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王弟殿下から特別扱いされていた私、なぜか悪女と体が入れ代わる  作者: 江本マシメサ
第一章 悪女と平凡女の入れ替わり!?

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オオヤマネコと

 優美な手足に艶やかな髪、切れ長の瞳にスッと通った鼻筋、形のよい唇に張りのある肌、そして豊かな胸元――。

 私が逆立ちしても得られないような美しい存在を前に、言葉を失ってしまう。

 それよりもなんだ、この体の重さや呼吸がしにくいような息苦しさは?


『ねえ、大丈夫?』


 大きな猫ちゃんが爪を出さずに前足で優しくぽんぽんしてくれた。

 これは夢ではないのか、と思ったものの、肉球の温もりを感じるとこれは現実なんだと自覚させられる。


『あなた、どこの誰なの?』

「私は、ルル。ルル・フォン・カステル」

『カステルって、ルネ村に住む、お人好しの一族のカステル家?』

「知っているのですか?」

『ええ、まあ、昔に少し、ね』


 カステル家やルネ村の人達がお人好しだというのは、たまに耳にしていた。

 褒め言葉ではないというのはよくわかっている。

 自分達も困っているのに余所の人を助けたり、移民を歓迎し食糧を分け与えたり、自らの魔力と引き換えにエナジー・ヒールを行うのも、そんなふうに言われてしまう所以ゆえんなのだろう。


『そう……』


 大きな猫ちゃんは遠い目をしていた。何か昔のことを思い出しているのか。


「あの、大きな猫ちゃんの名前を教えてもらえますか?」

『あたし? 大きな猫ちゃんでもいいけれど、そうね。特別に教えてあげるわ』


 大きな猫ちゃんは胸を張り、凜とした様子で自らを名乗る。


『あたしはオオヤマネコ精霊のアンゼルム。千三百二十五歳の男女おとめよ』

「は、はあ」

『かわいらしく〝アン〟って呼んでね。あと、敬語は不要よ。そんなに偉い精霊ではないから』

「いえいえ、ご謙遜を!」


 人語を理解し、喋ることができる精霊なんてごくごく一部の上位的存在だけだ。

 大きな猫ちゃんことアンゼルムは大した存在ではないと言っているものの、すごい精霊様なのだろう。年齢も千年超えているし間違いない。

 ただ、彼女の意志を尊重し、敬語の省略とアン呼びはさせていただく。


「えーっと、アンはヴェイマル家を守っている精霊様なの?」

『いいえ』

「だったら、ツィツェリエル嬢と契約していた?」

『いいえ』


 だったらどうしてここにいるのか。その質問にアンゼルムは簡潔に答える。


『ここにいると、面白いものが見られるからよ』


 片目をぱちん! と閉じてそんなことを言ってくれる。


『もともとヴェイマル家の初代と契約を交わしていたの。すっごくいい男だったのよお。あれほどの男は千年経っても現れないわねえ』


 その後、初代当主様が亡くなると契約は無効となった。


『初代にねえ、頼まれていたのよ。子孫を頼む、ってね。でも、面倒だから様子を見るだけで、手助けはしていなかったのよ』

「そ、そうだったのですね」


 ツィツェリエル嬢の傍にいたのは、彼女が一番面白かったからだという。


『あの子は信じられないくらい自分を追い詰めるタイプで、こう危なっかしくって、そういう生き方があまりにも斬新で、刹那的で、見逃せなかったのよね』


 ただそれも、常に付き添って見守っているわけではなかったという。


『外の世界は騒がしくって億劫おっくうだったの。だから彼女のすべてを見たわけではない』


 そんなわけで、どうして私達の体が入れ替わってしまったのか、わからないという。


『魂の入れ替わりは禁術よ。千年以上も前に、外に漏れないように魔法局が管理していたはず』


 魔法局――国内に存在するありとあらゆる魔法を所有する国立機関で、魔法書の写本や禁書なども保管、管理しているという。


「誰かが盗み出したのか、それとも魔法局の局員の仕業なのか」

『はたまた、魔法に死ぬほど詳しい誰かさんの犯行でしょうね』


 ツィツェリエル嬢は社交界で悪女と囁かれ、多くの人々から顰蹙ひんしゅくを買っているように見えた。


「田舎貴族である私と魂を入れ替えて、辱めるのが目的なのか」

『こら! そんなことを言わないの!』


 肉球で頭をぽん! と叩かれてしまう。


『自分の価値を自分で下げるようなことを言ったらだめよ! 〝ボースハイト〟――悪意に目をつけられて、そのうち支配されてしまうわ』

「ボースハイト?」

『あら、知らないのね。ボースハイトは人々を支配する悪質な毒みたいなものよ』


 人が悪意を抱くから生まれたのか、それともボースハイトが存在したから人は悪意を抱くのか。よくわかっていないらしい。

 とにかくボースハイトというのは気がついたら人々と共に在るものだったとか。


『悪感情を抱くと、ボースハイトがその人に入り込んで、じわじわ精神を蝕んでいくのよ』

「し、知らなかった」

『恐ろしいでしょう?』


 ボースハイトに支配された人々は攻撃的になり、人を傷つけたり、盗みを働いたりと犯罪行為に走るという。


『そして最終的には――いいえ、なんでもないわ』


 まだ何かあるようだが、アンゼルムは教えてくれなかった。

 眉間に深い皺を刻んでいるので、きっと酷い状態になるのだろう。


『ここ、寒いでしょう? 部屋に戻って身なりを整えましょう』

「私室じゃなかったんだ」

『地下のおしおき部屋よ』

「おし、おき、部屋?」

『ええ、そう。昨晩のツィツェリエル嬢は任務を達成できなくって、自らここに引きこもったの』

「自ら……」


 てっきりギルベルトかヴェイマル家のご当主様に入れられたのかと思っていたが、自主的なものだったらしい。

 なんだ、この家……。

 しかも任務って?

 わからないことばかりである。 

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