花嫁修業
「あ、あの、花嫁修業というのは、具体的に何をするつもりなのでしょうか?」
炊事、洗濯、掃除、なんでもできます! と拳を握って言えるのだが、それとなく普通の花嫁修業ではないのだろうな、と空気感から察してしまう。
ヴェイマル侯爵は無言で手紙の束を差し出してきた。ざっと見て百通以上はあるだろうか。
「こちらは?」
「速達で届いた国内貴族からの手紙だ」
「は、はあ」
「全部、ギルベルトとお前の結婚に関する祝福の一報だろう」
「えっ、もう届いたのですか!?」
今朝、ギルベルトとの婚約が報じられたばかりなのに、お昼になる前にお祝いの手紙が届くなんて。
「下級貴族と結婚すると聞いて、我がヴェイマル家に付け入る隙ができたのだと、喜んで送ってきたのだろう」
「わあ……!」
手紙の返事を書けばいいのか、と言ったらそれだけではないという。
「婚約のお披露目を行わないといけない」
それは貴族の古くからの習わしで、パーティーを開いて一気に報告する家もあれば、さまざまな夜会に参加して婚約者を紹介して回る人達もいるという。
「いちいち紹介して回るのも面倒だから、婚約パーティーを我が家で開く。届いた手紙の中から百組程度の参加者を精査し、招待状を送れ」
招待する客以外には返事は出さなくてもいいという。
「もちろんこういった手紙が届くのは今日だけでなく、連日続くだろう。ただ、参加させるのは翌日まで届いた者だけでいい。三日目以降は付き合いを行うに足らない者達だろうから」
話を聞いていてなるほど! と思う。こういうのは速さが命なのだろう。
「それだけでなく、婚約パーティーの内容なども取り決め、ホストとして開催にこぎ着けるように」
ひい! とヴェイマル侯爵の前で叫ばなかった私を誰か褒めてほしい。
「この私が、パーティーの主催をするのですか!?」
「そうだと言っている」
それは貴族に嫁いだ女主人の仕事であるが、花嫁修業としてやるにはハードルが高すぎる。
もしかしたらヴェイマル侯爵はそれで私を試したいとか――?
いいや、婚約はもう決定していることである。いまさら試したって、覆すことなどできない。
ならばなぜ!? と考えたところ、すぐに思い浮かんだ。
嫁いびりならぬ、嫁候補いびりだ!!
田舎からのこのこやってきた私にこんな大役を押しつけるなんて酷すぎる。
今すぐにでも逃げだしたいが、この体はツィツェリエル嬢のもの……。
今の私は首輪を着けられ、鎖で繋がれた犬状態なのだ。
「開催は一ヶ月後とする。ぼんやりしていたらあっという間に過ぎてしまう期間だ。早く取りかかれ」
「は、はい」
できるかできないか、の確認すらない。決まったことを告げられるだけの時間だった。
「ちなみにその束は祝福の手紙だけでなく、私宛に届いたものも含まれている。急ぎの内容だったらすぐに知らせるように」
「!?」
なぜそれを早く言わない?
速達で届いた手紙だというので、急を要する内容があるかもしれないのに。
それをまだ他人である私に渡すなんて信じられない。
いいや、ヴェイマル家の情報を握らせて、逃がさないつもりなのだろう。
考えることの一つ一つが恐ろしい……。
急いで確認しなければ。踵を返そうとした瞬間、ヴェイマル侯爵は私を引き留めるように話しかけてくる。
「他、何か望むことなどあるか?」
「あ――」
望みと聞いて、テア達のことを思い出す。ギルベルトに相談するつもりだったが、どうせヴェイマル侯爵に話がいくのだ。ここで言ってもいいだろう。
「エルク殿下のお屋敷にいるメイド達と仲よくなったのですが、彼女達をこの家で雇うことはできないでしょうか?」
「使用人の引き抜きは恨みを買うのだが」
「で、ですよね!」
やはり難しいらしい。けれども諦めるわけにはいかない。あんな環境で働いていたら、いつかテア達が嫌な目に遭いそうだから。
「ヴェイマル侯爵ともあろうお方でも、使用人の引き抜きなんて難しいですよね?」
「なんだと?」
ギルベルトと同じ真っ赤な瞳がぎらりと光る。かかった、と思った。
「いいんです。難しいんだったら。ヴェイマル侯爵であればできると思っていたのですが……」
「別に、できないこともない」
「ほ、本当ですか!? すごい!! さすが、ヴェイマル侯爵です!!」
やや大げさに褒めちぎると、まんざらでもない、という表情を浮かべていた。
こういうところはそれとなくギルベルトに似ているな、と思った。
テア達の名前を伝え、とても真面目で働き者だということも言っておく。
「すぐに、というのは難しいだろう。少々時間がかかるかもしれないが」
「はい、問題ありません。ありがとうございます。本当に……」
テア達のことはヴェイマル侯爵がなんとかしてくれるという。ありったけの勇気を振り絞ってお願いしてみてよかった、と思った。
「そういれば、ツィツェリエルは家に戻っているのか?」
「は、はい、もちろんでございます!」
「めったに帰らないとはいえ、たまには食事に顔を出せ、と伝えておけ」
「そのように!」
嘘を吐いているので心臓がバクバク鳴っている。
ヴェイマル侯爵の反応を確認する余裕なんてない。
執務室を飛び出すと、家令のロホスさんが作業を行う執務室を案内してくれた。
「すみません、急ごしらえなので、まともな設備はないのですが」
「いえいえ、部屋を用意してくれるだけでもありがたいです」
敬語は必要ないと言われているのに、ロホスさんがちゃんとした人なので丁寧に返してしまう。上下関係のあるやりとりって難しいな、と思った。
ロホスさんに案内されたのは、一階にある小部屋。
小窓からほんの少しだけ太陽光が差し込む、若干薄暗い部屋だ。申し訳程度にテーブルと椅子があり、調べ物ができる本が揃えられた棚もある。
「えー、ご当主様がここを使うようにおっしゃっていたのですが、もっといい部屋がないのか聞いてまいります」
「大丈夫! ここで!」
むしろこういった部屋のほうが私は落ち着いて仕事ができる、と言っておく。
ロホスさんは申し訳なさそうにしながら、「お茶をお運びしますね」と言ってくれた。
会釈をしつつ去って行くロホスさんがいなくなると、アンゼルムが姿を現す。
『ルル、ここはギルベルトも使っていた部屋なのよ』
「ええ、実の息子にもここを使わせていたの?」
『そうみたい、っていうか、歴代の当主も爵位継承前に使っていたみたいね』
嫌がらせではないから、とアンゼルムが教えてくれた。
『この家の教育は厳しくって、何もかも手に入る豊かな環境で育つとろくでもない人間に育つと考えているみたいで』
「そ、そうだったんだ」
むしろ歴代のご当主様が使っていた部屋を与えてくれるなんて、特別扱いだとしか言いようがない。ありがたく使わせていただこう。




