お屋敷の深い闇
エルク殿下のお屋敷の闇を見てしまい、落ち込んでしまう。
ずっと働きたくなるような環境だ、なんて思っていたのに……。
記録の確認を再開させる。
続いて映し出されたのは執事のフィリップ。
彼は毒見だと言って私室に大量のワインやチーズ、サラミ、生ハムなどを運び込むよう下級従僕達に指示。
私室にはワインセラーがあって、巨大な生ハムを削ぎつつ優雅にワインを飲んでいた。
下級従僕達にも口止めとしてチーズの塊を手渡している。
「うわあ、見本のような横領……」
『ここまでくると見事ねえ』
続いて家令のマルクスは金庫室を調べる振りをして、金の匙をこっそりポケットに忍ばせていた。
「こっちは着服だあ」
『慣れた手つきね』
もう見たくない。そう思っているのに、ハティが持ち帰った記録はエルク殿下のお屋敷の闇を次々と映し出す。
「今度はミセス・ケーラーだ」
彼女がやってきたのは、私が使っていた部屋である。
化粧台の一番下にある、鍵付きの引き出しを開いていた。
『あそこ、鍵がかかっていたのね』
「知らなかった」
化粧台の引き出しにはノータッチだったので、中に入っている物は初めて見る。
そこにはエメラルドの耳飾りと首飾りが納められていた。
『やだ、エルク殿下ったら、ルルのために宝飾品まで用意していたのね』
「そうなの!?」
ミセス・ケーラーはうっとりした表情で手に取ると、ぽつりと呟く。
『これに気付いていないなんて、ルルさんはうっかり屋さんなんだから』
口調はいつものミセス・ケーラーだが、表情は実に悪い顔をしている。
そして次の瞬間には、ポケットにエメラルドの耳飾りと首飾りを落としていた。
『いなくなったときに、持ち出したことにしたことにすればいいわよね』
よくない! ぜんぜんよくない!
まさか私の部屋だった場所から、エルク殿下から与えられた品を持ち出すなんて。
「ミセス・ケーラーだけは大丈夫って思っていたのに」
『もう何も信じられなくなるわよねえ』
このあときっと、ミセス・ケーラーは私がエメラルドの耳飾りと首飾りを持ち出したとエルク殿下に報告するだろう。
「うう、最悪だ」
『まあ、エルク殿下はお許しになるだろうけれど』
エルク殿下はそうだとしても、他の使用人は私を盗人だと思うに違いない。
「酷い、酷すぎる」
撤退が早かったので覚えのない罪を被せられることはない、と思っていたのだが、現実は残酷だった。
もう誰も信用できない、と思っていたテアとチェルシー、アビーにクララの姿が映し出される。
彼女達の話は聞きたくない。そう思っていたが――。
『ルル様、いなくなっちゃった』
『いい人だったのに』
『寂しいわ』
『エルク殿下と結婚するものだと思っていたんだけれど』
皆、私がいなくなったと知らされ、しょんぼりしていた。
『さっき、雑役メイドのケイが、今だったらルル様の私室のお下がりを貰えるって言っていたわ』
その話を聞いたテアは眉を顰める。
『それって盗難では?』
『たしかにそうね』
『間違いないわ』
何年もエルク殿下のお屋敷にいるというのに、彼女達が使用人達の悪習に染まっていないらしい。
その後、私が出て行ったことを盛大に惜しむだけでなく、ハティまでもいなくなって寂しい、かわいい子だったのに、とまで言ってくれた。
話を聞いていたハティは、危うく『ハティはここにいるよ!』と言いそうになったようだが、なんとか我慢したという。
最後に彼女達は、私が使っていた部屋をきれいに掃除しよう、と気合いを入れていた。
「うう、みんな……!」
『あの子達、どうにかしてヴェイマル家に引き抜けないかしら?』
「そうしたい、今すぐに」
エルク殿下のお屋敷の環境はいいものとは言えない。
正しく生きる彼女達が悪者にされるようなこともあるかもしれないのだ。
「ギルベルトに頼んでみよう」
『そうね、それがいいわ』
人間不信になりそうな情報の数々だったが、テア達のおかげで心の平穏を保つことができた。今すぐにでも感謝したい。
最後に私がルビーのチョーカーを預けた金庫が映し出される。
「ここは魔力を使った鍵をかけているから――」
『あら?』
「う、嘘でしょう!?」
金庫の鍵が開かれ、中は空っぽになった状態が映し出される。
「チョーカーまで盗まれているなんて」
『酷いわ……!』
これは正式に抗議したほうがいいだろう、とアンゼルムは言う。
私もこれはあんまりだと思った。
「ひとまず報告書にまとめなきゃいけない」
『大丈夫?』
「ええ、平気」
テア達のおかげでなんとか頑張れそうだ。
ハティに感謝し、ご褒美のパンや果物を与える。
私は先ほど見た情報についてせっせと報告書にまとめ、メイドに託そうか、と思っていた矢先、どたばたと誰かがやってくる音が聞こえてきた。
「またヴェイマル侯爵?」
『いいえ、今回は複数いるわね』
慌てて化粧魔法でルル・フォン・カステルの顔を作っておく。
やってきたのは下級従僕とメイド達。
メイドの一人が会釈し、「こちらへ」とどこかへ誘導しようとしていた。
「えっ、あの、どこに?」
「本邸のほうへお連れするよう、ヴェイマル侯爵より指示がございました」
「ええ!?」
いったいどうして私が本邸に行かなければならないのか。
次々と私物を回収し箱に詰め始めたので、一時的な呼び出しではないだろう。
私の私物というのはそこまで多くない。ツィツェリエル嬢のドレスは似合わない上に、私服は露出が高くて色っぽすぎたので、離れにあったメイドが着るようなエプロンドレスの裾や丈を詰めたり伸ばしたりして仕立てたワンピースが数着あるばかり。
従僕とメイドはあっという間に木箱に私物を詰め、運び出していく。
このままの格好でいくのもどうかと思ったので、ツィツェリエル嬢のドレスの中でも比較的落ち着いたドレスを着用した。
「参りましょう」
「は、はあ」
なんだか逆らったらいけないような気がして、大人しくついていった。アンゼルムも姿を消した状態でついてきてくれる。
初めて足を踏み入れる本邸は、離れと比べものにならないくらい立派だった。
飾られた調度品などは金や銀製でピカピカ輝いている。
エルク殿下のお屋敷よりも裕福な造りだ。これを見たら、ヴェイマル侯爵がかなり儲けていると思うに違いない。
これらの品々についてアンゼルムが解説してくれた。
『贅沢な調度品の数々は、魔王を倒した初代が国王陛下から報酬として渡された品々なのよ。それを長年大事にしているの。成金みたいに飾っているけれど、大昔からある品々なんだから』
何百年と経っても、金や銀の輝きは衰えないようだ。
私を案内する人がメイドから家令に変わる。
「お初にお目にかかります。私はこの家の家政を取り仕切る、ロホス・オービッツと申します」
「ルル・フォン・カステルです」
「敬語は不要ですよ、お嬢様」
年頃は六十代半ばくらいだろうか。白髭を蓄えた紳士、といった出で立ちである。
そんなロホスの案内で連れていかれたのは、ヴェイマル侯爵の執務室だった。
従僕の手によって扉が開かれる。そこには窓から差し込む光を背に、腕組みして立つヴェイマル侯爵の姿があった。
「遅かったな。化粧でもしていたのか?」
「は、はい」
ヴェイマル侯爵は私の本当の顔を見ても、別人だと騒ぎ立てることはしない。
ギルベルトの言っていたとおり、すっぴんと化粧の顔が異なる女性がいるというのを、しっかり把握しているのだろう。
「も、申し訳ありません」
「身なりなんぞどうでもいいから、呼びだされたときは五分以内にこい」
「次からはそういたします」
なんというか、威圧感がとてつもない。今すぐにでも平伏したい気持ちに駆られる。
会話が途切れたまま話そうとしないので、勇気を振り絞ってみる。
「あの、この度はどういったご用で」
「お前はここに住んで、花嫁修業をしろ」
な、な、な、なんだってーーーーー!?
と、ヴェイマル侯爵の前で叫ばなかった私を誰か褒めてほしい。




