小説発売記念ショートストーリー『ギルベルトとルネ村へ』
結婚前に、ギルベルトと一緒にルネ村に行くこととなった。
たっぷり時間をかけた到着した生まれ故郷は、まったく変わりなくのどか。
一面に広がる田園風景を前に、ギルベルトは呆然としているように思えた。
「その、びっくりしたよね?」
「ああ、驚いた!」
王都育ちのギルベルトにとって、この光景は衝撃だったのかもしれない。
「なんて美しい場所なんだ」
「え!?」
「すまない、少しメモを取ってもいいだろうか?」
「いいけれど」
そう言うやいなや、ギルベルトは猛烈な速さでメモを取り始める。
どうやら小説の参考にするために、風景を描写したいらしい。
それからしばらくギルベルトは風景を眺めながら、楽しそうにメモを取っていた。
「すまない、時間をかけてしまって」
「ううん、気にしないで。ルネ村の風景が、作品の役に立つみたいでよかった」
「ああ。こんなに美しい場所だとは思いもしないから、ペンが止まらなかった」
ルネ村はギルベルトにとって何もなく、退屈な場所だろうと決めつけていたが、そうではなかったようだ。
彼の言葉のひとつひとつが、嬉しくなる。
そのあともギルベルトは風車を目にして感嘆し、逃げだした山羊の群れに驚き、子ども達の元気いっぱいな様子に笑みを浮かべる。
そんな彼と共に、実家に帰省した。
両親が立派な貴公子であるギルベルトを前に、ひたすら驚いていた。
「まさか娘がこんなに立派なお方と結婚するなんて」
「びっくりしたわ」
父はギルベルトのために大きな雌鹿を仕留めたらしく、晩餐会のメインとして提供された。
ギルベルトはその鹿を、世界一おいしいと絶賛してくれた。
翌日は村の案内を行う。
私が木登りしていたリンゴの樹や、夏に泳いで冬はスケートをして遊んでいた湖、春に美しい花を咲かす花畑などなど、余すことなく案内する。
ギルベルトはルネ村をたいそう気に入ったようで、社交期以外はここで過ごしたい、なんてことも言い出す。
両親は社交辞令でも嬉しい、と喜んでいた。
ギルベルトは草原に寝転がり、夢みたいなことを語り始める。
「ここにいたら、爵位をツィツェリエルに譲って、小説の執筆だけして暮らしていきたいな、なんて思うようになった」
「ツィツェリエル、怒りそうだよね」
「怒るだろうな。父上とアンゼルムと一緒になって」
「最強の布陣だね」
「面倒だな。諦めるか」
何もかも、役目を終えたあと、ここでのんびり暮らすのもいいかもしれない。
そんなことを語るギルベルトの隣に寝そべり、そうだね、と答える。
穏やかな昼下がりの話だった。




