朝食の時間
ギルベルトはチェストの中を見て目を丸くする。
「なんだ、このドブネズミ色の服は」
「主な私服だけれど」
「私服!? お前の!?」
「ええ」
「どこからどう見ても、メイド達が着ているような仕着せじゃないか」
まあ、メイド服を手直ししたものなので仕着せで間違いない。
これまで何度もギルベルトの前で着用していたものの、私の格好なんてこれっぽっちも気にしていなかったのだろう。
「なんでこんな服を着ているんだ? ツィツェリエルのドレスがいろいろあっただろうが」
「あれは派手なの。私の地味な顔には似合わなくって」
ドレスも部屋着にするようなワンピースも、胸がばーん! 背中がどーん! と激しく露出しているのだ。
「どーん、ばーんって、このメイド服のほうが襟が詰まっていて苦しいんじゃないのか?」
「ギルベルトは平気なの? シャツの前身頃にボタンがなくて、お腹の辺りまで肌が出ているデザインとか平気? 普段着として着ることができる?」
「いや……無理だな」
「でしょう?」
わかっていただけて何よりである。
「なんで新しい服を頼まなかったんだよ」
「だってドブネズミのワンピースがあったし」
「ドブネズミはないだろ、ドブネズミは」
とにかくギルベルトの婚約者になる以上、ドブネズミのワンピースを着ている場合ではないのだろう。
「明日、服を買いに行く。懇意にしている店があるから、そこで購入しろ」
「今から買えるドレスなんてあるの?」
社交期は冬から初夏にかけて王都に貴族達が集まり、夜会の招待を受けたりサロンでお茶をしたり、とドレスが必要な場面がいくつもある。
王都にやってきてから既製服を買い集める者も多く、基本的に冬の間はドレスが店から消えるのだ。それくらい、今の王都にはドレスがない。
そうならないよう、皆、社交期を挑むために一年前から流行を読んでオーダーメイドでドレスを仕立てるのだ。
「うちが懇意にしている店は、そうならないようにあらかじめ商品を用意している。心配するな」
「わかった」
そんなわけで明日、ギルベルトと一緒にドレスを買いに行くこととなった。
あと、何か忘れているような気がする。腕組みし、考える。
「おい、変な顔をして、どうかしたのか?」
「変な顔じゃなくって、何か忘れているような気がして」
「ああ、鳩が戻ってきてるってことは、調査が終わったんじゃないのか?」
「それだ!」
そもそも記録用の魔技巧品はギルベルトが貸してくれたものである。
「大変な事態になっていたんだけれど」
「なんだ? エルクの野郎の新しい恋人候補でも出てきたのか?」
「いえ、そういう方向じゃないんだけれど」
ハティが持ってきてくれた情報をギルベルトに見せると、険しい表情を浮かべる。
「ルビーのチョーカーまで紛失しているみたいで……」
「わかった」
そもそも私が持ち出さなければこのような事態にならなかったのだ。謝罪するとギルベルトは気にしなくていい、と言ってくれたが……。
「今日はもう寝ろ」
「ええ、わかった」
おやすみなさい、というとギルベルトは少し照れくさそうに「おやすみ!」と返してくれた。
◇◇◇
翌日――洗濯メイドがシーツを棒で叩く音で目を覚ます。ここはメイド達の作業場に近い部屋らしい。
小鳥の囀りで目覚めるエルク殿下のお屋敷とは大違いだと思った。
当然ながら部屋付きのメイドという概念はないようで、洗面所にいって歯磨きと洗顔、着替え、髪結いなどを自分で行う。
ちなみにドレスはツィツェリエル嬢が所持している比較的控えめな一着をお借りしている。濃い紫の布地で色合いは問題ないのだが、居たる所にリボンやレース、宝石の粒などがあしらわれた贅沢過ぎる一着だ。スカートを翻すたびにキラキラ光る宝石を見ると脱ぎたくなるが、ヴェイマル家の本邸を歩き回る以上、ドブネズミのワンピースを着るわけにはいかないのだ。
その後、朝食の時間だと言ってメイドが食堂に案内してくれる。
ヴェイマル侯爵家の本邸ではどんな朝食がいただけるのか。
ツィツェリエル嬢と入れ替わった当初はほとんど何も食べられなかった。
けれども今は食欲旺盛で、なんでもぱくぱくいただける。
わくわくしながら食堂へやってきたら、ヴェイマル侯爵の姿があって悲鳴をあげそうになった。
口を塞いだ状態でヴェイマル侯爵と目が合う。
「何をしている?」
「いえ、まさかヴェイマル侯爵と昨日の夕食だけでなく、朝食までご一緒できるとは思わず、感激してしまって……!」
我ながら、よくも嘘がペラペラつけるな、と感心してしまった。
ヴェイマル侯爵は騙されてくれたのか「いいから座れ」と言うばかりだった。
てっきり一人で食べるものだと思っていたのに、ヴェイマル侯爵もいるなんて。
ギルベルトもやってきたので、ホッと胸をなで下ろす。
「父上、おはようございます」
「おはよう」
この親子はきちんとおはようが言える関係だった。なんだか安心してしまう。
「ギルベルト、おはよう」
「ああ、おはよう」
私達の挨拶を聞いていたヴェイマル侯爵の、片眉がぴん! と跳ね上がる。
「ルル・フォン・カステル、お前はギルベルトのことを呼び捨てにしているのか?」
「えーーーはい。しかし次回より、ギルベルト君と呼ぶようにします」
なんて主張したら、ギルベルトから抗議の声があがった。
「おい、なーんで君呼びなんだよ!!」
ギルベルトさんとか、ギルベルト様はなんだか違うような気がして、ギルベルト君にしたのだ。
これからヴェイマル侯爵の前では、君付けで呼ばせていただこう。
そんな会話をしているうちに、朝食が運ばれてくる。
カボチャのポタージュに白いソーセージ、丸ごと焼いたジャガイモにバターを落としたもの、ハムとチーズ。
主食はパンではなくジャガイモらしい。このジャガイモがまた美味だった。
ほくほくでほのかに甘みがあり、溶けたバターを絡めるとクリーミーになる。
このジャガイモと塩っけが強いハムやソーセージとまた合うのだ。
にこにこでいただいていたら、ヴェイマル侯爵とギルベルトの視線がこちらに向いていることに気付いた。二人とも、食べる手を止めて私を見ていたわけである。
「あ、あの、何か粗相をしたのでしょうか?」
テーブルマナーがなっていなかったのか、それともぱくぱく食べ過ぎていたのか。
心配になったものの、ギルベルトが即座に「違う」と否定してくれた。
「いや、おいしそうに食べるから、珍しくて」
美食の限りを尽くしている貴族にとって、食事がおいしいのは当たり前。
私みたいに幸せな気持ちになりながら食事をするというのは、珍妙に映るのだろう。
「飢えているのか?」
ヴェイマル侯爵から同情するような眼差しを受けてしまう。
「その、違います。ただ単においしくいただいているだけですので、どうかお気になさらず」
「そうか……」
以降、ヴェイマル侯爵が私を気にすることなどなかったが、去り際にある言葉を残していった。
「もっと食べて太れ。鶏ガラのように痩せてからに」
「は、はあ」
これはツィツェリエル嬢の体なので太るのは申し訳ないのだが。
ただ腕は枝のように細いので、少しだけならば太ってもいいのだろう。
そんな感じで朝食は終了となった。




