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王弟殿下から特別扱いされていた私、なぜか悪女と体が入れ代わる  作者: 江本マシメサ
第七章 生きた証を

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ドキドキの持ち込み

 グアップ社は思っていたよりも立派な佇まいで、多くの人達が行き来する活気のある出版社みたいだ。

 受付付近には出版した書籍が並べられており、ベストセラーを獲得! というポスターも張り出されている。

 看板作品は三百万部も売れており、舞台化も決まっているらしい。

 受付で持ち込みだと伝えると、待合室に通してくれた。

 そこでは香り高い紅茶とチョコレートブラウニーが出される。

 テアの分もあったので、一緒においしくいただいた。


「うう、なんだか緊張する」

「ルル様も緊張されるのですか?」

「するよー」


 エルク殿下の前で立派な立ち振る舞いをしているように見えたらしい。そんなことはない。私はいつでもびびりで意気地なしなのだ。

 ブラウニーは二切れあったのだが、テアは残りの一つをハンカチで包んでいた。

 おいしかったので、他の三人にも分けてあげるらしい。

 なんていい子なのか! 感動してしまう。


「ねえテア、私の分もみんなにあげて」

「しかし」

「いいの! 一週間後、婚約パーティーでしょう? ギルベルトからこれ以上太るな! って言われているの」


 目をつり上げて、恐ろしい表情で言ってくるのだ、と被害を訴えると、テアはブラウニーを受け取ってくれた。


「その、感謝します」

「いいの、いいの! 二切れ食べたら絶対に太るよなーって悩んでいたところだったから。むしろありがとうだよ」


 ここまで言ったら、テアは淡く微笑んでくれる。

 最近、よく笑顔を見せてくれるようになった。心穏やかに過ごせている証拠なのだろう。


「ヴェイマル家のお屋敷では毎日お菓子が出るのに、おいしい物を食べると今でもみんなで共有したい、って思ってしまうんです」

「素敵なことだと思うよ」


 同時に、テアは本当に優しい子だ、と思ってしまった。

 私はブラウニーを食べても、ギルベルトに食べてもらいたい! なんて思わなかったから。

 今度、彼のためにブラウニーを焼いてあげよう。チョコレートが大好きみたいだから、たっぷり生地に入れないと。

 なんて頭の中で計画を立てていたら、声がかかる。


「ルル・フォン・カステルさん、どうぞこちらへ」

「は、はい」


 ドキドキしながら、案内された部屋へ入る。

 そこには四十代後半くらいの女性がいて、にっこり微笑みかけてくれた。


「はじめまして、私は編集長のマルグレート・ブルノルトと申します」

「ルル・フォン・カステルです」


 相手が男性だったら緊張する、と思っていたが女性だった。けれども編集長と聞いて戦々恐々とする。

 何か質問があるのか、と聞かれ、いつも編集長が持ち込みを担当しているのか聞いてみた。


「普段は部下が持ち込みを担当しているのですが、貴族のお嬢さんがやってきたと聞いて、私が応対しなければと思って」


 なんでも貴族女性が執筆した作品は表現が豊かで、質のいい作品が多いらしい。


「うちの看板作品も、貴族のお嬢さんが書いたものなんですよ」

「そうだったのですね」


 名前から男性が書いたものだと思っていた。


「残念なことに男性名のほうが売れる傾向にありまして……」


 読書家の中には女性が書いた作品は暇つぶし目的で、くだらないと豪語する不届き者が多数いるらしい。

 本好きが集まる紳士クラブがあるようだが、そこでは女性作家の作品は認められていないのだとか。

 本の世界にそんな事情があるなんて知らなかった。

 ドリス社で〝心躍らず〟を連載しているエーリン先生は女性名で活動している。きっと勇気がいったことだろう、と思った。


「話が逸れてしまいましたね。では早速、作品を読ませていただきますね」


 ブルノルト編集長は眼鏡をかけ、私が差し出した短編を読み始める。


「うん……うん……うん!」


 読む速度が速い。普段から文章を目にしているので、自然と早くなるのだろうか。

 五分と待たずに読み終えてくれた。

 ドキドキしながら感想を待っていたが――。


「面白い! 最高です!」


 その感想だけでも嬉しいのに、思いがけないことを言ってくれる。


「すぐにでも新聞に掲載しましょう」

「本当、ですか?」

「ええ!」


 なんてことだろう。奇跡が起こったと思った。

 私の作品がエーリン先生のように新聞に掲載されるなんて……。


「掲載料として、金貨一枚いただきます」

「はい?」

「分割でも構いませんので!」


 掲載料として金貨一枚? 聞き返したが間違いないという。


「あ、あの、原稿料をいただけるのではなく、掲載料を私が払うのですか?」

「ええ、そうですよ。出版業界ではそれがお決まりなんです」


 だったら〝心躍らず〟を連載しているエーリン先生も、金貨一枚の掲載料を毎回払っているのかと聞くと、ブルノルト編集長はそうだと頷く。


「皆、出版後の印税と売り上げで掲載料として払ったお金を回収しているんですよ」


 ブルノルト編集長は書類を出して、出版の仕組みを説明してくれた。


「だいたい短編を五十本ほど掲載したら、一冊分になります」


 それまでに金貨五十枚も払わなければならないのか。

 金貨一枚といえば、庶民が一生懸命汗水働いて得る一ヶ月分の報酬である。

 そんな大金を払わなければならないなんて……。

 さらに信じがたい説明を受けた。


「出版するさいにも、印刷代、営業費など含めまして、金貨八十枚ほどいただきます」

「あの、あの、それって出版後にすべて回収できるのですか?」

「もちろん! みなさん、悠々自適な作家生活を送っていますよ!」

「え~~~~~~っと」


 話を聞いていて、ここが普通の出版社ではない、と気付いた。

 この手口は一度ルネ村で一時期流行った、悪徳商売人の商法にそっくりである。

 ルネ村で流行ったのは民芸品だった。

 民芸品を商人が見にやってきて、王都で売るべきものだ、と絶賛したのである。

 けれども王都で売るには多額の出店料が必要で、さらに委託料や売り子代なども請求されるという詐欺である。

 こういうのに引っかかってしまうのは、自分で作った物を手放しに褒めてくれるからだろう。どうしてみんな引っかかるのかと謎でしかなかったが、成果物を認められるというのは嬉しいことなのだ。

 最後に、ブルノルト編集長に質問してみる。


「私の作品、具体的にどこがよかったですか?」

「え!? あ、えーーーっと、そう! この、主人公が、えーーーー、なんだ、ああ、告白するシーンが素敵で!」


 そのような場面はないので、読んですらいなかったことに気付く。

 私はブルノルト編集長の手から小説を引き抜き、深々と頭を下げる。


「この話はなかったことにしてください」

「ええ、どうしてですか!? あなたの才能を活かしたいのに!!」

「私にはもったいないお話でしたので」


 無料でおいしいチョコレートブラウニーと紅茶をいただけただけでもよしとしよう。

 そんなことを考えつつ、テアと共にグアップ社をあとにしたのだった。

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