悪人一家、ヴェイマル侯爵家
なんでもエルク殿下はヴェイマル家についての情報を集め、悪評を払拭させようと動いていたらしい。
けれども結果的に、ヴェイマル家が悪人一家だと証明できる証拠を手にしてしまったという。
「ヴェイマル家の人達はいったい、何をされていたのですか?」
「罪もない人を連れ去り……要塞のような場所に閉じ込め……労働させていました」
「なっ!?」
ヴェイマル家の領地には、いくつか同じような街がある。
そこは高い塀に囲まれていて、周囲はヴェイマル家の私兵団が見張りをつけ、領地へも関係者以外立ち入りを許さないという厳重体勢が敷かれているらしい。
「数年前に……行方不明となった人も……確認……できたそうです」
街中では昼夜問わず住人を働かせ、劣悪な環境での暮らしを強制しているという。
「地下のある街では……とんでもない研究が……行われて……いました」
「い、いったい何をされていたのですか?」
「人間の……魔物化……です」
「なっ!?」
彼らは誘拐した人々を強制労働させるだけでなく体を魔改造させ、魔物を作る研究をしていた。
ゾッとするような話である。
「ここ十年くらい……魔物が増加傾向にあり……各地で魔物の集団暴走が……起きていました」
そういえば大人しいワイバーンが群れをなして村を襲撃した、という話をテア達から聞いたばかりである。
そのワイバーンも、もしかしたらヴェイマル家が造り出したものなのか。
だとしたら、ヴェイマル家は諸悪の根源である。
「人を魔物にする……魔法なんて……存在するはずが……ないんです」
もしもそれを実現するとしたら、とてつもない大きな力が必要になるという。
その話を聞いた瞬間、ハッとなる。
ボースハイト!!
彼らは人間から魔物を造り出すために、ボースハイトを集めているのかもしれない。
「私は……まだ……信じていません。あんな……清らかなツィツェリエル嬢が育った家が……悪事に手を染めていたなんて」
ツィツェリエル嬢が清らかなんて、彼女はエルク殿下の前ではとっておきの猫を被っていたのか。
いいや、ツィツェリエル嬢はもしかしたら、エルク殿下の前だけでは本当の自分でいられたのかもしれない。
それを考えると、胸がぎゅっと切なくなる。
「私は、自分自身の目で、確認に行くつもりです」
その声が思いのほかハッキリしていたので、ギョッとする。
エルク殿下はいつの間にか、自白茶葉の効果が切れていたようだ。
通常、自白茶葉を飲んだときの記憶は消えるのだが、エルク殿下はそうではないらしい。
毒の耐性があるからなのだろうか。よくわからない。
「あの、どうかしましたか?」
「いいえ、なんでもありません! それよりも、ヴェイマル家の領地は関係者以外立ち入りできないそうですが、入る手段はあるのですか?」
「竜に乗って上空から行けばいいのかな、と考えております」
「なるほど!」
そういえばエルク殿下は竜の使い魔を従えていると聞いていた。
竜であれば、ヴェイマル家の警戒態勢を乗り越えて潜入できるのだろう。
「ルル嬢、よろしければなのですが、一緒にヴェイマル侯爵家の領地を視察に行きませんか?」
それは願ってもない提案だ。私もヴェイマル家の人々が本当に悪なのか知りたいから。
真実を知ったら、ツィツェリエル嬢の苦しみや葛藤にも気づけるだろう。
「お邪魔でなければ、ご一緒させてください」
そんな言葉を返すと、エルク殿下は安堵の表情を見せる。
「よかった。実はひとりで行くのが恐ろしかったんです」
きっと本当の意味で怖いというのではなく、真実を目の当たりにしてがっかりすることが恐ろしいのだろう。
「それにしても、不思議ですね。この件については誰かに打ち明けるつもりはなかったのに」
それは自白茶葉のせいです!! とは口が裂けても言えない。
毒に耐性があるエルク殿下に効果があって本当によかった。
「もしかしたら、ルル嬢のことを仲間だと思っていたからなのかもしれません」
「眠れない仲間、ですか?」
そんな言葉を返すと、エルク殿下に笑われてしまう。どうやら違ったらしい。
「それもあるかもしれないですね。ですが、私達はツィツェリエル嬢をお慕いする仲でもあります」
「ああ! そうでしたね!」
ツィツェリエル嬢に対して憧れを抱いている、という話をエルク殿下は覚えていたのだろう。
「彼女はとてつもなくお美しいお方ですから……」
ツィツェリエル嬢の様子を思い出しながら、口にしてしまう。
堂々と夜会の広間を歩く姿は本当に美しかった。何度礼儀作法を習っても、あのような所作など身につかないだろう。きっとツィツェリエル嬢は血の滲むような努力をしたに違いない。
「今日の夜明けに行く予定なんですけれど、大丈夫ですか?」
「あ……はい」
とてつもなく急だ。
なんでもエルク殿下は調査結果をある程度想像していて、休みを取っていたらしい。
「きっと結果を見たら、いてもたってもいられないと思っていたんです」
なんでも眠らずにヴェイマル家の領地へ行く予定だったようだ。
「移動は竜で数時間程度なんです。日帰りで行き来するのも可能でしょう」
ただ、もしかしたら日中に領地を回りきらない可能性があるので、一日分の荷物を準備してほしいと言われる。
「出発前に、少し眠ったほうがよさそうですね」
「ええ。おかげさまで、眠れそうです。ルル嬢に打ち明けたから、少し気持ちが治まってきたのでしょう」
「そ、それはようございました」
私は逆に目がギンギンしているような気がする。
その後、エルク殿下と別れて部屋に戻った。その瞬間、アンゼルムが姿を現し、思いがけないことを言ってくる。
『ねえルル、ツィツェリエルに命じられたエルク殿下の秘密って、今回の件なんじゃない』
「あ!」
エルク殿下がヴェイマル家についての秘密を探っているから、どうにかして証拠を回収してこい、ということに違いない。
「そうだ! そうだったんだ」
ようやく調査しなければならないことが明らかになったわけだ。
「ただ、どうすればいいのか」
エルク殿下が掴んだ情報を、私がもみ消せるわけがないのに。
『ルル、今日はもう遅いわ。あたしが寝かせてあげるから、横になりなさい』
「ええ、でも、なんだか眠れそうになくって」
『いいから!』
眠る姿勢を取ってみると、アンゼルムが肉球で優しくお腹をぽんぽんしてくれる。
不思議なことに、これまでぜんぜん眠くなかったのに睡魔に襲われた。
『いい子だから、ねんねしなさいね』
「ぐう」
あっという間に意識を手放していたのだった。




