自白茶会
誰に自白させようか、なんて考えているところにのこのこやってくるとは。
思わずアンゼルムと顔を見合わせ、ニヤリとほくそ笑む。
扉を開くと彼ひとりではなかった。食堂にはいなかったメイドもいた。
「少し話がしたいんだが、第二休憩室に同行いただけるだろうか?」
きっと私を警戒させないためにメイドを同行させたのだろう。
「第二休憩室は他人の耳目があるかもしれないから、私の部屋へどうぞ」
「いや、規則では個人部屋に異性が入ることは禁じられているのだが」
「だったら第一休憩室にしましょう」
「しかし、そこは上級使用人のみが出入りできる場所で」
「ミセス・ケーラーから、好きに使っていいという許可はもらっているから。テアや他の使用人を呼んでもいいって言われているの」
ここまで言えば彼も断る理由がなくなったようだ。
自白茶をこっそりエプロンのポケットに入れ、第一休憩室を目指す。
同行しているのは女性の下級使用人を束ねるメイド長だという。
年頃は三十代半ばくらいだろうか。ブルネットの髪をきっちりまとめた、真面目そうな美人である。
「カーリン・ラウクと申します」
「ルル・フォン・カステルです」
挨拶を交わしたあと、第一休憩室に案内する。入り口に手をかざすと魔法陣が浮かび上がり、中に入れる。この仕組みはとても便利だ。鍵の管理をしなくてもいいし。
使用するには魔力を登録するだけでいいというお手軽さだ。
ヨルダンとカーリンに長椅子を勧め、私はお茶の準備をしよう。なんて思っていたら思いがけない声がかかる。
「ルル様、お茶は私が淹れます」
カーリンがお茶の用意をすると名乗り出てくれたのだ。
これから自白茶を淹れないといけないので、主導権を握られてしまっては困る。
「ありがとう、助かる。でも、大丈夫だから」
「しかし、下級使用人である我々が休んで、上級使用人であるあなた様を働かせるわけにはいきません。こちらが勝手に押しかけたことでもありますし」
なんて律儀なお方なのか。感激してしまう。
けれども今は大人しく眠っていてほしい。
ただ頑なに拒否すると、怪しまれてしまうだろう。譲歩案を出さなければ。
「ここの魔技巧品は使える人が限定されているの」
「あ――そうだったのですね」
「ええ、だからカーリンさんはそこにあるパウンドケーキを三人分、切り分けてくれる」
「わかりました」
別の場所でお茶を淹れてきます! とか言い出したらどうしようかと思ったが、カーリンは素直に従ってくれた。
彼女が背を向け、ヨルダンがこちらを見ていないのを確認してから、私は自白茶を作り始める。
このままだと苦くて飲みにくいだろうから、紅茶の茶葉に混ぜてブレンドティーにした。
「ルル様、このような感じでよろしいでしょうか?」
カーリンはパウンドケーキを丁寧に盛り付け、薔薇のジャムを添えてくれた。
「わあ、きれいな盛り付け。ありがとう」
「いえ……」
蒸らした自白茶葉入りの紅茶とカーリンが切り分けたパウンドケーキをテーブルに持って行く。
何もしていないヨルダンは、少し居心地悪そうにしていた。
「お待たせしました。どうぞ」
ヨルダンは勧められるがままに自白茶葉入りの紅茶を飲んだ。
続けてカーリンも口にする。
「おいしい」
「本当に」
自白茶葉入りの紅茶は思いのほか好評だった。私は事前に自白するのを防ぐ薬草を食べている。そのため同じポットのお茶を飲んでも平気なのだ。
「本題に移るけれど、二人揃ってやってきて、どうかしたの?」
そう問いかけると、ヨルダンとカーリンの目つきがとろんとなる。
「それは……先ほどのようなトラブルを防ぎたくって」
「使用人達の……ストレスになるから」
「ごめんなさい。あんな騒ぎを起こすつもりはなくて、皆と仲よくなりたかっただけだったの」
「わかって……いる」
「でも、上級使用人と下級使用人が仲よくなるのは……難しい」
そうだろうか? 私とテア達は打ち解けている。別に階級が問題とは思っていない。
相手が存在するのを許さない、という自尊心が邪魔していたのではないか、と推測する。
「もう、第二休憩室にやってくるのは……やめてほしい」
「どうか……お願いします」
「わかった」
あっさり承諾したので、ヨルダンとカーリンは拍子抜けした表情でこちらを見る。
どうせ第二休憩室にいっても情報収集なんてできないので、わざわざ行く必要もない。
「ありが……たい」
「感謝……します」
初日で第二休憩室出入り禁止となったわけだ。
自白茶葉の効果はしっかりあることが確認できた。
要望を受け入れてもらえてホッとしたからか、ヨルダンとカーリンは自白茶葉入りの紅茶を飲み干した。いいぞ、と思いつつ二杯目を注いでおく。
今度は私のほうから質問した。
「私も少し質問したいことがあるの。いい?」
ヨルダンとカーリンはこくりと頷く。
「ツィツェリエル嬢とのトラブルについて聞きたくって」
自白茶葉の効果が高まっているのだろう。彼らの感情は薄くなっているように感じる。
「もともとトラブルがあった中に彼女がやってきたの? それとも彼女がやってきたからトラブルになったの?」
「それは……トラブルが先」
「もともとは……エルク殿下と関係のあったツィツェリエル嬢が……花嫁修業と称してここにやってきた……」
ツィツェリエル嬢はここにやってきてからエルク殿下と恋仲になったものだと思っていたが、そうではなかったらしい。
「結婚……国王陛下に反対……されて」
「使用人達も……悪評流れる女との結婚だけは……嫌だと」
エルク殿下の花嫁として相応しくない。国王陛下だけでなく、使用人達もツィツェリエル嬢とエルク殿下が結婚することをよく思っていなかったようだ。
「でも……エルク殿下は……諦めなかった」
「花嫁修業と称して連れてきて……じきに妻にする……予定だった」
まさかそんな練り込まれた計画だったなんて。エルク殿下は本気でツィツェリエル嬢と結婚するつもりだったようだ。
ツィツェリエル嬢との結婚を聞いて、屋敷内にはボースハイトが渦巻いていたのかもしれない。
ツィツェリエル嬢が屋敷にやってきてからというもの、エルク殿下は本当に幸せそうだったという。
しだいに使用人達は二人を応援しよう、と思うようになったのだとか。
「幸せな二人を……応援……するつもりだった」
「でも……彼女は……エルク殿下を裏切った」
たくさんの男性と関係し、屋敷内をめちゃくちゃにしてくれた。
とんでもない悪女としか言いようがないだろう。