光と影の戦い
「おいおいおいおい、どうしてエルク王弟殿下が他人の敷地に無断で入っているんだよ!」
「事情があってここにいるだけです」
「はあ? なんだそりゃ」
一触即発の雰囲気の中、私は恐怖のあまりアンゼルムに抱きつく。
『ルル、ごめんなさい。エルク殿下から姿を隠しそびれたわ』
「わ、私が抱きついてしまったから」
『いいえ、ルルがしがみついてくるよりも前に、彼はあたしの存在に気付いていたみたいなの』
「そ、そうだったんだ」
ギルベルトがいるという突然の状況の中で、アンゼルムにもしっかり気付くとは。さすがエルク殿下である。
「お上品で心がお清く振る舞いもご立派なエルク王弟殿下が、断りもせずに他人の敷地へ入り込む事情とは? 聞かせてもらえるだろうか?」
「もともと国内の土地は王家が所有するものです。各貴族はそれを管理しているだけに過ぎない」
「はっ! この国のすべての土地は王家の物だから、無断侵入してもごちゃごちゃ文句は言うなと!?」
「一応、国王陛下の許可は取っておりますので」
「なるほど。管理者であるヴェイマル家に話を通さなかったのは、国王陛下の不手際、というわけか!」
「いいえ、そういうことではなく」
「こそこそ他人の敷地を嗅ぎ回って、気に食わない!」
「冷静になってください。話をしましょう」
「うるさい!」
エルク殿下は冷静だが、ギルベルトのほうは完全に頭に血が上っている。
このままではよくないが、暴走状態の彼を止める術など知るわけもない。
「アン、どうしよう。このままじゃケンカになるかも」
『一回、痛い目に遭っていたほうがいいのかもしれないわね』
「そんな!」
ギルベルトの口調は乱暴になり、どんどん余裕がなくなっている。
一方で、エルク殿下のほうは風のない湖の水面のように落ち着いていた。
まるで火と水である。
もしも水のほうが勝っていたら、勢いよく燃えさかる火はあっさり消されてしまうだろう。
「ギルベルト、一回お家に帰ろう!!」
ダメ元で叫んでみる。するとギルベルトはぴくりと反応し、こちらを見た。
が、すぐにエルク殿下が私の言葉を制する。
「ルル嬢、このような粗暴な者についていってはいけません!」
「なんだと!?」
ぶち、とギルベルトの感情の線が切れる音がしたような気がした。
彼が剣を抜くよりも先に、エルク殿下が抜刀し、あっという間にギルベルトへ接近する。
ギルベルトも剣を抜いてエルク殿下へ斬りかかろうとした。
しかしながらギルベルトの剣は弾かれ、飛んでいく。
エルク殿下はギルベルトの胸ぐらを掴んで、一気に地へ伏せる。
実力は明らかだ。そう思っていたが、ギルベルトは焦っておらず、ごろんと転がって大地へ身を任せているように見えた。
隣にいたアンゼルムが、驚くべきことを言った。
『あの子、こんな状況なのに笑っているわ』
「な、なんで!?」
なぜそのように余裕たっぷりでいるのか。わけがわからなかった。
「ギルベルト・フォン・ヴェイマル、何がおかしい?」
「いや、やっとこの距離まできやがった、と思って」
「何を――」
ここでギルベルトがやりたかったことと、どうして余裕があったか気付く。
エルク殿下から黒い糸が垂れる。それをギルベルトは掴んで大きく腕を振った。するとエルク殿下の体は弧を描いて飛んでいく。
「なっ、この糸は!?」
「教えてやるかよ」
すぐに剣でエルク殿下が切ろうとしたが、すぐに異変に気付いたようだ。
「これは――私の魔力!?」
「あーあ、気付いてしまったか。あのまま自分で切っていたら傑作だったのに」
剣で切っていたら死んでいたという。魔力とは生きとし生けるものの命の源。それを断つということはすなわち、死を意味する。
そんな魔力糸をギルベルトが操れるなんて、ゾッとするとしか言いようがない。
「なるほど。これはあなたに近づかないと扱えない、というわけですか」
「そんなわけあるか。お前が驚いて目を丸くするところを見たかったから、これまで使わなかったんだよ」
「なんて趣味の悪い……」
ギルベルトはエルク殿下の魔力糸を巧みに操り、手足を拘束している。
手首に巻いた魔力糸を強めると、エルク殿下は剣を落としてしまった。
「さて、平伏でもして謝罪してもらおうか」
「くっ……」
「俺でなく、父の前でな」
「ギルベルト・フォン・ヴェイマル、君は愚かだ」
「なんとでも言え――」
次の瞬間、ギルベルトの足下に魔法陣が浮かび上がり、黒い杭が突き出てくる。
鋭く太い杭はギルベルトの腹部に貫通した。
「――――――ッ!?」
上空より巨大な黒竜が現れる。エルク殿下の使い魔だ。
おそらくこの竜が魔法を使ったのだろう。
エルク殿下は拘束が解け、まっすぐにこちらへやってきた。
「ルル嬢、大丈夫ですか!? 酷いことはされませんでしたか!?」
酷いことなんてされていない。それどころか彼は、泣いている私を励ましてくれた。
「すぐに帰りましょう。ここは空気が悪い」
「……おい」
消え入るようなギルベルトの声が聞こえる。
大量の血を流し、息も絶え絶えだった。
エルク殿下は私を立ち上がらせ、肩を支えてくれる。
「お前、そいつに……ついていくな」
「何を言っているのですか! 彼女は私の大切な女性です」
「違うだろうが……おい、いいから、こい」
エルク殿下は転移魔法を使って、すぐに王都へ戻ると言う。
魔法が展開されようとした瞬間、私はなぜかエルク殿下を突き飛ばして、ギルベルトのほうへ走っていた。