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王弟殿下から特別扱いされていた私、なぜか悪女と体が入れ代わる  作者: 江本マシメサ
第七章 生きた証を

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心を癒やすお茶会を

 なんというか、酷い目に遭った。

 テアは平然としているように見えたが、顔色が若干悪い。えげつない商売のやり方に、引いているのもあるのだろう。

 悪質な商売をする出版社に同行させてしまって申し訳なく思う。


「テア、少し疲れた?」

「い、いえ」


 テアは私を気遣うように見つめる。きっと疲れたのは私のほうだと思ってくれているのだろう。


 グアップ社での滞在時間は三十分ほどか。思っていたよりも早く切り上げてきたようだ。

 馬車のお迎えまで一時間半もある。時間潰しをしなければならない。

 ヴェイマル家のつけで好きに買い物をしていい、とギルベルトから言われているものの、今はそういう気分ではない。

 傷心状態でもあるので、ゆっくり静かに過ごしたかった。


「テア、少しどこかで休みましょう」

「はい、承知しました」


 テアと共に歩いて向かったのは猫の横顔が掘られた看板がある喫茶店。そこはヴェイマル家が経営するお店で、家門の者に渡されるカードを出したら無料で利用できるのだ。

 裏口にある特別な扉から中へと入り、受付でギルベルトから貰っていたカードを見せると、すぐに店内へと案内してくれる。

 廊下を進んだ先にある個室に入ると、店員は椅子を引いて座らせてくれた。

 テアのほうも座るように促されたが、彼女は戸惑っている。


「お願いテア、お茶に付き合って」

「私は使用人なのですが」

「実は婚約パーティーでお茶の接待ティー・レセプションをしなければならなくって、予行練習をしたかったの。付き合ってくれる?」


 お願い! と頼み込むと、テアは申し訳なさそうにしながらも腰を下ろしてくれた。

 しばし待つように言われ、数分後にお茶と茶菓子が運ばれてくる。

 磁器製の真珠のような照りのあるティーポットには、お茶が冷めないようにティーコジーが被せられる。

 お皿に盛り付けられたスコーンやサンドイッチ、木イチゴのタルトなどがテーブルを彩っていく。

 貴族のお茶と言えば三段に重なったケーキスタンドをイメージするが、あれは限られた空間を有効活用し、華やかに見せるための品物らしい。

 宿や喫茶店などの狭いスペース内で一品でも多くの茶菓子が提供できるように考案された物なのだとか。

 それがロマンス小説などの挿絵に採用され、一気に知名度を上げた。

 地方からやってきたご令嬢はケーキスタンドに憧れるようだが、上流階級の家庭では使われていないのだ。


「舞台で見た覚えがあるんだけれど、お茶会を開いたご令嬢がケーキスタンドにお菓子を出したときに、上流階級の娘に笑われるシーンあるの。〝うちではこんな品、見たことないわ! 狭いテーブルをお上手に使われているのね〟って意地悪を言うの」


 歴史ある裕福なご家庭は、お茶会もダンスパーティーが開けそうなくらいの場所で開催される。

 テーブルも広々しているのでお菓子を一品一品お皿に並べても、スペースが足りないという状態にはならないのだろう。


「ケーキスタンド、段々に重なったお菓子が華やかで、おいしそうに見える演出だと思っていました」

「だよね」


 今度、ケーキスタンドを使ったお茶会を開いてみたらどうか、と提案してみる。


「ケーキスタンドはね、お皿とカップで作れるんだよ」


 まず大きなお皿を置いて、中心にひっくり返したカップを置く。そこにお皿を重ね――というのを繰り返したら、あっという間にケーキスタンドが完成する。


「私の実家はそこまで裕福ではなくて、お菓子を数種類並べることはできなかったの」


 用意できたとしても焼き菓子が一種類のみ。三段に重なったお皿にたくさんのお菓子を並べることなんて、夢のまた夢だった。


「お菓子の代わりに森で採れたベリーを並べたり、庭で摘んだお花を飾ったりして、優雅なお茶会を演出していたんだ」

「楽しそうです」

「でしょう?」


 これならばテア達もささやかなお茶会ができるだろう。

 テアとおいしいお茶とお菓子を堪能し、お喋りをしているうちに持ち込みの衝撃が薄まってきた。付き合ってくれたテアに感謝しなければならない。


「テア、お茶してくれてありがとう」


 ぎゅっとテアの手を握ると、驚いた表情を浮かべる。

 使用人との距離感ではない、と思っているのだろう。

 これまでの私だったら、絶対にしなかった。

 けれども今日から後悔がないようにやりたいことをしよう、と決めていたのだ。


「お役に立てたのであれば幸いです」


 テアはそう言って微笑んでくれる。私もつられて笑ってしまった。


 ◇◇◇


 帰宅後、仕事から戻ってきたギルベルトと一緒にお茶と軽食を囲んだ。

 今日、作ったのは挽き肉パイ。パイ生地はサクサクに焼き上がっており、大成功だった。

 ギルベルトはお腹が空いていたからか、三切れをペロリと完食した。

 そこまで空腹であれば食堂でしっかり食べたらいいのに、と思ったのだが、気軽に食べる食事だからこそ喉をするする通っていくのだとか。

 なんだその主張は、と思ったのだが、こうしてギルベルトと過ごす時間が楽しいので深く追求しないでおいた。


「あー、そういや今日、出かけたんだってな」

「そうそう! テアとお茶してきたの」


 お茶とお菓子はおいしかったし、接客も丁寧だった。優雅な時間を過ごせたという話を、ギルベルトは穏やかな表情で聞いてくれる。


「茶を飲むだけの目的で街にいったのか?」

「それだけではなくって、出版社に持ち込みもしてきたの」

「ドリス社か?」

「いいえ。ドリス社から音沙汰がなかったから、別の出版社に持って行ったんだけれど」


 持ち込みについての出来事を話すと、ギルベルトの顔がだんだんと恐ろしくなる。


「それって、あの悪名高いグアップ社の仕業じゃないだろうな?」

「そうそう、グアップ社!」


 グアップ社と聞いた途端、ギルベルトは天井を仰いだ。


「最悪な奴らじゃないか!」

「ああ、やっぱり有名なんだ」


 なんでも新興貴族が経営している出版社のようだが、騙される貴族が多く、被害をちらほら耳にしていたらしい。


「いいように褒めちぎって、貴族からいろいろ理由をつけて金を奪って経営しているんだ」

「あ~~~、そんな感じだった」

「保留にしてきたのか?」

「いいえ、その場で断ったけれど」

「お前、すごいな。ほとんどの貴族連中が騙される中、その場で断れるなんて」

「実はルネ村でも似たような被害があって。そちらは民芸品だったんだけれど」

「そうだったんだな」


 ギルベルトは「酷い目に遭ったな」と優しく声をかけてくれる。

 怒られるかもしれない、と思っていたので意外な反応だった。


「お前、物語を書くことを諦めるなよ」

「それはもちろん!」


 いつまで書けるかわからないが、執筆は続けるつもりである。


「少し待ってろ」

「え?」

「いや、なんでもない」


 何か言ったような気がしたが、小さな声だったのでわからなかった。

 

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