想定外の待遇
ひとまずルル・フォン・カステルとして働いても問題ないとわかり、ホッと胸をなで下ろす。
『ただ、この扱いはやり過ぎよねえ』
「アンもそう思った?」
『ええ』
たとえやってきたのが貴族令嬢だとしても、よくて一人部屋を与えられるくらいだという。このように階上に私室が用意されるなんて、過ぎた待遇だろう。
どうしたものか……と腕組みしながら考えていたら、扉が控えめに叩かれる。
ミセス・ケーラーだろうか?
アンゼルムが姿を消したのを確認してから返事をする。
「はい、どうぞ」
「失礼いたします」
入ってきたのは、十五歳くらいのメイドだった。
三つ編みのおさげ姿で、ぺこりと会釈する。
「本日よりルル様の部屋付き専属メイドを任命されました。テア・ノームと申します」
部屋の掃除はメイドがすると聞いていたが、部屋付きの専属がいるなんて。ギョッとどころではなく、盛大に驚いてしまった。
「ルル・フォン・カステルです。よろしくお願いします」
テアはかわいらしくぺこりと会釈を返したあと、廊下にワゴンを置いていたようで、茶器とお菓子を運んでくれる。
「ありがとうございます」
「ルル様は淑女ですので、私に敬語は必要ありません」
使用人である以上、私とテアは同僚だ。お互いに敬意を示すためにも敬語は必要だと思っていたのに、そうではないらしい。
「私だけではありません。他の下級使用人に向かって丁寧な物言いは必要ありませんので」
一応、扱いは下級使用人のハウス・メイド扱いだと思っていたが、この感じだと上級使用人に分類されているような気がする。
まあ、いい。いろいろ探りを入れさせていただこう。
「テア、これまでここのお屋敷に貴族令嬢が使用人としてきたことはあったの?」
「――いいえ、ルル様がはじめてでございます」
テアは少し間を置いてから答える。
ここは国の重要地点。場所も非公開なため、年若い貴族令嬢は近寄ることすら許されていないという。
「だったら、既婚者は?」
「おりました。エルク殿下のかつての家庭教師、アンナ・フォン・サイゼル」
「アンナ――」
その名を口にしただけで、頭がズキン! と痛んだ。
どうしてなのか、よくわからない。
頭を押さえていたら、テアが顔を覗き込んで聞いてくる。
「お薬をご用意しましょうか?」
「いいえ、平気」
まだ体調が万全ではないので、このように突然頭が痛くなるのだろう。
紅茶を飲んでバターたっぷりの焼き菓子を一切れ食べたら、頭痛も和らいだ。
まだいろいろ気になるけれど、これ以上聞いたら怪しまれそうだ。この辺で切り上げておこう。
「もうよろしいのですか?」
「ええ、もうお腹いっぱい」
お菓子をテーブルの上に置かれていたケーキスタンドに置こうとしていたテアに待ったをかける。
「残りはテアが食べてもいいから」
「いいのですか?」
「ええ、もちろん」
ナプキンに包んであげると、テアは嬉しそうな表情を浮かべる。
断られたらどうしようかと思ったが、喜んでもらえたようだ。
「もう下がってもいいから」
「清掃はいつすればいいのでしょうか?」
「今日は必要ないわ」
「承知しました」
テアは深々と頭を下げたのちに退室していく。
はーーーー、と深く長いため息が零れた。
「専属メイドだって」
『また、お偉い身分ねえ』
「私って、侍女なのかな?」
『おそらくそうでしょうね』
上級使用人に分類されるのは、家令に執事、家政婦長に料理長、上級従僕、侍女である。
ちなみに下級使用人は下級従僕、御者、女中、雑役使用人、小姓、庭師などなど。
ここには百名ほどの使用人が働いているという。この規模のお屋敷にしては少ないようだが、手は充分に回っているらしい。というのも、仕事に魔法を取り入れているからなのだとか。
そんな使用人が寝泊まりする場所は屋敷内だけでは足りずに裏庭に宿舎を構えているそうだ。
「まさか他の使用人と隔離されてしまうなんて。みんなでわいわい働くほうが性に合っているのに」
『仕方がないわよ。未婚の貴族女性の使用人ってすっごく珍しいから』
そうなのだ。通常、私くらいの年齢の貴族女性は結婚し、子どもを産んでいる。他家に奉仕なんて行っている暇などないのだ。
「はあ、なんだか悪目立ちしそうで」
『存在感を薄くしておきなさい』
「それだったら得意かも」
ミセス・ケーラーは何もしなくてもいい、と言っていたものの、手持ち無沙汰となってしまう。なんでもいいから、仕事を命じてほしかった。
なんて不満を漏らすと、アンゼルムから『あなたもテアに同じことをしていたじゃない』と言われてしまった。
「うう、テア、ごめんなさい」
なんて謝罪していたら、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「どなた?」
「テアです」
下がってから三十分しか経っていないようだが、テアが戻ってきた。
「どうしたの?」
「先ほどのお菓子ですが、メイド仲間と分けまして、皆、喜んでおり」
「そうだったんだ。よかった」
お礼を言いたいと、部屋までやってきてくれたようだ。
どうぞとお招きすると、十三歳から十六歳くらいのメイドの少女達が数名入ってくる。
皆、瞳を輝かせながらおいしかった、と話していた。
普段、お菓子と言えば三十枚入りの徳用ビスケットを食べるばかりだという。
保存性を高めるために、二度焼きしているので信じられないくらい硬いらしい。
彼女達は感激しきっていて、何かお礼をしたいという。
部屋の掃除をしたいと言うが、どこもピカピカだ。
どうしたものか、と思っているところに、アンゼルムが私の耳元で囁く。
『屋敷の案内を頼みなさいな』
そうだ! それだ!
すぐさま採用し、屋敷の案内をお願いすると、彼女達は喜んで引き受けてくれた。




