あなたとならば
ついにヴェイマル家はボースハイトについて、国民に向けて説明したという。
ボースハイトを恐れ、怖がる負の感情がさらなるボースハイトを生んでしまう。皆、恐れるな、とヴェイマル侯爵は堂々と語ったようだ。
そんな長年におけるヴェイマル家の働きを国王陛下は認め、勲章を与えるという。
叙勲式には大勢の貴族が押しかけたようだ。
ヴェイマル家の汚名も晴れたというわけである。
リナベルとも連絡が取れた。
アンゼルムが言っていたとおり、ギルベルトとの婚約を知ってショックを受け、連絡を絶っていたという。
「ルル、ごめんなさい~~~~!!」
彼女は泣いて謝ってくる。
なんでもギルベルトみたいな最低最悪の男と婚約するなんて、と戸惑いや憤り、事前に相談してもらえなかった悲しみなどを感じていたらしい。
「婚約は親が決めることだから、ルルの実家が困窮していてヴェイマル家に支援を頼んだんじゃないかって思って、私が口出しすることじゃないって思っていたのよ」
「そうだったんだ」
「許してちょうだい」
「もちろん!」
「あ、ありがとう~~~!!」
最後にリナベルと仲直りできてよかった。ずっと気になっていたから。
この最後、というのはツィツェリエル嬢の体で他人と会うことである。
今晩、ついにエリクル氏が私とツィツェリエル嬢の入れ替わりの魔法を行ってくれるという。
相手はハイエルフで魔法のエキスパートだ。失敗なんてありえないのだが、もしもということがある。
不発に終われば魔力だけが消費され、私達の体はこのまま。
魔力と体のバランスが取れていないため、命が尽きてしまうだろう。
私とツィツェリエル嬢の人生は、エリクル氏にかかっているというわけだ。
王宮の地下に関係者が集まる。
私とツィツェリエル嬢、ギルベルトにヴェイマル侯爵、アンゼルムにハティ。
皆が私達の入れ替わりの魔法を見守ってくれるようだ。
私は久しぶりにツィツェリエル嬢の化粧魔法を施し、深紅のドレスに身を包んでやってきた。
一方、ツィツェリエル嬢は私に似合う若草色のドレスを仕立ててくれたという。
「すっぴんでのこのこやってきたら、頬を抓ろうかと思っていたのに」
「あ、危ない……」
すっぴんを他人に見られることを気にしていた様子だったので、化粧魔法をかけてやってきたのだ。どうやら正解だったようで、ホッと胸をなで下ろす。
「お喋りしていないで、始めるぞ」
「は、はーい」
「わかったわ」
エリクル氏が描いた魔法陣にツィツェリエル嬢と立ち、手を繋いで額と額をくっつける。
ツィツェリエル嬢はニッ、と勝ち気な微笑みを浮かべていた。
私はもしも失敗したら、なんて思っていたのに……。
「あなたの体、不便だから返してあげるわ」
「うん、ありがとう、ツィツェリエル嬢」
エリクル氏がハートのチョーカーを投げ、クリスタルが先端にあしらわれた杖を掲げる。
すると私達の周囲は眩いくらいに輝いて――。
目の前に美貌のご令嬢が私を見つめている。
金色の髪に赤い瞳が印象的な、ツィツェリエル嬢だ。
「成功……成功したんだ」
「そうみたいね」
「やったーーーー!!」
私は思いっきりツィツェリエル嬢を抱きしめる。
「ちょっと! 犬っころみたいにじゃれつかないでちょうだい!」
「嬉しくって」
「限度があるでしょうが!」
そんなことを言いつつも、ツィツェリエル嬢は私を抱き返してくれる。
これまでいろいろあったけれど、すべて元通りになったのだ。
これ以上、嬉しいことはないだろう。
「ねえ、これくらいにしておかないと、あなたの取り巻きが怖い顔をしているわ」
「取り巻き?」
「あの親子のことよ」
あろうことか、ツィツェリエル嬢はギルベルトとヴェイマル侯爵を私の取り巻きだなんて言った。
いったんツィツェリエル嬢から離れ、まずはエリクル氏に感謝の気持ちを伝える。
「宰相様、ありがとうございました」
「別に礼を言うほどのことはしていない。気にするな」
それよりも早くギルベルトのほうに行け、と手で示されてしまう。
私はすぐさま、ギルベルトのほうへと向かった。
ギルベルトは何も言わずに、私を強く抱きしめてくれる。
言葉を交わさずとも、喜びが伝わってきた。
ヴェイマル侯爵は「よく戻ってきた」と言って肩を優しく叩いてくれる。私は「ただいま戻ってまいりました」と言葉を返した。
アンゼルムはツィツェリエル嬢と再会していた。
『あなた、本当によかったわ』
「ルルのおかげよ」
『そうだけれど、あなたの頑張りの成果でもあるのよ』
ツィツェリエル嬢はその言葉に胸を打たれたのか、アンゼルムを優しく抱きしめていた。
ハティは私の肩に飛び乗って、喜んでくれた。
『おかえりなりぃ!』
「ただいま!」
ハティは事件当日、連絡係として頑張ってくれた。それ以外にも、テア達と仲よくし、彼女達の癒やしになっていたのだ。感謝してもし尽くせないだろう。
何はともあれ、無事に事件は解決した。改めてホッと安堵したのだった。
◇◇◇
その後、私とツィツェリエル嬢、アンゼルムやハティ、テア達と共に旅に出かけた。
行く先々でおいしいものを食べ、美しい景色にうっとりし、宿では楽しく語り合った。
楽しい楽しい日々を過ごしていたものの、途中、ギルベルトが「長過ぎだ!」と迎えにやってくる。
アンゼルムとツィツェリエル嬢は旅を続けるという。アンゼルムは『女子旅はこれからなのよ!』と張り切っている様子だった。ツィツェリエル嬢も呆れつつも、まんざらではない様子だった。
私とテア達のみ、王都の屋敷に戻ったのだった。
ギルベルトはある計画を練っていた。それは第二回婚約パーティーである。
前回の婚約パーティーは本人不在だった。そのため再度開きたいという。
一度参加してくれた人々には、エルク殿下を捕らえるための開催だったことを説明すると、快く二回目も参加してくれるという。
今回は私の家族や叔母、リナベルも参加するようだ。
そして迎えた当日、私は美しいコバルトブルーのドレスに袖を通し、ギルベルトと共にお披露目される。
皆に祝福され、胸がいっぱいになった。
ツィツェリエル嬢とアンゼルムも旅先から駆けつけ、私達の婚約を祝ってくれる。
まずはギルベルトと一緒に、皆の前でダンスを踊るようだ。
今日を迎えるために、死にものぐるいで練習してきた。
「ギルベルト、足を踏んだらごめんね!」
「安心しろ。それを想定して、靴に鉄を仕込んであるから」
「わあ、信用なーい」
「冗談だ」
ガチガチに緊張していたものの、ギルベルトと話していたら気持ちが解れた。
私はギルベルトと手を取り、会場の中心へと歩いていった。
ホールドの姿勢を取ると、楽団の演奏が始まる。
ステップを踏んで一回転、くるりと回ると、さまざまな人達の表情が見える。
涙ぐんでいるが嬉しそうな両親にすっかり元気になった叔母、感極まっているように見えるヴェイマル侯爵。
手を振るリナベルに、着飾ってかわいらしいテアやクララ、チェルシーにアビー。
ツィツェリエル嬢は腰に手を当てて、堂々とした様子で見守ってくれている。
アンゼルムやハティもいて、嬉しそうにはしゃいでいた。
なんと、サイゼル夫人の姿も発見する。
ダメ元で招待をしていたのだが、まさか参加してくれたなんて。
顔色もすっかりよくなって、安堵することができた。
「おい、ルル、よそ見をするな」
「あ、はい」
ダンス中はしっかりパートナーを見ていなければならないらしい。
ギルベルトをまっすぐに見つめ、ステップを踏んだ。
まさか彼と婚約することになるなんて、夢にも思っていなかった。
よく、あの不穏な関係から仲よくなれたな、と改めて人生とは何が起こるかわからないという感想を抱いてしまった。
きっと彼と一緒ならば、どんな問題も乗り越えることができるだろう。
そう思えてならない。
「ギルベルト、これから幸せにしてあげるからね」
「それはこっちの台詞だ」
そんな会話を最後に、演奏が終わった。
カーテンコールで呼ばれた舞台役者のように、私とギルベルトはお辞儀をする。
会場は祝福の拍手で包まれていた。




