突然の来客
ここにやってきてからというもの実は緊張していたのだが、テア達と屋敷内を見て周り、一緒にお茶を飲む中でリラックスできたようだ。
夕食まで時間があるので、荷物の整理でもしようか。
なんて考えていたら、こつん、こつんと窓のほうから物音が聞こえた。
「ん、小鳥?」
私の言葉に、すかさずアンゼルムが言葉を返す。
『こんな標高が高くて寒い場所に小鳥なんかいるはずないでしょう』
「ここ、標高が高い場所なんだ」
『国の要衝ですからね』
目隠しされて連れてこられたので、ここがどのような場所にあるかすら把握していないのだ。
「小鳥じゃないなら、鷲とかフクロウとかの大型の鳥かな?」
『鳥類の可能性から離れなさい』
「だったらリスとか!」
『そんなかわいらしい存在じゃないわよ!』
「……熊?」
『熊だったらガラス窓なんてぶち抜いているわ!』
ルル・フォン・カステルの化粧を解除するように言われたので、すっぴん姿で窓に近づく。
すると、ギルベルトが部屋を覗き込んでいたので、悲鳴をあげそうになった。
「おい、女、何をびびっているんだ! 早く開けろ!」
要求に従わないと窓をぶち抜きそうだったので、慌てて開く。
ギルベルトは勝手知ったる我が家のように、堂々たる足取りで入ってきた。
「なんだ、ずいぶん待遇がいいじゃないか」
「やってきたのがルル・フォン・カステルだと知ったエルク殿下が、ご用意してくださったようで」
普段のツィツェリエル嬢よりも高い声色で話してみる。
「は、お前なんだよ!」
ギルベルトがいきなり大接近してきたのでギョッとする。
押し返そうとしたら、間にアンゼルムが割って入ってくれた。
『ちょっと、乙女に近づいていい距離ではないわ!』
「出たな化け猫」
『オオヤマネコ精霊だから!!』
「どっちも一緒だろうが」
『一緒じゃないわ、失礼ね!』
突然大接近され、ドキドキしてしまう。
もちろんときめきの類いではない。幽霊を見たときのような、恐怖よりの動悸と動悸である。
「化け猫精霊がいるってことは、やっぱりそうか」
ギルベルトがそう言うと、アンゼルムは『やってしまったわ』と申し訳なさそうに言った。
ギルベルトは再度私に手を伸ばす。だが、触れる前にぎゅっと拳を握った。
すると、私の胸辺りから緑色に輝く糸のようなものが出てきた。
「え、何!?」
「魔力糸だ。どうして初めて見たような顔をする」
だって魔力にこうして色がついているなんて、初めて知ったのだ。
「魔力糸の色は個人により異なることも、知らないとは言わないよな?」
「あーー」
そうだったんだ、という言葉は口から出る寸前でごくんと呑み込んだ。
「言っておくが、俺にはこういう魔力糸がいつでも見えている」
「へえ、そう……あ!」
個人個人に色合いが異なる魔力糸を、ギルベルトは見えていた。
ということはつまり、普段のツィツェリエル嬢と、すっぴんのツィツェリエル嬢の魔力糸が一致していると言いたいのだろう。
「ツィツェリエル、お前だったのか?」
「まーーーー、はい」
「どうして黙っていた?」
「気付かなかったから、そのままでいいと思って
「なんだと!?」
凄み顔で接近してくるギルベルトの膝を、アンゼルムが額をごつん、とぶつけた。
「ぐわっ!! 痛ってえ!! 何をするんだ!!」
『乙女に無作法に近寄ろうとしたからよ』
「乙女じゃなくて、妹なんだよ!」
『血の繋がりはない上に、一年の中で一回すら顔を合わせない相手に、兄として振る舞わないでいただけるかしら?』
「うるさい! 夜会でよく見かけていたんだよ」
『そんなの他人も同然じゃない!』
「化け猫が俺に説教するな!」
『ぎゃあぎゃあとうるさいわね』
「お前といい勝負だろうが!」
ちなみに寝室の前で会ったときは、一瞬だったので魔力糸を目視できなかったという。
夜会で見かけたときは、他の参加者の魔力糸がごちゃごちゃに絡み合っていたので、ツィツェリエル嬢個人の物を判別できていなかったらしい。
「それはそうとお前、魔力糸の色、変わったのか?」
「え?」
「初めて会ったときに見た魔力糸は、灰色がかった青みたいな色だっただろうが」
灰色がかった青、というのはツィツェリエル嬢の魔力の色なのだろう。
魂が入れ替わったので、魔力の色も変わったのだ。
いったいどのような言い訳をすればいいのか。困っていたらアンゼルムが助け船を出してくれた。
『魔力糸は成長によって色が変わるのよ。あなたとツィツェリエルが初めて顔を合わせたのは何年前だと思っているの?』
「うるさい! わかっているが、こうも色が変わるのは珍しいだろうが!」
ギルベルトの癖に鋭い指摘ばかりしてくる。心が安まらなかった。
「それにその瞳――」
ギルベルトはそう言って、想定もしていなかった行動に出る。
あろうことか、私の顎を掴んで顔を覗き込んできたのだ。
「これまでは、こんなに生気に溢れていなかった。夜会で見かけるときも亡霊みたいな血色悪い顔でさまよっているようにしか見えなくって」
まさかツィツェリエル嬢と私の違いに気付くなんて。
粗暴で小さなことには気付かないような性格に思っていたが、案外鋭いところがある。
「いったいどんな心境の変化でもあったんだ?」
「そ、それは」
目と目が合った瞬間、ギルベルトは我に返ったようだ。
同時に、アンゼルムは大きく飛び上がって繰り出した肉球パンチが、ギルベルトの頬にヒットした。ばちん! と痛そうな音が響き渡る。
「へぶっ!」
『バカ! あなたの距離感はどうなっているのよ!!』
ギルベルトの頬には真っ赤な肉球の跡が付いていた。その様子に、思わず笑ってしまった。