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ギルベルトとの対峙

 もう、全身から不機嫌な様子が見て取れる。

  長い時間、餌を待たされた犬みたいに、今にも髪の毛が逆立ってしまいそうな雰囲気だった。

 そんなギルベルトの様子に思わず笑いそうになったが、ぐっと我慢する。

 今の私はツィツェリエル・フォン・ヴェイマルだ。

 クールで孤高、誰も信用しないような冷めきった空気をまとわなければ。

 一度目を瞑って集中し、化けの皮を被る。

 パッと瞼を開いたときには、雑念がなくなってまっさらな精神状態になった。


「おい、長い! 身支度なんて、五分もあれば済むだろうが!」


 待たせていたのは三十分程度だったか。来客を待たせるような時間ではない。

 けれどもギルベルトは勝手に押しかけてきたのだ。客でもなんでもなく、待たされても文句なんて言える立場ではないだろう。


「つーか、茶の一杯も出さないのは何事だ!?」

「ここには今現在、使用人はいないわ」

「はあ!? なんでだよ!!」


 喉が渇いたようなので棚にあったワインを手に取り、ギルベルトの前にどん! と置く。

 すると「は?」と言わんばかりに目を剥いた。

 追い打ちをかけるように注意を促す。


「次にくるときは先触れを。でないと、今日みたいに待たせる形となるので」

「お前、なんて生意気な物言いを!」

『それはあなたとツィツェリエルはいい勝負でしょうが』


 アンゼルムがいいタイミングで助け船を出してくれる。心の中で盛大に感謝したのは言うまでもない。


「それでなんの用事で? いつもは秘書官に任せきりなのに」

「ああ、そうだったな。秘書官に任せておけばいいのに、今日に限って親父が俺に持って行くように言ったんだよ!」


 普段、秘書官に頼んでいるのにギルベルトに頼むなんて。まさか何かしらの胸騒ぎがしたのだろうか?

 それとも重要な任務だったのか。


「いいか、一度しか言わないからな」


 どうやら口頭で知らせるらしい。一語一句、聞き逃さないようにしなければ。


「お前には王弟エルクの屋敷に調査にいってもらう」


 エルク殿下の!? と叫びたくなるのをぐっと堪える。


「なんでも王弟エルクの野郎が、何か情報を隠しているらしい。それが何か、探ってこい」


 情報を隠している、という指示だけでは何が何やら、という感じなのだが。

 ここでもいいタイミングでアンゼルムが口を挟んでくれた。


『ねえちょっと、もっと具体的に説明できないの?』

「親父がこれだけ言えば分かる、って言っていたからな。俺も詳しくは知らない」

『まー! なんて無責任な!』


 ツィツェリエル嬢だけがピンとくるような任務を持ってきたらしい。

 彼女の記憶などないので、そんなふうに指示されても困るのだが……。


「メイドとして潜入するための紹介状は偽造しておいた」


 本物ではなくわざわざ似せて作るなんて。さすが悪の一族ヴェイマル家のやることだ、と思ってしまった。


「もちろん、身分は偽ってもらう。ちょうどいいタイミングで名義を入手できたから、これを使え」


 投げるように渡されたのは、封筒に入った身分証らしい。


「安心しろ、これは偽造したものでなく本物だ」


 いったいどこから盗んできたのやら。それに、どこの誰になりすますというのか。

 呆れた気分で封筒を開き、身分証を確認する。

 そこに書かれていた名前は――。


「ルル――ルル・フォン・カステル!?」


 まさかの私の身分証だった。アパートメントの寝台の下に隠していたのに、どうしてここにあるのか。

 いやいや、それよりも私の身分証を使ってエルク殿下の屋敷に潜入させるなんて。

 酷いとしか言いようがない。


「親の敵でも目撃したような顔をして、どうしたんだ?」

「この身分証の持ち主――」

「知り合いか?」

「いいえ」


 動揺を面に出さなかった私を褒めてほしい。

 今はツィツェリエル嬢になりきっているのでなんとか堪えたが、普段の私だったら叫んでいただろう。


「このお方、朝刊で亡くなったと報じられていたのだけれど」

「あー、読んでいたのか。でもまあ、発行部数は百部以下の小さい出版社の記事だ。他の新聞では報じられてなかったレベルの事件だから、気付かれないだろう」

「なっ――!?」


 別に気にも留めるようなことではない、と言わんばかりの態度にムッとする。

 私の命なんて、彼にとってちっぽけなものなのだろう。

 そうだろうな、とは思っていたが、改めて聞かされると腹が立つ。


「なんだよ、まだ不満があるのか?」

「彼女は昨晩のパーティーで、エルク殿下とダンスを踊ったの。だから、死んだはずの彼女が屋敷に潜入するのは危険なのでは?」


 そう答えると、ギルベルトは重ねて失礼な発言をしてくれた。


「あの男が地方領主の娘の顔と名前なんて覚えているわけがないだろうが!」

「ダンスを踊った相手でも?」

「ああ。覚えているはずがない。そういう男なんだよ」


 故郷についてあれほど興味があるような様子で話しかけてきたのに、忘れているというのはありえない。

 ギルベルトは私だけでなく、エルク殿下もバカにしているのだろう。不敬でしかなかった。


「危ない橋を渡りたくないんだったら、さっき寝室にいた使用人にでも押しつければいいだろうが」

「使用人?」

「いただろう? そばかすが散った、背が高くてやせっぽちの女が」


 思わずアンゼルムと顔を見合わせてしまう。

 彼が言う背が高くてやせっぽちの女というのは、ノーメイク状態のツィツェリエル嬢のことだ。

 アンゼルムはぶるぶると肩を震わせていた。笑いたいのを我慢しているのだろう。

 あんだけ偉そうにしていて、ツィツェリエル嬢の化粧の有無を見分けられないなんて、滑稽としか言いようがない。


 もちろん、教えてやるつもりなどない。別人としてふるまっていたほうが、のちのち利用できるかもしれないから。


 本心を言えば今すぐにでも誰かに助けを求めたい。けれどもその相手がギルベルトではいけないことはわかっていた。

 任務と称して外に出たら、知り合いの誰かに会えるかもしれない。

 そんなわけで、ここでは引き受けた振りをしておく。

 今回の任務はすっぴん状態で挑むことに決めた。

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