プレッシャー
生まれて初めて、家族以外の男性から慰めてもらった。
しかも、優しく肩を支えてくれたのだ。
びっくりしすぎて涙が引っ込んでしまう。
「一度、故郷に帰りますか?」
「い、いいえ、大丈夫です」
優しく手を握られ、硬直してしまう。
ミセス・ケーラーに「もうこれ以上無理です!」と目線で訴えたら、晩餐室から連れ出してくれた。
よくやった! と褒められるかと思いきや、彼女は私を心配している。
「ルルさん、故郷に帰りたくなったときはいつでも言ってね。休暇を入れてあげるから」
「故郷まで……片道馬車で十日ほどかかるのですが」
「十日……」
馬車で数時間の距離にあるとか思っていたのだろう。思いのほか日数がかかるとわかったからか、ミセス・ケーラーはしょんぼりしていた。けれどもそれは一瞬で、何か思いついたのかぽん! と手を打つ。
「そうだわ! エルク殿下の竜に乗ったら、もっと短い日数で行けるはずよ! ご両親にも挨拶できるし、いい案だと思わない?」
思わないです……。
そうだった。エルク殿下は竜の使い魔を使役しているのだ。
私が往復日数を気にして帰らないと言えば、竜で送り迎えをしてくれる可能性がある。
発言には気をつけよう、と心の奥底から思った。
最後に、ミセス・ケーラーは部屋の前で謝罪した。
「ごめんなさいね。私があまりにもエルク殿下との関係に期待しちゃったから、追い詰めてしまっていたわね」
お気づきでしたか……と言いたくなったが、ぐっと我慢した。
ミセス・ケーラーは今後も味方として傍にいてほしいので、このまま良好な関係を続けたいのだ。
「これからいろいろなことがあるかもしれないけれど、なんでも相談してね」
「はい、ありがとうございます」
これから起こるいろいろなことってなんだよ、と思ったものの、こちらの疑問も呑み込んだ。
ミセス・ケーラーと笑顔で別れ、部屋に戻る。
すると、バルコニーに続く窓に人影があったのでギョッとした。
さらにその人影は、ハティと何やら言い合いをしている。
「おい、鳩! ここを開けろ!」
『不審者は入れたらだめって、言われているから無理~~』
「なんだと、この鳩! いやお前、喋ることができたのか?」
ここでハティは左右の翼で嘴を隠す。
普通の鳩の振りをしていたようで、初めて私以外の人前で喋ったようだ。
「つーかおい! お前、帰ってきているじゃないか! 早くここを開けろ!」
アンゼルムが姿を現し、人影もといギルベルトのもとへ歩いて行く。
『物を頼む態度ではないわねえ』
「お前、生意気な野良猫め!」
『相変わらずお口が悪いのねえ』
「うるさい!」
見回りの使用人に発見される前に、ギルベルトを中に入れてあげる。
「まったく、遅いんだよ!」
「夕食の時間だったの」
「いいご身分だな。俺は食事も食べずに仕事をしてきたというのに」
空腹なので余計にイライラしているのか。可哀想に思ったので、お菓子を入れた籠の中からマシュマロを取り、ギルベルトへ差し出す。
「どうぞ」
「こんなもんで腹が膨れるわけがないだろうが!」
『それ、どんな味!? ハティも食べたい!』
ギルベルトではなく、ハティが食いついてきた。瞳をキラキラ輝かせ、マシュマロを見つめている。
「おい、嘴でこんなもんを食ったら、喉に詰まるんじゃないか?」
『ハティは平気! 精霊だから!』
「お前、精霊だったのかよ!」
ギルベルトは喋り始めたハティのことを、少し賢い鳩だと思っていたらしい。
『あなた、気付いていなかったのねえ』
「精霊の魔力糸は目視しにくいんだよ」
『そうなの』
妖精、精霊、幻獣の魔力糸は透明で見えなくもないが、見ようと意識し、集中しないと捉えることができないらしい。
逆に魔物の魔力糸は禍々しい色合いなのでわかりやすいようだ。
そんな話を聞きながら、私はフォークにマシュマロを刺す。
持ち手に布を巻いて、暖炉の炎でマシュマロを炙った。
「おい、何をしているんだよ」
「マシュマロはこうやると、世界一おいしくなるの」
「はあ、火で炙っただけのマシュマロが世界一おいしくなるのかよ」
「食べてみて」
ほどよく焼き色がついたマシュマロを、ギルベルトへ差し出す。
食べないかも、と思ったが彼は挑むように受け取った。
「熱いから気をつけて。フォークも熱してあるから、外して食べたほうがいいかも。頬張る前にも、ふーふーしてね」
「ふーふーって」
ギルベルトは私の忠告を無視し、そのまま食べようとした。けれども唇に触れた途端、熱くて悲鳴をあげる。
「だから言ったでしょう!」
「う、うるさい」
よほど熱かったのか、ギルベルトはきちんとふーふーしてからマシュマロを頬張る。
真っ赤な瞳が、ハッと見開かれた。
「おいしいでしょう?」
「まあ、悪くない」
おいしかったらそう言えばいいのに、素直ではないのだろう。
『次はハティのマシュマロ炙って!』
ハティはいつの間にか外で枝を拾ってきたようで、そこにマシュマロを指して炙ってくれと頼んでくる。
お安いごようだ、とばかりにマシュマロを枝に刺し、炙ってあげた。
『まだ? まだ?』
「もうすぐだから」
『わあ、甘くていい匂い~~』
ほどよい焼き色が付いたマシュマロを、ふーふーしてあげる。
「鳩にはふーふーしてやるのかよ」
「あなたもしてほしかったの?」
「は!? なんでそうなる!? 別にしなくてもいい!」
そう言ってギルベルトは二個目のマシュマロを手に取り、フォークに刺す。そして暖炉の前に座って炙り始めた。
耳の端っこが少し赤く見えるのは、暖炉の炎のせいなのか。
まあ、今は放っておこう。




