虫の息の青年
どちらが善でどちらが悪なのか、会話や行動からわかっていた。
それなのに、エルク殿下に身を委ねず、ギルベルトのほうへと走ってしまったのだ。
アンゼルムも私のあとに続いていた。
エルク殿下の転移魔法は途中で止まらず、そのまま発現されたようだ。
「ルル嬢――!!」
そんな言葉を残し、気配がなくなる。
エルク殿下がこの場にいなくなったからか、黒竜が展開させたと思われる杭の魔法が消えてなくなる。
けれどもギルベルトが腹部に受けた傷はなくならない。
彼は自らの血溜まりの中に膝を突く。ぐっと手で傷口を押さえているが、血は止まることなく流れ続けていた。
「ギルベルト!!」
『あんた、大丈夫なの!?』
「大丈夫そうに、見えるのかよ」
こんな状況でも、軽口を叩く元気はあるらしい。さらにギルベルトは私を見て、嘲笑いながら言った。
「お前、やっぱりバカだ」
もっと他に言うこともあるだろうに。いいや、今は彼の言葉を気にしている場合ではない。
「おい、聞こえていたのか?」
会話なんかする余裕なんてないだろうに……なんて思ったら咳き込んで吐血していた。
『ちょっ! ギルベルト、あなた』
体を支えようとしたら、ギルベルトはそのまま倒れ込んでしまう。
この出血量だ。近くの街まで運んで治療を受けても助かるかどうか。いいや、あの街にまともな病院ばかりあるはずがない。
こうなったら――。
私がぐっと拳を握るのと同時に、アンゼルムがハッとなる。
『あなたまさか、この子にあの力を使うつもり!?』
「この出血量では、お医者様の手でもきっと助からないだろうから」
あれは何年前の話だったか。王都で馬車にひかれた人を目撃したのは。
とてつもない出血だったのでエナジー・ヒールを施したほうがいいのでは、と母と叔母に聞いたものの、許してくれなかった。
あの出血量を治すためにエナジーヒールとしたとしたら、大量の魔力を消費する。おそらく命を脅かすくらいのものだろう、と母は言い切った。
このまま見ていることしかできないのか、ともどかしくなる。
幸いにも事故に遭った人はすぐに近くの病院に運ばれた。よかった、とホッとしたのもつかの間だった。翌日の新聞で医者が処置をするも命を散らした、と報じられていたのだ。
通常、事故は大きく報道されないものの、その人は名のある舞台俳優だったらしい。そのため、一面で大きく掲載されていたという。
ギルベルトの出血量はあの当時に見たものよりも多い。
『危険よ! あなたの命を脅かすような状況になるのよ!』
「平気」
『平気なわけ――』
「ここはボースハイトが漂うヴェイマル家の土地だから」
ツィツェリエル嬢はボースハイトを自らの体に取り込み、魔力にできる能力を持つ。
それを源にギルベルトの傷を回復できるのだ。
ツィツェリエル嬢について何もわからないはずだったのに、今はどうしてかボースハイトを魔力に変換する方法がわかる。
どうしてかとか、そういうのを考えるのはあとだ。
集中し、周囲のボースハイトを自らに取り込む。
「集え、この世の悪意よ」
ボースハイトは黒い靄と化し、目視できるようになった。
そんなボースハイトが体に集まってくる。
「――ッ!」
ボースハイトを取り込んだ瞬間、苦しみと悲しみ、痛みに恨み、憎悪、怒りなどなど、ありとあらゆる悪感情に襲われる。
辛い。あまりにも辛い。
息苦しくて、頭はガンガンと金槌で打たれるように痛み、自然と涙が零れる。
もういっそ、死んでしまったほうがマシ。
そんな思いに襲われるも、次なる呪文を口にする。
「我が力となれ、この世の悪意よ」
その呪文を口にした瞬間、体がスッと軽くなる。
けれどもそれは一瞬のことで、息苦しさと体の倦怠感が体を支配する。それだけでなく、吐き気も催す。
「う、うぷ!」
『ルル、大丈夫!?』
「うう、大丈夫じゃないけれど……」
これは魔力を多く体内に抱えたことによるものだろう。
早くエナジー・ヒールを使わなければ。
ギルベルトの傷口に手をかざし、呪文を唱える。
「傷つきし存在の痛手を癒やし賜え――エナジー・ヒール!」
魔法陣が浮かんでギルベルトの傷口が光り輝く。
大きな傷を回復させているからか、魔力の反動で手がガタガタ震える。このままでは体ごと吹き飛んでしまいそうだ。
いったいどうすればいいのか、と思った瞬間、アンゼルムが大きな手を重ねてくれた。
すると、驚くほど魔法が安定する。きっとなんらかの魔法で支えてくれているのだろう。
「アン、ありがとう!」
『いいから、エナジー・ヒールに集中なさい』
「わかった!」
ありったけの魔力をエナジー・ヒールに注いで、ギルベルトの傷が治りますようにと祈りを捧げる。
魔法陣が消え、光が収まると、ギルベルトの傷がきれいさっぱりなくなっているのに気付いた。
「ああ、よかった――」
ホッと安堵したら、集中の糸がぶつりと切れたような感覚を味わう。
「あら?」
ギルベルトの様子を確認したいのに、どんどん視界がぼやけていく。
目をごしごし擦ったら、視界は真っ暗になってしまった。
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