ギルベルトと
ギルベルトが「お前も食え!」と言うので、久しぶりに焼きマシュマロをいただいた。
表面はサクサクで、中は溶けたマシュマロがとろ~り。
優しい甘さが口いっぱいに広がる。
「うん、おいしい!」
安定安心のおいしさである。
焼きマシュマロは年に一度開催される収穫祭の出店の一つだった。
収穫祭といっても大した量は採れないのだが、それでも領民の楽しみを作りたい、と父が考案したものである。
出店は焼きマシュマロ、焼きジャガイモ、穀物ジュースの三種類のみ。
収穫量が極端に少ない年は、焼きマシュマロのみだった。
しかもこの出店は私達領主一家が出店していたのだ。
子ども達には無料券を配り、大人にも安価で提供する。
毎年赤字だと父は嘆いていたが、それでも領民が喜ぶ姿を眺める様子はとても嬉しそうだった。
私は十二歳の頃から焼きマシュマロを担当していた。その前の年まで二つ年上の姉がしていたのだが、嫁いでしまったので私が引き継ぐことになったのだ。
今年は妹達に引き継がれるのだろうか。なんて考えると、胸が切なくなってしまう。
「おい、どうした?」
ギルベルトに話しかけられ、ハッと我に返る。
暖炉の前で並んで座っていたことをすっかり忘れていた。
「急に元気がなくなりやがって。人にはさんざん口の中を火傷するなとか言いながら、こっそり負傷でもしているのか?」
「あ――いえ、少し懐かしい気持ちになって」
幼少期によく食べていたものだ、と説明しておく。
「幼少期って、養育院にいた時代か?」
この辺は曖昧に微笑んでおく。すると、ギルベルトは何か複雑な事情があるとでも思ったのか、それ以上聞いてこなかった。
「辛いのか?」
「え?」
「ここでの任務が」
思いがけないギルベルトの気遣いに驚いてしまう。
「なんだよ、その目は」
「ギルベルトに人を気遣う心というものがあるのか、と思って」
「あるに決まっているだろうが! 俺のことなんだと思っているんだよ!」
「ごめんなさい」
極めて粗暴な男性で、エルク殿下とは大違いだ、と思っていましたとは言えない。
エルク殿下は完璧過ぎて、言葉を交わすことすら恐れ多いと思ってしまう相手だ。その一方で、ギルベルトのほうは多少口は悪いけれど、人間味があって親しみすら覚える。
こうして言葉を交わしてみると、案外悪い人ではないんだな、と感じつつあった。
エルク殿下がギルベルトのような人だったら、仲よくなれたのかもしれない。
「それで、どうなんだよ、任務は。きつかったら俺が引き継いでやってもいいんだが」
「ギルベルトが侍女をするの?」
「どーしてそうなる!」
「ふふ、ごめんなさい。冗談だから」
ギルベルトが健気に侍女の仕事をする様子を想像して、少し笑ってしまう。勘が鋭い彼から「お前変なことを想像していないだろうな!?」とがん詰めで追求されてしまった。
「みんな親切な人ばかりだから、大丈夫。情報もいろいろ集めているんだけれど」
「報告しろ。つーかそれを聞きにきたんだよ」
「そうだったんだ」
「なんだと思っていたんだよ」
「不法侵入」
「お前は……」
ギルベルトはがっくり項垂れる。一日中働き、私の報告を聞きにきたのに、不審者扱いされて脱力してしまったのだろう。可哀想に……。
「それで報告だけれど――」
今日、さまざまな情報を得たものの、どれもツィツェリエル嬢がやらかしたことである。
この辺に関しての情報はヴェイマル家側も持っているに違いない。
だから別のことを伝えた。
「エルク殿下は結婚相手を探しているそうで、その、ここへ奉仕にやってきたルル・フォン・カステルを婚約者にしたい、と使用人達は目論んでいるみたいなの」
「ルル・フォン・カステルに変装したお前を、結婚相手に抜擢したのか?」
「ええ、そうみたい」
「なぜ!?」
ドスの利いた声と凄み顔で聞かれましても。
「えー、そのー、なんと言いますか、エルク殿下は数年前の失恋を引きずっていて、なかなか結婚しようとしないらしく、もうこうなったら選り好みせずに、地方領主の娘でもいいか! みたいになったみたい」
「なんだそりゃ! 王族の結婚は政略的な意味合いが強いのに、国内の、しかも地方領主の娘と結婚させるなんて、なんの利益もないじゃないか! 全員バカじゃないのか!?」
一応、国王陛下の許可もある計画だ、と伝えておく。
するとさすがのギルベルトも気まずく思ったようで、明後日の方向を向いていた。
「それで、周囲のお膳建てもあって、エルクの野郎と仲よくしているってわけか?」
「いや~~~、その辺はどうも上手くできなくって」
「ほう? それはどうしてだ?」
「エルク殿下は人間味がないというか、完璧過ぎて近寄りがたいというか、優しすぎて構えてしまうというか、とにかく少し……」
そう、少し苦手なんだと思う。という言葉までは言えなかった。
ギルベルトも私の様子から察したのか、「そうか」と早めに相づちを打ってくれた。
「ひとまずエルク殿下との仲よし作戦が多少進めば、いろいろ状況も変わってくるから、もう少しだけ待っていてほしい」
「わかった」
ギルベルトは立ち上がり、私へ手を差し伸べる。
「まさか、手を貸してくれるの?」
「なんでそんなに驚いた顔をして聞いてくるんだよ」
「そういう優しさなんてないと思っていたから」
「普通にある!!」
ギルベルトが持っている普通の優しさを受けることにした。
そっと手を差し伸べると、ギルベルトは思いのほか優しく握って立ち上がらせてくれる。
「ありがとう」
「別に、礼を言われるほどのことはしていない」
このまま帰るのかと思いきや、ギルベルトはさらに話しかけてくる。
「そーいや小説は読んだのか?」
「いいえまだだけれど」
「なっ、読めよ!! 急いでかき集めてきたのに、まだだったとは」
急いで持ってきてくれとは一言も言っていなかったのだが……。
まあでも頑張ってくれたことに変わりはないので、謝っておく。
「ごめんなさい。このあと読むから」
「いや、夜は寝ろ! 明日もあるんだから」
ギルベルトは早起きして読め! と言って去って行く。
昨日に引き続き、今日も嵐のような夜だった。