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王弟殿下から特別扱いされていた私、なぜか悪女と体が入れ代わる  作者: 江本マシメサ
第二章 エルク殿下のお屋敷メイドとして潜入!

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推しについて

「エルク殿下の傷ついた心を癒やせるのは、あなたしかいないわ!」


 ミセス・ケーラーに手を握られ、血走った目で迫られた。

 突然、そんなことを言われても困る。

 そもそもこの体はツィツェリエル嬢のもので、私の本体はすでに死んでいるから。


「どうして?」

「その、その、す、好きな人がいるんです!」


 とっさに出た言い訳としては、いいものではないか。なんて思ったのは一瞬だった。


「どこの誰!? お家柄は? 詳しく聞かないと、納得できないわ!」


 なんというか、怖い。

 おそらくこれまでエルク殿下の結婚相手探しをしていたのだろう。

 私みたいな地方貴族の娘まで許可が下りたということは、よほどエルク殿下はツィツェリエル嬢一筋だったに違いない。

 エルク殿下は誰かと普通にお喋りしたいだけのように思えるのだが……。


「さあ、教えてちょうだい」

「え~~~っと」


 ここで言っておかないと、エルク殿下のお相手として外堀を埋められそうだ。

 それだけはあってはならない。

 必死に頭を働かせて社交界で噂の貴公子について考えを巡らせるも、リナベルが教えてくれた男性についてすっかり忘れてしまっている。

 どうしてもっと真面目に聞かなかったのか、と後悔が押し寄せた。


「もしかして、いないの? お断りするための嘘だった?」

「いえいえ! その、恥ずかしくって」

「恥ずかしい? 別に誰かに言いふらすわけではないの。あなたの気持ちを確かめたいだけだから」

「……」


 誰か、誰か、誰か! 

 いっそのこと誰でもいい、と思って浮かんできたのは、ツィツェリエル嬢と同じ真っ赤な瞳の持ち主。

 ヴェイマル侯爵家の嫡男、ギルベルトだ。

 いや、彼はちょっと……と思ったのだが、もう他に名前を把握している男性はいない。

 ええい、ままよ! そう思ってミセス・ケーラーに名を告げた。


「ヴェイマル侯爵のご子息、ギルベルト様、です」

「ギルベルト・フォン・ヴェイマルですって!?」

「は、はい」

「彼はよしなさい。妹であるツィツェリエル嬢と同じくらい、評判がよくないお方よ」


 心の中でギルベルトに対し「やーい、やーい言われてやんの!」と思ってしまう。

 いやいや、言い訳に名前を使わせていただいているのだから、同情くらいしておこうか。その、なんというか、かわいそうに……。


「あなたくらいの年齢は、穏やかで優しい男性よりも、ミステリアスで悪っぽい男性のほうが魅力的に映るのね。困ったものだわ」


 そんなことはない。エルク殿下とギルベルトであれば、圧倒的にエルク殿下の大勝利である。

 なんてことは言わずに、曖昧あいまいに微笑んでおくだけにとどめた。


「エルク殿下のほうが、ヴェイマル侯爵子息より素敵なの! 絶対に!」

「いや、でも」

「それを、ここにいる間、知ってもらうから!」

「は、はあ」


 覚悟していて!! とまでは言わなかったが、それくらいの迫力だった。

 完全に圧倒されてしまう。


「まず、エルク殿下のご活躍から、知っていただこうかしら!」

「わあ……」


 その後、みっちりエルク殿下の戦場での活躍と、心優しき慈善活動について聞かされたのだった。


 解放されたのは日付が変わるような時間帯。

 消灯時間は過ぎ、廊下の明かりは消されていた。私はミセス・ケーラーから魔石灯を借り、とぼとぼ部屋に戻る。

 魔法がかけられた大理石がほんのり光っているので、真っ暗というわけではない。

 けれども広すぎてなんだか恐ろしい、と思ってしまう。

 一人だったら怖くて無理なのだが、私の隣にはアンゼルムがいた。

 肉球がぺたぺた鳴る足音に癒やされる。


『なんていうか、大変だったわね』

「ええ……。ミセス・ケーラーがエルク殿下が大好きだ、ってことは充分なくらい伝わってきた」

『ふふふ! あれだけ熱心にエルク殿下についてプレゼンされても、心に響いていないのね』

「住む世界が違うお方だから」


 天上で暮らす神様がいくら見目麗しく、すばらしいお方であっても、敬う気持ちはあれども恋心なんて生まれるわけがない。

 私にとってエルク殿下は天上人なので、好意を抱くことすら不敬としか思えないのだ。


『そういう人ばかりだったら、エルク殿下の心の傷もなかったでしょうに』

「まあ、恋心は制御できるものではないから」


 一時の熱情に囚われて駆け落ちする、というのは舞台のお決まりの展開だ。

 私は現実的だからか、周囲の女性達がうっとりする中で、この貴族のぼんぼんは女性を養っていけるのか、などと思ってしまうのである。


『わかるわー。極めて恵まれた環境で育った苦労を知らない男に、生活能力なんてあるわけないのにねえ』


 なんて、話が盛り上がっているうちに部屋に戻ってきた。

 すべての部屋に転移陣があればいいのに、と思ったものの、あの魔法は使用人達の仕事が効率的に進められるように設置されたものらしい。

 そのため、屋敷の住人達が使うスペースに転移陣はないようだ。


『本当に、エルク殿下は使用人を大切にされているのね』

「珍しいよね」

『ええ。普通の家だったら、使用人なんて消耗品扱いなのよ』


 酷い家もあるものだ。調査を命じられた先がエルク殿下の家でよかった~~なんて言っていたら、窓から差し込む月光に男性のシルエットがあって驚く。

 慌ててルル・フォン・カステルの化粧魔法を解いてから声をかける。


「えっ、誰!?」

「俺だ!」

「ど、どこの俺!?」

「うるさい! こんなに遅くなるんだったら、置き手紙くらいしろ!」


 この乱暴な物言いをする人物なんて、一人しかいない。


「えーっと、ギルベルト?」

「なーんで呼び捨てなんだよ」

「それはなんとなく」

「なんとなくで他人を呼び捨てにするな!」


 他人ではなく一応妹ですが……というのは言わないでおく。

 ギルベルトがつかつか歩いてきたので構えていたら、私を守るようにアンゼルムが割って入る。


『ギルベルト、あなたね、乙女の部屋を勝手に訪問するなんて何様よ! しかも今、何時だと思っているの?』

「それはこっちの台詞だ! 新聞で連載されている小説がほしいって言ったのはそっちだろうが!」

「え、もしかして持ってきてくれたの?」


 ギルベルトは懐を探り、ぽいっと捨てるように封筒を投げて寄越してくる。

 私は床に這いつくばって封筒を広い、魔石灯で照らして確認した。

 そこにはエーリン著、〝心躍らず〟とタイトルが書かれていた。


「こんなに早く持ってきてくれるなんて」

「待てないとか言っていただろうが」


 言ったか? と思ってアンゼルムも見るも、首を傾げていた。

 まあ、早いに越したことはないので、ありがたくいただく。

  よくよく確認したら、切り抜きが束になって入っている。


「わあ、きちんと切ってくれたんだ」

『意外と仕事が丁寧ね』

「新聞を丸ごともってきたら、かさばるだろうが!」


 しばらく読めないと思っていたので、とても嬉しい。ぎゅっと封筒を抱きしめ立ち上がる。


「ギルベルト、ありがとう! 嬉しい」

「お、おう、そうかよ」


 ギルベルトはそう言って私に背中を向ける。

 去り際に、言葉を残した。


「そこの机に伝書鳩を置いているから、必要な品があるんだったら知らせろ」

「ありがとう」


 ギルベルトは一度目と同じように、バルコニーから飛び降りて去って行く。


『なんていうか、ギルベルトって悪い子ではないのかもしれないわね』

「口は確実に悪いけれど」

『たしかに』


 今すぐ読みたい気持ちもあるが、明日から仕事が始まる。

 睡眠を優先しよう。

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