一杯の紅茶
パチパチパチ……と心地よい火の音で目を覚ます。
実家の暖炉も火を熾していたのだ。
昨今は火魔石で暖を取るのが主流になっているものの、我が家は昔ながらの薪暖炉だったのだ。
昔からの生活を大切にしていた――のではなく火魔石を購入するお金がなかっただけなのだが。
ただ、薪が燃える音はとても落ち着く。
ごつごつした硬い石の地面に横たわっていたとしても、熟睡できたのだ――。
「えっ、硬い石の地面!?」
いったいどういう状況!? と慌てて飛び起きると、すぐ傍に目を丸くするギルベルトがいた。
「お前――」
『ルル、もう大丈夫なの!?』
声を振り返るとアンゼルムの姿もあった。
辺りをキョロキョロ見回すと、洞窟のようなごつごつした石や岩に囲まれた空間にいることに気付く。明るくなっているほうを見ると、鳥と獅子を混ぜたような大きな生き物がいてギョッとした。
「あ、あれは!?」
「俺の使い魔、鷹獅子だ」
「ああ!」
外は雨がザーザー降っていて、出歩けるような状況ではない。
おそらく私達はここで雨宿りをしているのだろう。
「落ち着いたか?」
「あ――はい」
ようやく我に返ることができた。
『ルル、改めて聞くけれど、体は平気なの?』
「私はぜんぜん! それよりもギルベルトのほうが――」
「俺も無傷だ。つーか、お前が治したらしいな」
「あ~~~~」
『ごめんなさい。私が説明したの』
なんでもギルベルトは倒れた私を見て、犠牲魔法を使ったのではないか、と大騒ぎしていたらしい。
「犠牲魔法って?」
「命と引き換えに使える奇跡の魔法だ」
なんでもヴェイマル家に伝わる禁術らしい。
「ツィツェリエルの体だから、何かしら記憶が残っていて使ったのかと思った」
勘違いを正すために、アンゼルムが説明したという。
『ごめんなさいね。この子、見苦しく慌てるものだから』
「おい、さっきのことは喋るなって言っただろうが!」
『いいじゃない。それにルルの秘密を喋ってしまったから、こちらも情報を与えないとと思って』
「ヴェイマル家の禁術についての情報だけで充分だっただろうが!」
『言われてみればそうね』
元気いっぱいのギルベルトを見て、ホッとする。
どうやらエナジー・ヒールは成功したようで、お腹の傷もすっかり癒えたらしい。
「それにしても、エナジー・ヒールとやらはすごいな。傷跡までないなんて」
『あら、傷跡は男の勲章なんじゃないの?』
「エルクの野郎につけられた傷が残るなんてゾッとする。それに傷跡なんて恥でしかないだろうが」
『それを聞いて安心したわ。男ってすぐに命を捨てるような戦いをするから』
「何百年前の男の話だ。今は元気にケガなく生き残ったほうが勝ちだろうが」
『それもそうねえ』
二人の会話を聞いて思わず笑ってしまったが、げほげほと咳き込んでしまう。
『ここ、埃っぽいわよねえ』
「ええ」
飴でも舐めようか、と思ったものの、私の私物はエルク殿下の走行竜に載せたままだった。
ギルベルトは何を思ったのか、近くに置いてあった鞄から茶器を出してお茶を淹れ始める。
魔石ポットで湯を沸かし、その中に茶葉を入れて蒸らす。
『ねえ、お湯は別のポットに注いで空気を入れないと、茶葉が開かないのよ』
「うるせー。飲まないやつがいろいろ言うなよ」
ギルベルトはお茶をカップに注ぎ、蜂蜜を垂らす。それを私に差し出してくれた。
「飲め」
「いいの?」
「ああ」
ありがたく受け取り、ふーふーと冷ましてから飲む。
甘くて茶葉がいい香りで、とても癒やされた。
どうやら私が咳き込んだので用意してくれたらしい。
「ギルベルト、あなたは飲まないの?」
「俺は別に喉なんか渇いていないから」
『カップが一個しかないのよねえ』
「なっ!?」
ギルベルトはアンゼルムを全力で睨み付ける。
「カップなんざ腐るほどあるんだよ!」
『だったらあたしにも淹れてくれるかしら? なんだか喉が渇いてしまって』
「お前に飲ませる茶なんかない!!」
『ルルは特別なのね』
「うるさい!!」
なんだかギルベルトとアンゼルムのケンカも微笑ましく思ってしまう。
きっとエルク殿下相手の激しい言い合いを聞いたあとだからだろうけれど。
「それはそうと……お前、俺のところにきたからには、もうエルクの野郎のところには戻れないが、いいのか?」
そうだった。私はとっさにエルク殿下でなく、ギルベルトのほうに走ってしまったのだ。
「私、どうしてギルベルトのほうを選んだんだろう?」
「無意識だったのかよ」
「そうなの!」
自分でもあの状況でなぜ、ギルベルトを選んでしまったのかわからなかった。
ツィツェリエル嬢の体だったからなのだろうか。
いいや、もしもこの体にツィツェリエル嬢の気持ちが残っているとしたら、エルク殿下を選ぶはずだ。
ツィツェリエル嬢のせいにしてはいけない。間違いなく、私の意志なのだ。
『エルク殿下に勝てるわけないのに、ケンカをふっかけるあなたが気の毒だったからよ』
「そうなのか!?」
「そう、かもしれない。でも、それだけではない、と思う」
ここでふいに、ミセス・ケーラーの言葉が蘇ってきた。
――あなたくらいの年齢は、穏やかで優しい男性よりも、ミステリアスで悪っぽい男性のほうが魅力的に映るのね。困ったものだわ。
違う! そんな理由ではない!
断固として否定させていただく。




