呼び出し
これでよし! と思いきや、翌日ギルベルトからクレームが入る。
「夜中、お前がいないから目覚めた」
いや、知らんがな。
熟睡していたようなので大丈夫かと思いきや、数時間眠っただけで目が覚めてしまったという。
「まあ、それでもいつもより眠れたからいいんだけれどな! でも、朝方まで眠れたらもっとよかったんだが」
『どうしても途中覚醒するって、まるで夜泣きをする赤ちゃんねえ』
アンゼルムの辛辣なお言葉に怒るかと思いきや、ぐっと堪えるような顔をしていた。
なんというか、最近我慢強くなっているようで感心している。
私が一生懸命間に入って取り持ったからだろうか。
それとも、睡眠時間が足りなくってイライラしていたのか。
どちらにせよある程度の我慢は大事だ。ギルベルトを褒めてあげたい。
『もうこうなったら、ルルに添い寝してもらうしかないじゃない』
「添い寝だと!?」
結婚前の男女がしていいものではない。
その前に、ギルベルトと私の間に間違いなんて起こるわけがないけれど。
でも、ギルベルトが熟睡するためには添い寝も必要になってくるのかもしれない。
『手のかかる子ねえ』
子育てって大変だ、という感想は口に出さないでおいた。
◇◇◇
婚約パーティーの準備も順調な中、突然ヴェイマル侯爵から呼び出しを受けてしまった。
何かやらかしたのだろうか? と考えるも何も思いつかない。
やだな~~、怖いな~~、と思いつつヴェイマル侯爵の執務室まで向かった。
ヴェイマル侯爵は腕を組み、眉間に深い皺を刻んだ状態で私を迎えた。
「ルル・フォン・カステル、なぜ、私に呼びだされたかわかるか?」
「えーー、どうしてでしょう? まったく心当たりがありません」
そう告げると、深く長いため息を吐かれる。
私はいったい何をやらかしたのか。ヴェイマル侯爵の口からお聞かせいただく。
「従僕から、毎晩、お前がギルベルトの部屋に通っている、という報告を受けている」
「はあ」
「間違いないな?」
「はい、たしかに」
「部屋というか、寝室と聞いている。そこでいったい、何をしているんだ!?」
ヴェイマル侯爵はカッと目を見開き、私へ問いかけてくる。
寝室に婚約者が毎晩通う――そんな話を聞いて思い浮かぶのは、二人でよからぬことをしているのではないか、という疑惑にだろう。
ここでようやく、呼びだされた理由について察することとなった。
「あーー、あはは、えーーっと」
「ギルベルトにも問いただしたが、この私には関係のないことだ! と怒るように言って出かけてしまった」
まるで反抗期の息子のようである。
というか、こんなに強面で逆らえないようなお方なのに、ギルベルトから強く言われてそのまま引き下がってしまうなんて。
親子の力関係はヴェイマル侯爵が圧倒的に上かと思いきや、そうではないのだろうか?
それとも、ギルベルトの逃げ足が速かったのか。
ギルベルトがはっきり言わなかったせいで、私にしわ寄せがきてしまった。
「なんとご説明していいのやら」
ご子息の眠りが浅くて、毎晩寝かしつけをしております、と言ってもいいのだろうか。
ギルベルトは私がいないと眠れないことを説明するのが恥ずかしくって、言わなかった可能性があるのに。
「結婚前に子どもでもできるようならば、それは家門の恥となる」
貴族は何事においても、順序が大事だと話す。
結婚前に婚約関係にあった女性が懐妊したとなれば、欲望を抑えることができなかったのか、と呆れられるようだ。
「止められないのならば、結婚を早める必要も――」
「いいえ! その、ヴェイマル侯爵が心配しているような事態は、これっぽっちもないと言いますか!」
夜、眠る前に楽しくお喋りをしているだけだ、と弁解しておく。
「嘘ではないと神に誓えるのか?」
「もちろん、誓えます!!」
「わかった」
もしも我慢できなくなったときは言うように、と注意された。
なんというか、ヴェイマル侯爵は思っていたよりも怖くなかったし、意外と寛大なお方なんだな、と認識を改めたのだった。
夜、私はギルベルトに抗議した。
「ねえ、今日、あなたのお父様に呼びだされて、夜、二人でコソコソ何をしているんだ! って問い詰められたんだけれど!」
「なっ、お前、正直に話してないだろうな?」
「そうしたかったけれど! しなかった!」
するとギルベルトは明らかに安堵したような表情を浮かべる。
その様子を見ていたアンゼルムが、ぐさりと指摘する。
『ルルに寝かしつけられているのを、父親に知られたくないって、やっぱり赤ちゃんじゃないの』
赤ちゃんの自覚があるのか、ギルベルトは何も言い返さなかった。
もう彼のことは赤ちゃんだと思って接してあげるのが正解なのかもしれない。
成人男性だと思うから、イライラしてしまうのだ。
今夜も私は大きな赤ちゃんを寝かしつけてあげたのだった。
◇◇◇
そしてとうとう、エルク殿下のお屋敷にお邪魔する日が訪れてしまった。
朝から緊張で心臓がバクバクしている。
ギルベルトのほうは平然としていた。
「別に相手はあのエルクなのに、どうしてそこまで慌てる?」
「エルク殿下相手にそんな言い方するの、世界中探してもギルベルトだけだと思う」
「大げさな」
ひとまず手土産として庭で摘んだ冬薔薇の花束を用意した。それから菓子職人が作った焼き菓子も一緒に持っていく。
今回、エルク殿下のお屋敷に行くことに向けて、いろいろと作戦を練っている。
成功するかわからないが、ギルベルトを信じてやるしかないのだろう。
胃がじくじく痛んだが、アンゼルムが肉球で優しく摩ってくれた。
「うう、アン、ありがとう」
『無理しないのよ』
この前みたいにエルク殿下とギルベルトが一戦交えるような展開になったら、すぐにハティの背中に乗って逃げるように言われた。
『あたしも姿を消して傍にいるから安心してちょうだいな』
「アン、ありがとう」
『ハティも一緒だからねえ』
「頼りにしているからね」
心強い仲間と共に、エルク殿下のお屋敷に挑んだのだった。




