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王弟殿下から特別扱いされていた私、なぜか悪女と体が入れ代わる  作者: 江本マシメサ
第四章 誰を信じようか

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出発の朝

『起きなさい、ルル、起きなさい』

「うーーーん、お母さん、あとちょっとだけ」

『誰がお母さんよ!』


 アンゼルムの大声でハッと目を覚ます。


「アン、おはよう」

『おはよう』


 なんでも私は朝からアンゼルムを母と勘違いしていたらしい。


『人間の子どもなんて育てた覚えはないのに』

「昨日、アンが私を寝かしつけてくれたから、お母さんって言ってしまったんだろうね」


 通常、貴族の家では乳母が子育てをするのだが、貧乏な我が家に雇う余裕なんてなく……。私は領民達と同じように、両親に育てられたのだ。

 朝も母から何度も起こしてもらっていたので、うっかりアンゼルムを母だと勘違いしたのだろう。


『それはそうと、そろそろ準備なさい。日の出と共に出発すると言っていたから』

「そうだった!」


 冬なので日の出は遅いが、身支度と荷造りがあるのでぼんやりしていられない。


『荷造りがあたしがしておくから、ルルは身なりを整えて』

「わかった! ありがとう!」

『お礼はいいから急ぎなさいな』

「はーい」


 母と娘のような会話をしたあと、私は洗面所で顔を洗い、歯を磨く。髪を丁寧に梳り、むくんだ顔はマッサージしておく。

 ドレスは動きやすい、丈が短めでスカートもすっきりしたデザインのものがいいだろう。悪目立ちをしないよう、色合いも枯れ葉みたいなローアンバーのドレスを選んだ。

 化粧もそこまで時間をかけずに、顔を赤みとくすみだけ目立たないように仕上げる。リップも一番暗い色合いのものを選んだ。

 髪型はひっつめただけのお団子にして、紺色のリボンを結ぶ。

 これで身なりは問題ないだろう。


『ルル、荷造りは終わったわ!』

「アン、ありがとう!」


 そんな会話を交わしたあと、アンゼルムは姿をスーーっと消す。

 どうしたのかと思いきや、扉が叩かれた。


「おはようございます、テアです」


 どうやら起床時間だったらしい。返事をすると、テアが入ってくる。

 私がエルク殿下と出かけるという話は使用人の間にも伝わっていたようで、紅茶と簡単に食べられる朝食を用意していたようだ。


「テア、ありがとう」

「本日はお出かけになるとお聞きしました」

「そうみたい。もしかしたら今日中に帰れないかもしれないの」


 姿を消すことができるアンゼルムは同行可能だが、ハティは難しいだろう。


「お願いがあるんだけれど、あそこにいる鳩にお昼と夕方、食事を用意してくれる?」


 今日初めてテアにハティを紹介する。


「白い鳩! とってもかわいいです」


 ハティは嬉しそうに羽をぶわっと膨らませたが、喜びの声を口にするのは我慢してくれたようだ。


「この子、ハティは何を食べるのですか?」


 ここでもハティは自分で主張しそうになったが、寸前で耐えたのが分かる。

 笑いそうになってしまったが、ぐっと我慢した。


「パンくずとか、果物とか好きなの」

「わかりました。お昼と夕方、ご用意しますね」

「ええ、お願い」


 ハティのことはテアに任せておけばいいだろう。

 もしかしたらうっかり喋ってしまうかもしれないので、念のためにテアに伝えておく。


「この子、とっても賢いから、もしかしたら喋るかもしれないんだ。もしも喋っても、びっくりしないでね」

「ハティはお喋りできるのですね! 賢いです!」


 テアが褒めると、ハティは胸を張って誇らしげな様子でいた。

 ハティは人見知りしないようでよかった。


 そうこうしているうちに、ミセス・ケーラーから声がかかる。


「ルルさん、準備はできてる?」

「はーい」


 姿を消したアンゼルムと共に出かけることとなった。

 竜は跨がって空を飛ぶものだと思っていたが、馬車みたいな車体が用意されていた。

 これを竜が運んでくれるらしい。

 竜の背中からうっかり落ちたらどうしよう、と思っていたものの、これならば安心である。

 エルク殿下がやってきて、庭に竜を呼んだ。

 すると、とてつもなく大きな黒い竜が飛んでくる。


「わあ、大きい!」

「あの子は竜車用の子なんですよ」


 重たい車体を運ぶための、力が強く大きな竜だという。

 他に戦場で騎乗する竜や、海を泳ぐ竜、地上を駆ける竜と他にも数体の竜を使役しているらしい。

 竜の使い魔は一頭だけかと思いきや、複数所持していたようだ。

 使い魔は魔力を対価として契約する。

 アンゼルムやハティもそうだが、契約時に提示された魔力はそこまで多くなかった。

 けれども竜相手の契約はそうもいかないだろう。

 エルク殿下はいったいどれだけの魔力をその身に宿しているのか。

 きっと剣術だけでなく、魔法の才能もあるのだろう。


 車に乗り込もうとする私に、エルク殿下は手を差し伸べてくれる。エスコートというものなのだろう。単に私の足取りが怪しかったので、手を貸してくれた可能性もあるが。


 私と一緒にアンゼルムもするりと乗り込んでくる。

 エルク殿下もあとに続いた。

 他にメイドや従僕も乗ってくるものだと思っていたのに、扉はバタンと閉められる。

 大勢いた使用人達は手を振っていた。どうやら全員、見送りをするためだけにやってきたようだ。


「あ、あの、エルク殿下」

「なんでしょう?」

「私以外に使用人は同行させないのですか?」

「ええ、極秘任務ですから」

「そ、そうですよね」


 これから向かう先は、ヴェイマル家が長年隠し通していた秘密の領地だ。秘密を外に漏らさないためにも、お供は最低限で行かなければならないのだろう。


 車体がわずかに揺れる。上昇しようとしているらしい。


「わっ、飛んでる!?」

「大丈夫ですよ、そこまで揺れないので」


 エルク殿下の言うとおり、竜車は馬車より揺れない。

 あっという間に上空まで昇ったのだった。


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