帰宅
無事、ヴェイマル家の私室に到着したのがわかると、膝から崩れ落ちた。
『ちょっとルル、大丈夫なの!?』
「う、うーーん」
あまり大丈夫ではないのかもしれない。
立ち上がれないでいたら、アンゼルムが優しく背中をぽんぽん叩いてくれた。
『さあ、お水を飲んで』
「ありがとう」
勧められて喉がカラカラだったことを思い出した。水をごくごく飲み、アンゼルムから優しく声をかけられているうちに、落ち着きを取り戻す。
「あ~~~~、なんとかやりきった!」
『見事な立ち回りだったわ』
「私、上手くできていた?」
『もちろん。あれは本当のツィツェリエル嬢だったわ』
アンゼルムの言葉を聞いてホッと胸をなで下ろす。
自分では上手くできているつもりでも、実際は台詞を噛み噛みだったのではないか、と不安だったのだ。
「ギルベルトは大丈夫かな?」
今頃幻術の私を連れて帰ってきているはずだ。現在、魔力糸の繋がりは切れているので、向こうがどんな状態なのかわからないのだ。
『あの子は心配ないわ。ああ見えて、ヴェイマル侯爵家の跡取りだから、あの場を上手く脱出する術は知っているはずよ』
きっとテア達のことも連れてきてくれるだろう。そうアンゼルムは言ってくれる。
「テア達、思っていた以上に酷い状況だった……」
もしかしたら盗難事件の罪のすべてを、テア達に押しつけるつもりだったのかもしれない。
「あの子達だけはエルク殿下を心から慕って、日々働いていたのに」
『本当、えげつない状況だったわねえ』
テア達の何もかも諦めたような表情を思い出すと、胸がぎゅっと苦しくなる。
作戦実行前に、ギルベルトは約束してくれた。必ずテア達を連れて帰ってくる、と。
今はギルベルトを信じて待つしかない。
ツィツェリエル嬢の派手なドレスを脱いで、化粧魔法も元に戻す。見慣れた私の顔が鏡に映ったので安堵できた。
ギルベルトやテア達はお腹を空かせているかもしれない。
そう思ってドロップスコーンを焼いてみた。
ドロップスコーンというのはパンケーキみたいな、クラペットみたいな、王道のスコーンとは異なる食べ物で、生地にふくらし粉を入れて作るのが特徴である。
深型のお皿に小麦粉とふくらし粉、砂糖、塩をふるい入れてよく混ぜる。卵と牛乳、溶かしバターを加えて攪拌し、少し生地を休ませたら焼いていくのだ。
小さめに焼いて、お皿に重ねた状態で置くのが定番である。
トッピングは先日アンゼルムと作った薔薇のジャムに、蜂蜜、カリカリベーコン、ソーセージにバターなどなど、好きなものと一緒に食べてもらおう。
そうこうしているうちに、ギルベルトが帰ったとメイドが知らせてくれた。
すぐさま私は全力疾走で玄関に向かう。
ギルベルトと一緒に、テアとチェルシー、クララにアビーがいた。
「み、みんな~~~!」
涙を浮かべる彼女達を抱きしめる。辛かったのだろう。皆、声をあげて泣き出した。
「もう大丈夫だから!」
私も一緒になって泣いてしまった。
その後、瞼を腫らした私達は一緒にドロップスコーンをいただく。
ギルベルトがいると萎縮すると思って、彼は別室で食べてもらうことにした。
お腹いっぱいドロップスコーンを食べて、温かい紅茶を飲んで、しばし静かな時間を過ごす。
ようやく彼女達は落ち着いたようで、ぽつりぽつりと話し始めた。
「ルル様、本当にありがとうございました」
「私達、突然呼びだされて」
「手を縛られて」
「罪人みたいに連行されたんです」
保身のために彼女達に罪をなすりつけるなんて、許せるものではない。
火山が爆発するような憤怒を覚えるも、きちんと仕返しはしてきたのだ。落ち着け、落ち着けと怒りをなんとか鎮める。
「ツィツェリエル様までいらっしゃるなんて」
「驚きました」
「救世主かと」
「敵に回したら恐ろしいのに、味方になったら頼もしかったです」
ツィツェリエル嬢の存在が彼女達を怖がらせることなどなく、逆に安心できたと聞いてよかったと思う。
「盗難については、みんなやっているんだって、薄々気付いていました」
「食料とか、備品とか、よくなくなっていて」
「一つくらい盗んでもバレやしないって、悪びれもなくする人もいて、びっくりしたことも一回や二回どころではなく」
「誘われたこともあったけれど、盗みはよくないって思って、断っていたら顰蹙を買ってしまい……」
大変な状況の中、彼女達は健気に働いていたようだ。
あのあとギルベルトは上手く立ち回っていたようで、テア達には荷造りをするように言い、エルク殿下にも退職金をたんまり用意するように言ったという。
今回の騒動について口外しない代わりに、かなりの大金を渡すよう交渉を持ちかけたようだ。
「退職金、給金三年分もいただいて」
なかなかやるなギルベルト、と心の中で思ったのだった。




