夜の訪問者
「おい! 起きろ! おい!」
乱暴に揺すられてしぶしぶ起きる。まだ寝ていたかったのに……。
「うーん、誰?」
「俺だ!」
「どこの、俺?」
私を起こすことができる俺なんていたか。父は上品に「私」としか言わないし。
なんだか粗暴だな、と思っていたら名乗ってくれた。
「お前の婚約者、ギルベルト・フォン・ヴェイマルだ」
「な、なんだってーーーーー!?」
慌てて飛び起きると、魔石灯を手に私を容赦なく照らすギルベルトの姿があった。ついでに申し訳なさそうに隣に座るアンゼルムもいた。
『ほら、だから大丈夫って言ったでしょう?』
「万が一ってこともあるだろうが!」
いったい何があったのか、と尋ねると私がゾンビみたいな顔色で眠っていたので心配になったらしい。
『化粧の具合だから、って言っても聞かなかったのよ』
「化粧をして眠る、だらしない奴がいるわけないって思ったから」
ここにいるんです。化粧をした状態で眠るだらしない奴が。
アンゼルムの化粧魔法は解かない限り崩れないし、布に付着しないし、肌に負担はないし最高なのだ。余裕で眠れるのである。
「というか、ギルベルト、あなたどうしてここにいるの?」
「親父と夕食を食べたあと、寝込んでるって聞いたものだから」
辺りはすっかり真っ暗。どうやら夕食の時間からずいぶんと眠っていたらしい。
「短時間でいろいろ考えて疲れたんだと思う」
仮眠のつもりだったが、二時間くらい熟睡していたようだ。
ヴェイマル侯爵と会って言葉を交わした上に、慣れないことをして疲れてしまったのだろう。
「それで、親父の呼び出しはなんだったんだ?」
「婚約パーティーを開くから、招待客の選別と当日の手配をするように命じられたんだけれど」
「は!? そんなのお前の仕事なわけないだろうが!」
「花嫁修業なんですって」
「お前を試しているのか?」
「違うと思う」
「だったらなんなんだよ」
「嫁いびり?」
予想外の返答だったからか、ギルベルトは噴きだしそうになった。
けれども当人である私がいる手前、思いっきり笑えなかったのだろう。
「まあ、なんつーか、お前だけに任せるつもりはない。一緒に考えよう」
「ええ、そのつもりだったから」
「そうか」
ひとまず今日届いた手紙をギルベルトへ託す。今日届いた分と、明日の分で招待客を選ぶことを伝えた。
「こちらがお付き合いするのに相応しくない人達、こちらが招待客候補」
「おお、きちんと選別できているじゃないか」
「アンゼルムが過去に醜聞があった貴族達を教えてくれたの」
「お前、意外と賢い猫なんだな」
『出会ったときから知性に溢れていたでしょう』
「そうだったか?」
ギルベルトはお付き合いするのに相応しくない人達の中から、二名の手紙を引き抜く。
「このクルツケ子爵は女にだらしがなくって人妻にばかり手を出すしようもないジジイだが、社交界の女にやたら詳しい。付き合っておいて損はないだろう。もうひとり、こっちのレングナー男爵は下品な成金だと噂されているが、新聞社の人間達と繋がっている。それぞれ、何か情報を得たいときに便利だろう」
評判が悪いものの、味方であれば心強く、敵に回したら特に厄介な二人らしい。
ヴェイマル家としてはお付き合いするのに相応しくない相手だが、これから事件の調査をするならば役に立つであろう人物だという。
「そっか。そういう視点もあるんだ。さすがギルベルト」
素直に褒めるとギルベルトは口元を緩め、嬉しそうにしている。
どうやら褒められることが好きなようなので、今後はどんどんいいところを発見して賞賛しなければと思った。
「こっちの招待客候補は――」
名前を一目見ただけで、ギルベルトはどういう人物かわかるらしい。
カードを切るように手紙を素早く動かし、選別していく。
「招待するのはこっち、しないのはこっち」
半分くらい脱落しただろうか。中には教会での奉仕活動に熱心な貴族もいた。
「あー、その人は教会側から多額の献金を受け取っていて、教会の地下で製造されている〝特別な聖水〟を、破格の値段で売り歩いているんだよ」
「うわあ……」
飲んだら神のご加護が倍増とかいう、怪しい聖水らしい。それが信者に飛ぶように売れているようで、ざっくざっくとお金が入ってきているようだ。
「お前みたいなのもいいカモになるだろうな」
「かなり嫌かも」
「だろう?」
ギルベルトは日々、貴族についての情報を収集し、付き合う相手を熟考しているのだろう。
「都会の貴族って大変なんだ」
「田舎の貴族はどうなんだ?」
「麦の収穫期とか、雨期の心配をするだけだよ」
「それはそれで大変そうだ」
笑われるかと思いきや、田舎暮らしの苦労を真剣に受け止めてくれた。
ギルベルトのこういうところは本当に好ましいと思う。
「それはそうと、なんだこの部屋」
「私の部屋だけれど」
「いや、地味つーか、質素つーか」
エルク殿下が与えてくれた部屋に比べたら華やかさに欠けるものの、雨風はしのげるし寝台と清潔な布団がある。十分な部屋だろう。
「こんな部屋で満足していたのか?」
「ええ」
何か必要な物はないのかと聞かれても、首を横に振るばかりである。
『ルル、婚約パーティーで着るドレスが必要になるんじゃない?』
「あ、そうだ」
社交界デビュー用に作ったドレスは私の本体と共にある。ツィツェリエル嬢のドレスは似合うわけがないし、新しく購入する必要がありそうだ。
「そもそもどれだけドレスを持っているんだ?」
ギルベルトはそう言って勝手にチェストを開く。中は空っぽだった。