楽しいランチタイム!
その後、ミセス・ケーラーと一緒に風呂場、寝室、私室の掃除をして回った。
上手く掃除道具を扱えたので、半日で終わらせることができた。
「ルルさん、あなた天才よ! 普通の人だったら、習得までしばらくかかるのに!」
「お褒めにあずかり光栄です」
まさか私にこんな才能があったなんて。
情報収集させていただくお礼として、この能力を存分に発揮させていただこう。
「そろそろお昼の時間ね」
「あ、それなんですけれど、第二休憩室でいただいてもいいですか?」
「どうして? 上級使用人は自分の部屋か第一休憩室で食べることが許されているのよ?」「その、他の使用人の方々とも仲よくなりたいな、と思いまして」
「そう。だったら問題ないわ。テアには伝えておくから」
「ありがとうございます」
第二休憩室の食事はセルフ形式だという。朝食がおいしかったので、期待が高まる。
朝は少し食事の量が多くて、ハティと分けっこしてちょうどいいくらいだった。
セルフ形式であれば、自分が食べられる量を調節できる。
ハティの分はハンカチに包んで部屋に持ち帰ればいいだろう。
食事のことで頭がいっぱいだったが、本来の目的は情報収集である。
使用人達の会話の中に有益な話題がないか、しっかり聞き耳を立てなければならないだろう。
転移陣で鍵付きの部屋に戻り、そこから第二休憩室まで案内してもらう。
「待ってね。下級使用人のボスに話を通しておくから。あ――いた! ヨルダン、ちょっといい?」
三十代前後の男性使用人に声をかける。彼はたしか執事と一緒に配膳をしていた下級従僕だろう。
「なんすか?」
ヨルダンと呼ばれた青年は少しめんどくさそうな様子でやってきた。
「彼女は昨日からここで働くことになったルルさん」
「ああ、エルク殿下の新しいお気に入り、か」
「もう、そんなふうに言わないの!」
あれだけの待遇を受けられたら、エルク殿下のお気に入りという認識に間違いはないだろう。ミセス・ケーラーはヨルダンを力強く叩いたようで、痛そうにしていた。
「それで?」
「彼女、お昼をここで食べたいのですって」
「は? なんで?」
「皆と仲よくなりたいからだそうよ」
ヨルダンは私に意味が分からない、とばかりの視線を向けていた。
「言っておくけれど、ここで出される料理は上級使用人のものよりもランクがいくつか下がる賄いだ。それでもいいのか?」
「ええ。あまり贅沢な料理ばかり食べていると、舌が肥えてしまうから」
「だったら勝手にしろ」
そう言ってヨルダンは踵を返しどこかへ行ってしまう。もう昼食は食べてしまったのか。それとも私とこれ以上関わりたくなくて、いなくなったのか。
「ぶっきらぼうでごめんなさいね。悪い子ではないの」
「大丈夫です」
ギルベルトより会話は成立するし、粗暴ではないし、食事のランクが落ちることもきちんと聞いてくれたのでその辺も誠実だと思った。
「もしかしたらヨルダンの態度みたいな子も他にいるかもしれないから、そのときは相談してね」
「はい、ありがとうございます」
ミセス・ケーラーが去ったあと、第二休憩室にお邪魔させていただく。
そこにはすでにたくさんの使用人達がいて、食事の列に並んでいた。
皆、私には気付いていないようだと思っていたら、下級従僕らしき青年の一人がちらりとこちらを見て、近くにいたメイドに何やらボソボソ囁いていた。
「え、あの人がエルク殿下の新しいお気に入りなの?」
その声が思いのほか大きかったので、注目を浴びてしまった。
針のむしろというか、なんというか、友好的ではない空気感となる。
前回、ツィツェリエル嬢が男性陣と次々と関係を結んだという騒動があったので、エルク殿下のお気に入りに対していいイメージがないのだろう。
遠巻きにされるのでは、と思っていたが、二十歳半ばくらいの気が強そうなメイドが私のほうへやってくる。
「あなたが新しいメイドなのね」
「ええ、そうだけれど、あなたは?」
「私はミセス・ケーラーの右腕的な存在で、次代の家政婦長候補とも言われているのよ」
「へえ、そうなんだ」
私の反応が薄いからか、メイドはムッとした表情を浮かべる。けれどもそれは一瞬で、嬉々とした様子で話し始める。
「びっくりした! ツィツェリエル・フォン・ヴェイマルがエルク殿下の愛人ならわかるけれど、あんたは家柄も容姿も、何もかも釣り合っていないから!」
「あの、ごめんなさい。よく聞こえなかったから、もう一回言ってくれる?」
「だから、あんたは家柄も容姿も、何もかもがエルク殿下と釣り合っていない、って言ったの!」
「んーーー、聞こえないなあ。もう一回いい?」
「なっ!?」
こういう悪口は二回、三回と聞き返して聞こえなかったふりをするに限る。
傍で姿を消した状態で聞いていたアンゼルムは、ぷっ! と噴きだすように笑っていた。
「もういいわ!!」
そう言ってメイドは去っていく。一件落着だ。
他にも売るケンカがあれば買ってみせよう。そんな気持ちで視線を返したが、皆、顔を逸らしていく。
先ほどの彼女のように、威勢よく立ち向かおうとする猛者はいないようだった。
お腹が空いたので、料理をいただこう。
列の最後に並び、トレイとお皿を取って待つ。
すると、前に並んでいたメイドや下級従僕達が料理を大量に取って、私には欠片しか残らないように仕向けていた。
野菜炒めの欠片、炙り肉の欠片、スクランブルエッグの欠片――見事な残し具合である。
パンにつけるバターやジャムでさえも、大量に取って私に行き渡らないようにしている。
そんなに大量に取ったら確実に体に悪そうなのに……。
くすくす笑いながら、先ほどケンカを売ったメイドの近くに座る。
そんな彼らに声をかけた。
「あのー、大丈夫?」
「何が?」
私の前に並んでいたメイドが答える。
彼女のトレイとお皿には、とても食べきれないような料理が山積みとなっていた。
「完食できるか否かの心配は必要ないよ」
「そうだそうだ」
「いえ、そうではなくって、私、エルク殿下に第二休憩室で意地悪された、と報告しちゃうかもしれないから、大丈夫かなって」
その言葉にメイドは言い返してくる。
「好きにしなよ。どうせあんた、私の名前なんか知らないでしょう?」
「ええ。名前がわからないから、メイドと下級従僕の誰かって伝えるから。私、他人の顔を覚えるのが苦手だから、他の人に冤罪がかかるかも……。そのときはごめんなさい」
その言葉にギョッとしたのは、実行犯以外のメイドや下級従僕達だった。
自分達も巻き込まれるであろうことに気付いたようで、必死の形相で怒ってくれた。
「お前、彼女に謝れ!!」
「今なら間に合う!」
「おいこら、陰湿なことをするな!」
エルク殿下に密告するという手段は非常に有効で、使用人達は私に昼食を分けてくれたのだった。




