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ヴェイマル家のご当主様

 アンゼルムがベレー帽を被ったら作家っぽい! というので被ってみた。

 長い髪が執筆を妨害しつつあったのでちょうどいい。目にかかっていた髪などもすべて入れると、なかなかいい感じだ。

 先ほどの短編の詳しい描写を加えつつ清書する。結果、五枚分の物語となった。

 アンゼルムに誤字脱字など確認したあと封筒に収める。

 どこに送ろうか話し合った結果、私とアンゼルムが大ファンである連載小説、エーリン先生の〝心躍らず〟を連載しているドリス紙を発行している出版社に決めた。

 読み直そうか、と思って原稿を取りだした瞬間、どたばたと誰かが押し入るような物音が聞こえた。


「え、何?」

『騒がしいわね』


 一瞬ギルベルトかと思ったものの、彼はこのように騒々しくやってこない。

 身構えていたら、部屋の扉が勢いよく開かれる。


「父上、お待ちください!!」


 ギルベルトの大声に驚いたが、それ以上に部屋にやってきた人物にびっくりしてしまう。

 強面のおじさん――それがこの男性の第一印象だった。


「お前がルル・フォン・カステルか!?」

「ええっ!?」


 今はツィツェリエル嬢のすっぴん状態でいるので、ルル・フォン・カステルではない。

 けれども強面のおじさんは今の状態の私をルル・フォン・カステルだと勘違いしたようだ。


 強面のおじさんの押し入りから数秒遅れてギルベルトがやってきた。

 目が合うと、ばつが悪そうな表情を浮かべる。


「何をぽかんとしているんだ! ツィツェリエルの部屋を乗っ取っている上に、このような騒動を起こして!」


 強面のおじさんは私の前に新聞を投げつける。

 貴族のゴシップ誌だな、と思いながら手をのばしたものの、一面にあった記事を見てギョッとする。

 そこには想像もしていなかった報道がされていた。


「――ヴェイマル公子、エルク殿下の恋人ルル・フォン・カステルを略奪!? ルネ村出身の田舎令嬢、禁断の二股って、ええ!?」


 信じがたい文字の羅列に我が目を疑ってしまう。

 呆然としていたら、ギルベルトが私と強面のおじさんの間に割って入ってきた。


「父上、誤解です!」

「何が誤解なんだ! ツィツェリエル嬢の離れにこの娘を匿っておいて、誤解も何もあるものか!」


 ツィツェリエルはどこにいる!? と言われるも、ここにおりますとは言えない。

 気まずい空気の中、ギルベルトが空気を読まずに強面のおじさんを紹介してくれる。


「この人は俺の父親であり、ヴェイマル侯爵でもある――」


 ギルベルトがちらりと強面のおじさん改め、ヴェイマル侯爵を見ると不機嫌な様子で自己紹介してくれた。


「グレゴール・フォン・ヴェイマル」


 この状況で紹介するというのは、ギルベルトは私をツィツェリエル嬢としてでなく、ルル・フォン・カステルとして扱っていることになる。

 そんなことなんてしてもいいのか。ギルベルトのほうを見ると、今度はヴェイマル侯爵に私を紹介し始めた。


「彼女はルネ村出身の貴族令嬢、ルル・フォン・カステルです」

「知っている」


 ヴェイマル侯爵は腕組みし、気に食わないとばかりに片眉をピンと上げながら言葉を返していた。

 いやいや、それよりもヴェイマル侯爵相手に嘘を言っていいものなのか。

 ギルベルトのほうを見たら口をパクパクさせ、「話を合わせろ!」なんて訴えているように見える。

 そんな指示をされましても……。

 さらに彼はとんでもないことを言い出した。


「父上、お願いがあります」


 この険悪な雰囲気の中でその発言はどうなのか。

 ヴェイマル侯爵はじろり、とギルベルトを睨み付ける。とてもお願いを聞いてくれるようには見えないのだが……。


「彼女、ルル・フォン・カステルとの婚約を許可してください」

「ええーーーー!?」


 誰よりも大きな声をあげてしまい、注目を集めてしまう。

 強面親子に睨まれ、ヒッ! と悲鳴を呑み込んでしまった。


「ルル・フォン・カステル、なぜ、お前がギルベルトの言葉に驚く? 声をあげたいのは私のほうなのだが」

「いえ、あの、ははは」


 もはや渇いた笑いしか出てこない。ギルベルトは再度口をパクパクさせ、「黙っておけ!」と私を脅すような迫力でいた。とても婚約したい女性に向ける態度ではないだろう。


「なぜ、この女なんだ? これまで散々結婚話を渋ってきたというのに」

「それは――」

『〝真なる愛〟よ!!』


 突然、アンゼルムが姿を現し叫んだので、さすがのヴェイマル侯爵も驚いているようだ。


「貴殿はたしか、我がヴェイマル侯爵家を守護する大精霊――?」

『アンゼルムよ』


 どうやらヴェイマル侯爵はアンゼルムのことを知っていたらしい。


『初めまして、だったかしら?』

「ああ。先代から話だけは聞いていた」


 アンゼルムはたとえヴェイマル家のご当主様の前であっても、気軽に姿を現す存在ではない、と伝わっていたらしい。

 ギルベルトの前には現れていたようだが、ヴェイマル侯爵とは初めましてだという。


『この子達はね、純愛なのよ。大精霊の名において、あたしは応援しているの。だからやいやい言わないでちょうだいな』

「……」


 ヴェイマル侯爵は私をじっと睨み、眉間の皺を深くしていく。

 田舎貴族の娘との婚約なんて反対したいが、アンゼルムが肩を持つ手前何も言えないのだろう。


「好きにしろ」


 ヴェイマル侯爵は吐き捨てるように言ったあと、部屋から去っていった。

 部屋が乱暴にばたん! と締められ、私とギルベルト、アンゼルムが取り残される。

 足音が聞こえなくなると、私はギルベルトに疑問を投げかけた。


「な、なんなの、突然?」

「親父がこの記事を読んで激怒したんだよ」


 ヴェイマル侯爵の前では父上と呼び、敬語を使っているのに、いなくなった途端に親父呼びである。親の前以外では悪ぶりたいお年頃なんだな、と思うようにした。


「それで父の側近の一人がお前の姿を目撃していたみたいで、離れにルル・フォン・カステルを連れ込んでいるって密告しやがったんだ」


 フットワークが軽いらしいヴェイマル侯爵は激高し、私を追いだすために離れに乗り込んできた、というわけだったという。

 一応、私はツィツェリエル嬢の侍女だ、とギルベルトは説明してくれたらしい。

 けれどもエルク殿下から略奪した女を傍に置いておくなど言語道断! と言ってこの手で直接追いだしてやる! と主張して聞かなかったようだ。


「お前を追いださないために、婚約の話を持ち出したんだ」


 ギルベルトの身を切るような行動に、ひたすら驚くばかりだった。

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