その、本題へと移るのですが――」


 私が応募した短編をマッチュさんは大事そうに鞄から取りだす。


「こちら、読ませていただきました! 面白くて、最高でした!」


 その言葉を聞いてドキッとする。なぜかといえば、グアップ社のブルノルト編集長とまったく同じ感想だったから。

 体を強ばらせていたら、マッチュさんは言葉を続ける。


「この、二人の出会いが最悪なところから、丁寧に思いを重ねていく場面がすばらしくて――」


 マッチュさんは本当に私の作品を読み込んだ上で、感想を言ってくれているようだった。


「本当に完成度が高くって、そのまま掲載できる水準だと思います」

「掲載って、どちらに?」

「その~~~~、明日のドリス紙です」

「ええ!?」


 いったいどういうことなのか。頭上から疑問符はてなが雨みたいに降り注いでくる。


「大変申し上げにくいのですが、エーリン先生の連載が急遽休載することになって、その代わりにカステルさんの短編を掲載できたらな、と思っているのですが」

「でも、それってお高いんでしょう?」

「お高い、というのは?」

「掲載料のことです」


 最初に聞いておこうと思って質問してみたら、マッチュさんは「掲載料だなんてとんでもない!」と叫ぶように言った。


「こちらが原稿料を払う側なんです。新聞に載せるのにお金なんていただいておりません!」


 あまり多くはないですが、と言って封筒が差し出される。

 そこには銀貨一枚が入っていた。


「原稿料です。どうか明日のドリス紙に、カステルさんの短編を掲載させてください」


 頭を下げるマッチュさんを前に、言葉を失ってしまう。


「だめ、でしょうか? 突然押しかけて、困りますよね……」


 エーリン先生の休載は初めてらしい。いつも一ヶ月分まとめて原稿を提出しているので、間に合わないという事態は起きなかったようだ。


「今回だけが本当にイレギュラーなことでして」


 連載の穴埋めのために持ち込みされていた原稿を読んだのだが、掲載できるレベルの作品は私の物しかなかったという。


「カステルさん、お願いします!!」

「その、私の作品でよければ……」

「ありがとうございます!!」


 明日のドリス紙に私の作品が掲載されるらしい。

 信じられない気持ちになった。

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