花嫁のルビー
ダメ元でツィツェリエル嬢と関係した男性使用人を知っている限り教えてほしいと質問する。するとヨルダンは二十人分、カーリンは重複していない十五人分の名前を教えてくれた。
ツィツェリエル嬢はエルク殿下を含め、少なくとも三十六名もの男性と深い関係にあったらしい。
この騒動はエルク殿下の醜聞になると判断し、早急な解決を求められた。
「ヴェイマル家がツィツェリエル嬢を連れ戻したと聞いたけれど」
「それは……エルク殿下にそうお伝えしただけ」
「真実は……異なる」
ただ単純にツィツェリエル嬢を連れて帰れと言っても、娘に花嫁修業をさせたいヴェイマル家は受け入れないだろう。
上級使用人達が考えたのは、とんでもないものだった。
「ツィツェリエル嬢が……エルク殿下の財宝の一部を横領した……とでっちあげ」
「未遂だったから……なかったことにしたい……その代わりツィツェリエル嬢を引き取るようにと」
ありもしない罪を作り上げ、ツィツェリエル嬢に押しつける。それをもみ消すことを交換条件に、身柄を引き取るようにヴェイマル家側と交渉したようだ。
「ただそれも……罪の押しつけではない」
「彼女は……エルク殿下の宝石を……所持していた」
鳩の鮮血と呼ばれる、最高級のルビーらしい。
エルク殿下が数年前に購入し、まだ見ぬ花嫁に贈るつもりだと言っていたものだとか。
「すぐに執事が……エルク殿下に……報告した」
エルク殿下はツィツェリエル嬢がルビーを所持していたと聞いて、驚いた表情を浮かべていたらしい。すぐに騎士隊に連絡を! と執事が訴えたものの、エルク殿下は首を横に振ったという。
「エルク殿下は……あのルビーはツィツェリエル嬢に贈ったものだ……とおっしゃった」
「盗まれたとわかっているのに……あの女を庇った」
エルク殿下が贈った品だと言えば、ツィツェリエル嬢を騎士隊に突き出すこともできない。
そんな騒動があった上で、ツィツェリエル嬢の横領の件をヴェイマル家に報告したようだ。
「エルク殿下は……ツィツェリエル嬢から……ルビーを取り上げなかった」
「彼女は今も……パーティーに……着けていっている」
盗んだルビーをのうのうと着けて夜会に参加しているなんて、とんでもない強い心の持ち主だな、と思ってしまった。
「あの女……勝手にルビーを……加工して」
「下品な……ハート型にして……チョーカーに」
ハートのルビーがついたチョーカーと聞いて、ピンとくる。
初めてツィツェリエル嬢を見かけた社交界デビューの日に装着していたルビーのチョーカー。ひと目見て忘れられないくらい印象的な品だと思っていたが、あれはエルク殿下から盗んだ品だったのだ。
ルビーを細工しただけでなく、ボースハイトを収集する魔技巧品として使っているとアンゼルムから聞いた。
もしかしたらルビーを盗んだのはヴェイマル侯爵からの指示だったのだろうか?
だとしたら、あっさりツィツェリエル嬢を引き取ったのも頷けるのだが。
「今、何時だ?」
「そろそろ、仕事に戻らなければ」
どうやら二人の自白茶葉の効果が薄れてきているようだ。
あまり長く引き留めたら、周囲の使用人から怪しまれるだろう。
「そろそろお開きにしましょう」
「ああ」
「そう、ですね」
パン! と手を叩くと二人はハッとなる。
「なんか、ぼんやりして」
「私も」
「お疲れのところに問題を持ち込んでしまって、ごめんなさい」
もう騒ぎは起こさないから、と反省してみせた。
「こちらのほうこそ、下級使用人と交流を持とうとしていたのに、拒んで申し訳なかった」
「詳しく言えないのですが、いろいろありまして」
そのいろいろを今、聞き出していたのだ。おかげさまで情報がたっぷり集まった。
これらの話は第二休憩室で聞き出せるような内容ではないのだろう。
上級使用人の直属の部下である二人だからこそ、知っている情報だ。
第二休憩室で騒動を起こしてしまったことは無駄ではなかった。
何事も行動を起こすことが大事なのだ。
すっかり自白茶葉の効果が切れたヨルダンとカーリンを見送ったあと、部屋に戻る。
ハティに残したパウンドケーキの半分をあげたら、とても喜んでいた。
その様子を、姿を現したアンゼルムが呆れた様子で見ている。
『あなた、人間の食べ物をぱくぱく食べて、それ以上丸くなったらどうするつもりなの?』
『ハティ、成長期だから平気なんだ~』
その言い訳は食べ過ぎを指摘されたときに私も使おうと思った。
「それにしても、衝撃的な情報ばかりぽろぽろと出てきたんだけれど」
『ええ……まさかいつも身につけていたチョーカーのルビーがエルク殿下から盗んだ品だったなんて』
この件に関してはアンゼルムも把握していなかったらしい。
『一応、変だな、とは思っていたのよ。これまであまり侯爵家側から高価な宝飾品とか与えられていなかった子だったから』
アンゼルムがツィツェリエル嬢本人に聞いても、貢ぎ物だとしか言わなかったらしい。
『いい宝石だったから、どこかの成金商家の親父にでも貰ったのかしら? ってそのときは決めつけて、深く聞かなかったのよね。でも、追求してもあの子は言わなかったでしょう』
ボースハイトを集めるために、エルク殿下が未来の花嫁のために買ったルビーを盗むなんて。
「ツィツェリエル嬢はどうして、そこまでしてボースハイト集めに躍起になっているの?」
『それは、ボースハイトを集めることでしか、自分の居場所を確保できなかったから、かしら? いいえ、違うわね。あの子はたくさんの男達を夢中にさせてきた。居場所なんて、自分で作れたはずなのに……どうして?』
ツィツェリエル嬢の本心は長年一緒にいたアンゼルムですらわからないようだ。
「エルク殿下側にも探りを入れたいのだけれど」
『使用人と違って、難易度はかなり上がるわね』
なんせ、王弟殿下である。口にするものはすべて厳重態勢が敷かれ、毒などの混入を防ぐために毒見係がいるくらいなのだ。
周囲も常にたくさんの人達がいて、自白茶葉入りの紅茶を飲ませる隙なんてない。
「というか、私が淹れた紅茶を飲むなんて、よほど親しい関係でないとありえないような」
『それよ!!』
アンゼルムは鋭い爪をにゅっと出し、私を指差す。
「それ、というのは?」
『エルク殿下と親しくなって、二人で紅茶を飲むような関係になればいいのよ』
「ええ、それは~~~」
『ミセス・ケーラーはあなたとエルク殿下が結婚することを望んでいるのでしょう? きっと協力してくれるはずよ!』
数年前にツィツェリエル嬢との事件があったのに、またしてもエルク殿下を騙して近づくなんて申し訳ない。
『だったら本当に好きになったらいいじゃない』
「それはちょっと難しいかも」
『どうして? 彼、とってもいい男でしょう?』
「そうだけれど、完璧すぎて人として見られないというか、なんというか」
もちろん身分のこともあるし、私なんかが近づいていい相手ではない、という気持ちもある。とにかく情報のためさあいこう! と乗り気にはなれないお方なのだ。
「でも、ツィツェリエル嬢のために頑張らなくちゃ」
『あなた、エルク殿下のルビー盗難の話を聞いても、ツィツェリエルの肩を持つのね』
「それはそれ、これはこれなんだけれど、本当にツィツェリエル嬢が盗んだのかもわからないから」
もしかしたら別の使用人が盗み出して、ツィツェリエル嬢に貢いだ可能性だってあるのだ。
『たしかにそうね。人伝いに聞いた話だけでは、噂の真偽なんてわからないし』
とにかく次のターゲットはエルク殿下だ。私なりに頑張って親しくなってみよう、と決意したのだった。




