本当の気持ち
「その、なんて言えばいいのかわからないけれど、私はエルク殿下のお屋敷で、とてもよくしてもらっていたの」
使用人のみんなは優しく、豪勢な部屋を与えられて、仕事も便利な魔技巧品を貸してもらえるだけでなく、担当するのはエルク殿下の私室で、さらに食事はおいしくって部屋にはメイド付きで――。
「お屋敷には女主人がいないからって、エルク殿下はわざわざドレスまであつらえてくれて」
本当の本当に、私にはもったいないくらいの待遇だった。
「家族が恋しくなったとき、エルク殿下は私を優しく抱きしめてくれた」
「あいつ、そんなことまでしたのかよ」
「ええ……」
正直に言うと、親しくないのにそこまでするのか、とどこか他人事のように思ってしまった。
「社交界デビューのときだってそう」
エルク殿下はスマートに登場し、ギルベルトから絡まれていた私を助けてくれた。
それだけでなく、謁見の時間には私にだけ優しく声をかけてくれたし、相手がいないダンスパーティーで最初の一曲という名誉あるパートナーに選んでくれたのだ。
「そのどれもが、女性ならば誰もが憧れるような状況だったと思う」
別に大したことなんてしていないのに、次々と夢のような状況がもたらされる。
まるで物語の主人公のような待遇だった。
エルク殿下は誠実で広い見識を持ち、誰に対しても平等。品行方正という言葉が誰よりも相応しい立派なお方だ。
そんな男性に特別扱いされて、舞い上がらない人なんていないだろう。
「でも私は、そんなことひとつも望んでいなかった」
誰かに何かをしてもらえるときは、それ相応の理由がある。
それは愛だったり、働きだったり、気持ちだったり。
相手に何か与えて初めて、受け入れられるものだろう。
私は何もしていない。
「目の前に出されたものを、ただただ受け取るだけ。そんなの、餌を与えられる家畜と同じ」
その家畜は肉を食べるために餌を与える。
家畜は将来食べられるために餌を与えられているのなんて、知る由もないのだ。
「家畜と同じように、近い将来、エルクの野郎に利用されるって思ったのか?」
「わからない」
エルク殿下がそんなことをするなんて思えない。
だからきっと理由は他にもある。
ふと、握ったカップがまだ温かいことに気付く。よくよく確認してみれば、カップに呪文が描かれていた。これは中身が冷えないように魔法が施された魔技巧品なのだろう。
ここで私はギルベルトを選んだ本当の理由に気付く。
「あなたを選んだ理由は、これなんだと思う」
「紅茶?」
「それだけじゃなくて、チョコレートも」
「エルクの野郎がもお前にもたらしたドレスや待遇よりも、チョコレートや紅茶のほうが嬉しかったのか?」
「いいえ、違うの」
同じようにエルク殿下がチョコレートや紅茶をくれても、私の心は動かなかっただろう。
「あなたは私の心に寄り添うように、チョコレートや紅茶をくれたから」
以前持ってきてくれた小説だってそう。忙しいはずなのに、大急ぎで切り抜きを用意し、運んできてくれたのだ。
言葉にしてからようやくエルク殿下に対して感じていた、もやもやしていた気持ちに気付く。
そうだ、そうだった。
私はドレスも豪勢な部屋も、特別な待遇も、優しい抱擁も、何一つ望んでいない。
きっとエルク殿下は喜ぶだろうと思って用意してくれたのだろうが、私の心にはどれも響いていなかった。
「変な奴だな。普通、エルクの野郎に特別扱いされて喜ばない女なんていないのに」
「恐れ多かったの。私はエルク殿下に相応しい家柄でないし、教育も受けていないから」
それにこの体はツィツェリエル嬢のものだ。何かされても、どこか他人事のように思っていたのかもしれない。
屋敷へも調査のためにいっているのに、他の使用人の反感を買うような扱いを受けて気まずかった、というのもあったのだろう。
「とにかく、今はホッとしていて――あ!!」
「どうした?」
「ハティがエルク殿下のお屋敷にいるの! どうしよう!」
私がいなくなったから外に放りだされたり、捕まったり、人質ならぬ鳩質になっていたりしないだろうか?
「もしかしたら食材として連れていかれているかも!?」
『ルル、落ち着きなさい』
アンゼルムが優しく肉球で背中をぽんぽん叩いてくれる。
『ハティとあなたは契約状態にあるから、召喚したらここに喚べるわ』
「召喚ってどうするの?」
『名前を呼べばいいのよ、やり方を教えてあげるから安心なさい』
「アン、ありがとう!」
アンゼルムが作成した魔法陣でハティをこの場に呼び寄せる。
「いでよ、我が使い魔、ハティ!!」
魔法陣が光り輝き、鳩のシルエットが浮かび上がった。
ハティは鳥かごの中で眠り、むにゃむにゃと寝言を言っている。
『うーーん、それ以上は食べられないなりぃ』
なんだか楽しそうな夢を見ているようだ。
「よ、よかったあ」
その場にがっくりと脱力してしまう。
ホッとしたのもつかの間のこと。もう一つ、私はエルク殿下のお屋敷に大切な物を置いていた。
「ルビーのチョーカー!」
ギルベルトにも大変だ! と報告するも、彼はピンときている様子ではない。
「なんだ、ルビーのチョーカーって?」
「え?」




